IT運用監視員の異世界保守日誌 〜月一の帰社日に絶命した俺、現場の知恵で吸血鬼のバグ(権能)を無効化する。エリートお嬢様、その結界は既に穴だらけですよ?〜

ダーステイル

第001話:致命的なエラー:俺の人生は、ここで強制終了した

深夜三時。静まり返った客先のデータセンター。  サーバーラックが吐き出す熱い排気音と、冷却ファンの唸り、そして自分の重苦しい吐息だけが、無機質な空間に響いている。


 今日は、一ヶ月に一度の「帰社日」だった。


 俺が所属する『朝陽あさひ情報サービス』は、運用監視センターなどの自社設備を一切持たない。ただエンジニアを現場に送り込むだけの、名ばかりのIT企業だ。


 本来なら一日の大半を客先のデータセンターに常駐している俺たちが、無理やり自社に呼び戻され、事務作業や形ばかりの面談を行う日。  だが、ブラックな自社がそんな「休憩」を許すはずもなかった。


 帰社した瞬間に、営業担当から他人が投げて逃げた炎上案件の「事後対応」を、モバイルPC経由で押し付けられた。 「君なら現場の隙間時間でできるでしょ?」という、あの無責任な笑顔が脳裏にちらつく。


 インフラ運用保守。


 華やかなサービスを裏側で支える「縁の下の力持ち」などと言えば聞こえはいいが、実態はただの「正常稼働という『当たり前』を維持するためだけに、自らの命を削る終わりのない防衛戦」だ。


 コンソールの中で不気味に明滅する赤いアラートが、俺の網膜をじりじりと焼く。


(……ああ、まただ。またこの『想定外の挙動』か……)


 数分前、どこかのクラッカーが仕掛けたと思わしき不正アクセスを検知した。  だが、ログを追えば追うほど、それが単なる攻撃ではないことに気づく。


 まるで意志を持っているかのように、既存のセキュリティプロトコルを、俺が書いた「コード」を直接汚染しながら、内側から食い破ってきている。


「……規約(ルール)を無視して、システムそのものを書き換えてるのか……? そんなこと、あり得るか……?」


 意識が遠のく。  心臓が、まるで過負荷(オーバーロード)を起こしたCPUのように、不規則で激しい鼓動を刻んでいた。


 視界が真っ白に染まる。


(……くそ、今、俺が離れたら……このシステムは……)


 責任感という名の呪い。  それが、二十代も終わりに差し掛かった独身。  朝陽あさひ情報サービスで「最も使い勝手のいい歯車」だった俺の、最後の記憶だった。

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