BLOOD HEAD

紙屋シキナ

プロローグ「背信は潮騒の彼方に」#1

「俺たちに楯突くからこうなるんだ。あいつはその見せしめとして、時間をかけてじっくり痛めつけてから殺す。他の連中に思い知らせてやるんだ。人間いつか死ぬが、こんな死に方だけはしたくないってな」

 

 とある麻薬カルテルの輸送グループが、敵対する地元警察に敵発されそうになったのが昨晩のこと。

 しかしあろうことか彼らは一人の警官をその場で射殺し、もう一人を拷問して殺害するため、アジトへ連れ帰り監禁したのだった。

 麻薬大国であるメキシコ合衆国、バハカリフォルニア州ティファナ。ここでのコカインの末端価格は1gあたり約15ドルである。が、向かいのアメリカ合衆国に渡るとその値段は10倍にも跳ね上がる。世界中どこを探しても、これほどまでにビジネスとしておいしい商品は存在しない。故にこの場所は麻薬供給における中継地点として、麻薬カルテルにとっても特別であった。

 だだっ広い解体作業が決まっている廃ビルの一角。拷問の準備を終えたリーダーと思しき男が四人の仲間を引き連れて歩く。


「いつも通り火をつけるんで良かったんじゃないすかね? わざわざ手の込んだことしなくっても」


 面倒くさいと言わんばかりに手下の一人がぼやいた。


「それじゃ誰が誰だが分からなくなっちまうだろうが! 少しは考えて物言え」

「こいつを打ってみるのはどうです?」


 別の男が取り出したのは、赤黒い血液の入ったアンプルだった。


「それは俺達にとわざわざボスから直々に支給されたもんだ。これから殺す相手に使ってどうする?」

「しっかしボスも気前がいいっすよね。末端の俺らにも全員分配り歩いてんすから。でもなんか見た目、グロくないすか?」

「最近買い付けたお気に入りらしい。まぁ俺も単なる筋力強化剤としか聞いてねぇがな。詳しい効果は知らねぇ」


 監禁部屋までたどり着いたリーダーは、ドアにかけた鎖を解き始める。


「今からは口じゃなくて、手を動かせよ」


  次に南京錠と、上下に取り付けられた掛け金を外す、とそこで思わぬ事態に見舞われた。

 

「……っ!?」


 拘束具を自力で外し、じっとタイミングを計っていたのだろう。好機とばかりに警官はドアを蹴破って飛び出し、そのまま出口へと向かって、わき目も振らずに突っ走っていった。よりにもよって逃走を許してしまったのだ。


「何ぼさっとしてんだ! 早く追え!」


  言われて追走する三人と、素早く拳銃を抜く二人。躊躇なく引き金を引くも、動揺もあってか、なかなか走る的相手に致命傷を与えられない。やがて片腕と脇腹に一発ずつ命中させたきりで弾切れをむかえる。


「やべぇぞ。このままじゃあ……くそっ!」


 逃げきられてしまえば責任を取らされた上に消されるのは自分達、末端構成員である。

 隣でリーダーの焦燥と冷汗に気がついた男は、筋力強化剤として配られたアンプルを手に取っていた。

 どうにも自分の手には負えない、困り果てた時に使用しなさい。必ずや新しい道を照らしてくれるはずだ。

 受け渡しの際に言われた幹部連中の言葉を思い出すと、男は思い切りアンプルを太腿に打ち込んだ。


「お前、まさか……」


 男の首は90度ほど真横へ折れ曲がり、身体中の血管が膨張。両眼が白く濁り、加えて血の涙が噴き出す。


「ア、アア……アアアアアアアア!!!!」


 雄叫びを一つ上げると、まるで人間とは思えないほどの速度で駆け出していった。

 大通りに出た所で警官に飛びついた男は、無我夢中で相手の腑を引き裂き始める。


「よせっ……離せっ……があっ!」


 胸郭まで剥き出しにさせると、今度は頭ごと突き入れ手当たり次第、血肉を喰らっていった。

 まるで猛獣のよう。目の前のエサに理性は完全に失われた。と、そこへ帰宅途中にあるスクールバスがスピードに乗ったまま正面から突っ込んできた。

 人間と呼べるかどうかももう分からない〝それ〟は数十メートル前方に跳ね飛ばされる。

 急ブレーキを踏み、やっちまったと恐る恐るバスから降りてきた運転手が様子を伺った。


「いきなり出てきやがるからだ。轢いちまった、ちくしょう。犬じゃねぇよなぁ。これまで無事故無違反だったのによぉ……あぁ、神様……」


 混乱し膝をつく運転手に影が出来る。


「……?」


 見上げた瞬間、運転手の鼻はそれによって噛み千切られた。


「ぐ、あぁぁぁぁっ!!」


 馬乗りになり、生皮を剥がし露出させた脂の乗った肉の塊目掛け、かぶりつく。

 一通り喰い散らかすと、未だ飢えているのか次のエサ場を嗅ぎ当て求めた。折れた肋骨が四方八方から飛び出ており、顔面もまた半分潰れている状態でありながらも、むくっと立ち上がったそれは、騒ぎ立てている後部座席の子供らを一瞥すると、にやっとはにかんだ。

 追いついた残る四人のカルテルメンバー。血溜まりの中に転がる二つの惨たらしい死体と、立ち往生している一台のスクールバスが目に止まった。

 男女入り混じった子供らの甲高い悲鳴が上がり、窓ガラスは前から順々に紅く染まっていく。

 恐ろしくなったリーダーは自身のアンプルを取り出し、疑いの目で見た。


「もう人間じゃねぇ、何だあれは……ボスからもらったこいつに何が入ってやがるんだよ……」

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