【恋愛未満の物語】ハッピーバースデー

花田(ハナダ)

第1話



 年の数だけロウソクを立て、ケーキと向かい合い、火を吹き消す瞬間を心待ちにいたのはいつまでだろう。


 歳を重ねた結果なのか、年齢の数のロウソクを用意する気にもならないし、もっともその数のロウソクを立てることが滑稽になり、ケーキの顔を台無しにする行為になり、自然と卒業したことなわけで。


「お誕生日おめでとうございます」


 私の歳の数だけのロウソクを握りしめた鈴木は満面の笑みだけれど、私はただ怪訝な表情を浮かべることしかできやしない。


 仕事終わり、後輩鈴木の家に突然連れてこられ、アイロン台みたいな小さなローテーブルの上にケーキを差し出され、


「わあ、嬉しい」


と、なるほどおめでたくはない。


(ケーキは美味しそうだけど)


 どこで調べたのか、私の好きな木苺のホールケーキだった。


「僕と誕生日を祝うのはイヤですか?」


 仕事中もだいたい笑顔の彼が、めずらしく表情を曇らせている。ミスしたときくらい少しは落ち込んでいいんじゃないかと思うくらいヘラヘラしているのに。私がいじめているみたいじゃないか。


「イヤじゃないですよ」


「じゃあ、座ってくださいよ。僕は祝いたいんですよ。こちらの行為を無下にしないでください」


 座れと言わんばかりにバンバンと座布団を叩く。


 彼が職場で人気なのは、こんな風にフランクで、いわゆるお局様である私にも臆せず意見できるところだろう。強引に祝われるの迷惑なんだけど。


「わかりました」


 私はよくわからないまま、彼の一人暮らしの、やや散らかった部屋の座布団に座った。


「ハッピーバースデーを歌います」


「やめて」


 私の正面に座った鈴木を思わず止める。


「鈴木は何らかの賭けに負けて、罰ゲームとして私を祝っているの?」


「それは心外です」 


 鈴木は顔をしかめる。 


「勢いで準備したのに」


「勢い?」


「たまたま誕生日と知って、勢いで」


 たまたまかい。勢いかい。


「勢いがないとできない誕生日なんて祝わなくていいよ」


「そんなこと言って。やっぱり、僕に祝われて嬉しくないんですか!」


「いやいや、怖いでしょ。普通に。だいたいそんなに仲良かったっけ?」


 そうなのだ。怖いのだ。私と鈴木は特別仲が良いわけではない。それなのに何故祝う。からかっていると思っても仕方ないじゃないか。寂しい独り身を馬鹿にされていると感じても無理はないじゃないか。


「ええ、仲良くないです。ちゃんと話したのは初めてです。本当はすげー緊張しています」


「ほら。どうせ私のことバカにしてるんでしょ?」


「違います」


 鈴木は背筋を伸ばし、大真面目な顔で私を見つめた。


「仲良くなりたいんです」


「なんで」


「職場で孤立しているからですよ。空気悪くなるから仲良くしてくださいよ」


 余計なお世話だ。共通の敵は共通の悪口を生産しやすく、そこで結束感が生まれる。私みたいな嫌われぼっちのがいたほうがマシなのだ。あちこちで違う誰かの悪口が生まれ、そこここに火種をまき散らかされるより、敵は1人のほうがマシだ。


「孤立していていいんだよ」


 本当のところは面倒くさいだけで、下らない事に巻き込まれたくないから、誰とも仲良くなりたくないだけかもしれない。

 思わず自分で自分を笑ってしまう。

 ぽかんと口を開けていた鈴木は慌てて座り直し、改まって私の顔を覗き込んだ。


「もしかして。僕に祝われても嬉しくないですか?」


(やめてよ)


 急に真剣な顔をしやがる。こんな不意打ちで心を動かされてはいけない。わかりやすいギャップを駆使するなんて、女を弄び慣れているに違いない。


「フォークをください。食べます」


 私は負けじと背筋を伸ばす。


「俺切り分けますよ」


「いいです。このまま食べます」


「ホールのまま? 一人で食べるんですか?」


「ホール食いは夢だったんです」


「わけてくださいよ」


「私のケーキですから」 


「ーーじゃあロウソク立てます」


「それはやめて」


「やめてほしくば、僕にも食べさせてください。高かったんだから」


 そっちが勝手に買ってきたくせに。とは思ったものの、用意してくれたケーキを一人占めなんてできるわけなかった。


「わかりました。一緒に食べましょう」


 私の言葉を聞くなり、ロウソクをテーブルにおいて、鈴木は跳ねるように立ち上がる。そして、満面の笑みを浮かべ、台所へ包丁を取りに行った。


「職場での態度は少し改めます」


 私は宣言した。その背中に向かって。

 包丁を持った鈴木が不安げに振り返る。


「怒ってません?」


「怒ってないです」


「よかった!」


 ウキウキとケーキの前に座り直し、鈴木はケーキを真っ二つに切った。


「半分づつにして食べましょう」


 鈴木はめちゃくちゃ嬉しそうだ。甘いものが好きなのかもしれない。そんな鈴木を私はじっと見つめる。


「鈴木に祝われるの、嬉しいですよ」


 まだ、からかわれているような気がする。表情から怪しげなところを読み取ろうとしたけれど、ケーキを前に面倒くさくなった。

 からかわれても、それもまあいいか。

 唇から笑みが自然とこぼれていた。


「ありがとう」


 すると、鈴木は一時停止みたいに固まってしまった。


「おーい、鈴木?」


「驚きました。あなた、お礼を言うんですね」


「鈴木は失礼なことをいうね」


 失礼だけど驚いた顔は案外かわいい。


「いただきます」


 腹は立つけどかわいい鈴木を見つめながら、私はケーキを口に運んだ。


「あっ! ロウソクは?」


 鈴木が言う。


「たてません」 


 私が答える。


(今年は変な誕生日になった)

 

 面白い誕生日ということにしておこう。


「そんなことより美味しいね」


 甘酸っぱい木苺のケーキは口の中で解けていく。いつもより美味しく、優しく感じるのは、ひとりじゃないからなんてーーそんなことは認めたくないけれど。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【恋愛未満の物語】ハッピーバースデー 花田(ハナダ) @212244

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画