第026話:リダイレクト発動。自分の呪いで壊れろ

 「ア、ガ……ギギ、ギィイイイイイイイイッ!?」


 大書庫の静謐せいひつを切り裂いたのは、この世のものとは思えない女帝の絶叫だった。  東方の吸血鬼真祖、第六星――呂后。その高貴なる「影」が、今、激しい電気信号のようなノイズに全身を苛まれ、のたうち回っている。


 砦中の騎士たちに送り込まれ、彼らの肉体を家畜のパーツへと強制的に書き換えていた膨大な「損壊命令(コマンド)」。それがレインの魔導盤(コンソール)という中継点を通じ、すべて単一のターゲット――発信源である呂后へと『転送(リダイレクト)』されたのだ。


「馬鹿な……私の……私の呪いなのよ!? この私が主(あるじ)……私が、この世界の理を定義する神……な、なのに、なぜこの私が、私の意思に従わないというの……っ!」


 呂后の豪奢な十二単(じゅうにひとえ)が、内部から噴き出す黒い魔力のパルスによってボロボロと千切れ飛ぶ。  彼女の白く細い指先は、本人の絶望を無視して赤黒く腫れ上がり、骨が軋む音を立ててひづめへと変じようと歪み始めていた。それは彼女が騎士たちを「いたぶる」ために設定した、極めて遅延的で、それゆえに苦痛が長く続く最悪の変異プロセスだった。


『Warning: Logic_Bomb_Detected』

『Source: Redirected_Infection_Data』

『Status: Owner_Data_Corruption_In_Progress』


「簡単な理屈ですよ。あんたは『自分は絶対に壊れない』という傲慢な前提で、安全圏からクソコードをばら撒いていた。……だから、自分自身がその命令を受け取った時の防護策(例外処理)を一切書いていなかった」


 レインは冷徹に言い放ち、魔導盤のレバーをミリ単位で微調整し続ける。  彼の瞳には、もはや目の前の美女の苦悶など映っていない。ただ、暴走するエネルギーのベクトルを、一点の漏れもなく呂后の核(コア)へと収束させることだけに全神経を注いでいた。


「……信じられない。あれほど圧倒的だった、理(ことわり)さえ支配する吸血鬼真祖の権能を……ただの反射だけで、ここまで追い詰めるなんて」


 背後でアリサが杖を抱きしめたまま、信じられないものを見る目で呟く。  その言葉に、レインは画面から目を離さずに短く応えた。


「反射じゃありませんよ、お嬢様。……これは、あいつが放った『呪い』という名の不具合(バグ)を、作成者本人の環境で再現させているだけです。システムに負荷をかければ、もろい箇所から壊れるのは道理だ」


 レインは椅子を蹴り飛ばし、のたうち回る呂后の影の目の前まで歩み寄った。  歪んだ空間の圧力で鼻血が伝うが、その表情には冷笑さえ浮かんでいる。


「おい、呂后。……あんたの呪いがどれほど強固なものか、あんた自身の身体を使って『負荷試験(バンプテスト)』してやる。……自分の書いた仕様(呪い)だ、今さら『想定外』だなんて泣き言は言わせませんよ?」


「や、やめ……やめなさい! この、虫ケラ……下賎な、ゴミ屑がぁああッ!!」


 呂后が顔を醜く歪め、憎悪に満ちた叫びを上げる。  だが、その喉から発せられる言葉さえも、次第に獣の唸りへと混じり始めていた。  彼女が騎士たちを笑いながら壊していた時と同じように、今度は彼女自身の「美学」という名のアイデンティティが、無慈悲なシステム命令によって上書きされていく。


「……計算通りだ。数千人分のトラフィックを逆流させたことで、あいつの精神領域(メモリ)はもう飽和(パンク)している。……どんなに強力な魔法も、処理能力を超えた命令を一度に叩き込まれれば、ただのゴミデータに成り下がる」


 レインの指が、再起動した魔導盤の最終実行キー(エンター)の上に添えられる。  大書庫全体が、呂后の悲鳴に呼応するように激しく振動し、書架から落ちた古書が空中で灰へと変わっていく。


「さあ、強制終了(アボート)の時間だ。……あんたの権限、ここで一度『無効(ディセーブル)』にさせてもらいますよ。……月曜の残業代、あんたのそのプライドで支払ってもらいましょうか」


 レインがキーを叩き込むと同時に、呂后の影を貫くように巨大な光の杭――論理的な強制停止命令が打ち込まれた。  吸血鬼真祖の絶叫が、空間の軋みの中に消えていく。それは、一個の生命体が消える音ではなく、巨大なエラーログが消去される際の、乾いたノイズのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る