コンビニを“看取る”

こうさん

「あのコンビニ、閉めるらしいよ」

この街唯一のコンビニが閉店するらしい。閑静で寂れた私の街に、ほどほどの衝撃が走った。まるで小魚の集まる防波堤際に小石を投げ入れたような、少し時間が経てば皆平穏を取り戻すと分かる程度の衝撃だった。とはいえ、そのコンビニは私にとって生命線に近しい。なにせ自宅の斜向かいにあるのだから。うちのマンションの魅力の三割ほどはこのコンビニの近さにあったのになくなるとはなんとも惜しい。このニュースを一言で言い表すなら「困る」。地域住民は口を揃えてそう表現した。


このコンビニには街の生活が流れていた。朝はサラリーマンが忙しなく朝食とコーヒーを買い、昼には工事現場の兄ちゃん達が弁当とタバコを大挙して買い込み、夕方には高校生が、部活で使い果たしたエネルギーをラーメンやおにぎりで補う。それを外国人の店員さんが辿々しくも滑らかに捌くのだから面白い。そんな光景も来週で最後と思うと物悲しい。


体調を崩して一日中家にいた今日、引きこもりっぱなしは性分に合わないので、どうせならとコンビニに行ってみることにした。閉店セールをしているらしいと小耳に挟んだので、宝探しだ。パジャマのまま家の鍵をポケットに突っ込みサンダルを履き、玄関を出て横断歩道を一つ渡ればもうそこがコンビニである。入店すると変わらない「いらっしゃいマセ」というカタコトの声が響いた。


まず目についたのは商品棚の空き具合だ。入荷が一切ないことを感じさせる空間は、かつてのソーシャルディスタンスを彷彿とさせた。閉店まで三日を切ったからか、店員さんの物品整理の動きには忙しさの色が薄れて、静かな手続きを遂行しているように見えた。


ふらふらと歩くと、さまざまな棚に五割引の張り紙があった。ラミネートもされず、折れ曲がりながら申し訳なさそうに貼られている。だが「五割引」という響きは人をワクワクさせる。私も例外ではなく、少しばかりの冒険家気分で棚を見回した。だがこういう時に限って欲しいものは割引されていない。並んでいるのは人気のないスナック菓子、酸味の強すぎるグミ、よくわからない輸入カップ麺などイロモノばかりだった。冒険家気分も折れかけたが、なんとか半額のコンビーフを見つけ戦利品とした。あとは予定していた袋麺を買い、会計へ。


「365円デス」「PayPayで」「ありがとうございマシタ」


何気ないやりとりだが、なくなると知ると大事にしたくなるのが人間の性だとつくづく思う。


店内を歩いているとき、私は閉店という事実を「看取っている」という感覚を拭えなかった。閉店セールは遺品整理のように見え、ガラガラの商品棚は崩れゆく身体を想起させた。「困る」という世間の反応ですら、その機能的な役割が現代において完璧に生きることを強制されていたことの比喩に思えてならなかった。


きっと来週には皆、このコンビニの役割を別の何かで補って問題なく暮らしているだろう。その強かさと軽薄さに、人間らしさを実感する。そして私は、「自分も死ぬときにはこういうプロセス的な死を歩むのだろうか」と考えてしまう。17歳の私にとって、死をただのプロセスとして処理するのはどうにも引っかかる。死とはもっと感情を揺さぶるものではないか。しかし今は、この制度化された死も悪くないと思うようになった。


感情的な死によって動く感情が大きければ、新たな死を呼んでしまうかもしれない。ならば制度に則り処理してもらう方が、残された者の感情は健全でいられる。死に対する感情は、事象を処理した後にゆっくり飲み込めばよい。そして死にゆくものも、周囲の使えるものを全て引き継ぎ、ただ眠るような静かな死を迎える。それが叶えば本望だろう。このコンビニの閉店はまさに理想的な死のメタファーに思える。


ある友人はコンビニの閉店に「悲しい」とこぼした。役所への紙切れと火葬場の煙、それにティースプーン一杯ほどの涙。それくらいが現代において死者を弔うにはちょうどよいのかもしれない。だが、それで十分なのか、それともあまりにも薄情なのか。私にはまだ答えが出ない。この問いを考えすぎれば日常が疎かになる。ならば、一生出ないまま抱えて生きるのもまた一興。せいぜい、たまに話のタネにでもしてやろうじゃないか。けれど、それで本当に足りるのか。答えはおそらく一生出ないままだろう。そんな未解決さを抱きながらこの街と私は今日も眠りにつく。結局、私もこの街もすでにあのコンビニとさほど変わらない運命の途中にあるのだろう。そして気づけば、明日という日のエンジンには静かに火がともっていた。

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