IT運用監視員の異世界保守日誌 〜月一の帰社日に絶命した俺、現場の知恵で吸血鬼のバグ(権能)を無効化する。エリートお嬢様、その結界は既に穴だらけですよ?〜
第018話:東方より至る汚染。第六星、呂后の影
第018話:東方より至る汚染。第六星、呂后の影
「検疫を開始します。騎士は一列に並んで。一人ずつ魔導盤(コンソール)の前に立ってください」
西門の広場に、俺の冷徹な声が響く。 アリサの命令により、非番の騎士まで含めた全員が招集されていた。状況を飲み込めていない騎士たちは、不安げな表情で互いの顔を見合わせている。
「レイン、これだけで本当に防げるの? 目に見えない呪いなのよ?」
アリサが隣で低く囁く。彼女の持つ杖は、先ほどから微かに震え続けていた。砦を包む空気そのものが、粘りつくような嫌な湿り気を帯び始めている。
「防ぐんじゃありません。……今、誰の中に『悪意あるコード』が潜んでいるかを、スキャンして炙り出すんです」
俺は魔導盤の水晶に手を触れ、砦の防衛網を介して一人ひとりの魔力波形を読み取っていく。 一見、全員が正常な値を返しているように見える。だが、ログを深く掘り下げれば、そこには巧妙に偽装された「不純物」が混じっていた。
「……いた。次、あんた。……三歩下がれ」
俺が指差したのは、真面目そうな中年の歩兵だった。
「な、何だ!? 俺がどうしたっていうんだ!」
「あんたの魔力循環、周期がコンマ数秒ズレている。……外部からの『同期信号』を受け取っていますね。あんた自身の意志とは無関係に、あんたの体はもう、東方の女帝に『ポート』を開放している」
その瞬間だった。 中年の歩兵が、ガクガクと糸の切れた人形のように震えだし、その瞳から光が消えた。 代わりに、深紅の魔力がその目から溢れ出し、虚空に一つの「影」を映し出す。
『Unauthorized_Remote_Access_Established』 (警告:未認可のリモートアクセスが確立されました)
「……あら。私の可愛い『家畜』の不調を調べに来てみれば。……見慣れない術師が紛れ込んでいるわね。その目、我が呪いの理を覗こうというのかしら?」
その声は、広場にいる全員の鼓膜を直接撫でるような、艶かしくも凍りつくような高慢な響きを持っていた。影の中に浮かび上がったのは、十二単(じゅうにひとえ)を思わせる異国の豪奢な衣装を纏い、長い黒髪を揺らす絶世の美女。 吸血鬼真祖、第六星――呂后。
「お、おのれ……呂后! 我が砦の者に、何をした!」
アリサが叫び、杖を向ける。だが、影は嘲笑うように揺らめくだけだ。
「何をした? ただ、私の庭を広げているだけよ。……この砦も、あなたたち騎士も、いずれは私の愛でる『豚』として美しく作り替えてあげるわ。私の慈悲を拒む道理はないでしょう?」
俺は魔導盤の操作を止めず、その「影」の通信元を逆探知(トレース)する。 見えた。東方、遥か彼方の居城から、この砦にある全リソースを対象にした「大規模な書き換え命令」が、絶え間なく流し込まれている。
「……なるほど。あんたがこの大規模障害(パンデミック)のソース(発信源)か」
「……そーす? よく分からない言葉を吐く男ね。……面白いわ、名もなき職人。私の芸術を壊そうというのかしら?」
「芸術? いいえ、ただの『汚染データの流し込み(インジェクション)』ですよ。……あんたのやり方は、システムの整合性を無視しすぎている。おかげで月曜の朝から、こっちはデスマーチ確定だ」
「せいぜい足掻くがいいわ。……夜が来るまでに、この砦は鳴き声の絶えない『養豚場』へと成り下がる。私の美学が、あなたたちを塗り潰してあげる」
呂后の影が、耳障りな笑い声を残して霧散した。 同時に、先ほどまで立っていた歩兵が、激しい嘔吐と共にその場に崩れ落ちる。
砦の空に、禍々しい紫色の星が輝きを増した。 東方より至る汚染。 砦の全セクタが、ゆっくりと、だが確実に「損壊(クラッシュ)」を始めていた。
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