不完全メタモリアム
クワガタ信者
第1話 スランプ
(八月一日)
完全にスランプだ。
デスクトップの前で頭を抱えながら、私はうんうんと唸っていた。
私は今、作曲をしている。
中学の時、誕生日プレゼントとして母親が私にボーカロイドとDTMソフトを買ってくれた。
楽器を弾けない私でも音楽を楽しめるように配慮してくれた結果、白羽の矢が当たったのが作曲だ。
せっかくだからと、惰性でズルズルと続けていた。
動画サイトに曲をアップロードして数年、私のチャンネルにもそれなりの数の登録者が増えていき、収益も出るようになった。
高校二年生の作曲家としてはそこそこ順風満帆だと思う。
そんな最中、私の作曲人生以来、最大の危機が訪れた。
そう、次の楽曲のネタが全然浮かばないのである。
なんだろう、ここ数年で私の表現したいモノが尽きてしまったような気がする。
高々、十六、十七程度しか生きていない私の人生経験ではこれが限界だということか。
「あーあ」
私は一回伸びをして椅子から立ち上がり、リビングに向かう。
近くにある水槽の前に立った。
中を覗くと、小さなトカゲのような生き物が私をじっと見つめていた。
この子はヒョウモントカゲモドキ、またの名をレオパードゲッコー。
よくレオパと呼ばれているヤモリの仲間だ。
名前はかまぼこ。
かまぼこは、のそのそと白い床材の上を這いずっている。そろそろお腹が空くころだろう。
私は器用に右手だけで水槽を開け、慣れた手つきでエサ用のコオロギをピンセットで摘まみ出した。
「ほおら、ごはんだぞ」
床材の上でぴょこぴょこ跳ね回るコオロギを、かまぼこが捕えた。
キリリと吊り上がった目で前を向きながら、無表情で獲物をカプカプと咀嚼している。
この何を考えているのかわからない表情が、かまぼこのかわいいところだ。
かまぼことの付き合いは小学三年生の頃から。ボカロよりも長い。お父さんから私に、サプライズプレゼントとして贈られたのだ。
満腹になったかまぼこは、すごすごと隠れ家の木の洞へと戻っていった。そっけない。
私も昼食にしよう。
お腹を満たして「さあ、頑張ろう」とパソコンとにらめっこしても、出ないものは出ない。
気分転換に出掛けてしまおう。
久しぶりに外に出れば何か掴めるかもしれない。
ガチャリと鍵を回してドアを開ける。久方ぶりの真夏の青い空は、私の白い肌をジリジリと焼いた。
「出なきゃよかった」
私はきっと爬虫類と同じで変温動物だ。だってこんなにも暑さに弱いのだもの。
思えば昔から夏の晴れの日は嫌いだった気がする。
雲の上にある青い空に輝く恒星が偉そうに私を見下ろしてくるのが気に食わなかった。
寄り添うように光を遮る曇りが好きだった。
ドラムを叩くように軽快なリズムを奏でる雨の日が好きだった。
しばらく歩いていると、看板が見えた。
『カブト・クワガタ祭り 10:00~18:00』
どうやら、児童館に昆虫の即売会があるらしい。
正直カブトムシやクワガタに興味はそそられないが、生き物を飼うものとして多少知識はある。
この手の生き物は暑さに弱い。まず間違いなくクーラーで温度管理はされてるだろう。
暇つぶしで涼みに少しだけ寄ってみるか。
思惑通り、中はクーラーがきいていて、とても快適。
入口のお兄さんからビンゴカードを受け取った。
図鑑で見たことがあるような昆虫が、テーブルの上に並んでいる。
ふと目に入ったブースに、おっきいモフモフの蜘蛛、タランチュラが展示されていた。
……うん、どっちかと言えばこっちの方が好きだ。
毒々しくて、刺激的で、なによりも残酷そう。
私と同年代の女の子たちがいかにも忌避しそうな禍々しいフォルム。
あの子たちは犬とか猫とかの可愛らしい子達を好むのだろう。
それが普通。
だから私はそういうありきたりな生き物を好きになれない。
カブトムシやクワガタだってそうだ。普通の男の子は好きでしょそういうの。
じゃあ私には合わない、普通じゃない私には相応しくない。
普通じゃない私には、こういうグロテスクな生き物がお似合い……待って何これ。
変な生き物がいる。……ヒヨケムシ? 蜘蛛みたいな体、らっきょのような頭に牙のような鋏角がついている。
すごくグロテスク! ……だけど、ちょっとこれはない。普通にヒク。きもい。
「やっぱレオパってかわいいんだなあ……」
しみじみとそう感じていると、ホール奥にある看板にビンゴ大会と書かれているのを見かけた。
寄ると、景品一覧が表示されていた。ヘラクレスにギラファ……いかにもここにいる人たちが好きそうなラインナップだこと。他にも色々な生き物があるそうだ。
何々? レオパードゲッコー・ディアブロブランコ……
ちょっと待って! レオパ出るの? しかもコンボモルフ……普通に買うと三、四万するのよ!? いいの? ビンゴの景品なんかで出しちゃって。
うちにもかまぼこがいるけど、タダで狙えるのなら狙うしかない!
軽い足取りで建物内を練り歩きながら、時間まで暇をつぶす私であった。
待ちに待ったビンゴの時間、どんどんビンゴ当選者は現れる。
しかし、彼らの目的はあくまでカブクワ。ディアブロには目もくれない。そして私にはリーチがかかっている。十分勝ち目はある!
そして一人また一人、当選者は景品を持っていく。ディアブロが最後の景品となったところで、ついに私にも勝利の時は訪れる。
「やった! ビンゴだ!」
十三番をくり抜き、私は前に躍り出る。
「……はい、確認できました。それでは最後の景品をどうぞ」
飼育ケースを係の人から手渡される。いっぱい嬉しい。
右わきに抱えて、すぐにでも帰ってこの子のお迎え準備をしないといけない、と思いながら踵を返すと――
「あ……」
少年が前に出ようとしていた。手には五つの穴がくり抜かれたビンゴカードが握られていた。
「…………」
気まずそうに少年は後ずさった。控えめな性格の彼は、きっと言い出せないのだろう。今更自分も当たっていたなどと。
「……ねえ」
私は男の子に歩み寄る。しゃがんで目を合わせて話しかけた。
「もしかして君もビンゴ?」
「う、……うん!」
一生懸命大きく少年は頷く。
「そっか。じゃあ私と真剣勝負だね」
振り返って係の人に事情を話した。決戦はじゃんけんで決めることに。
「それじゃあ――」
つま先でトントンと地面を小突く。拳を握りしめて。
「「じゃん、けん――」」
ビンゴ大会が終わり、集まっていた人々が散っていく。私は手持無沙になった右手をひらひらとふりながらホール内をブラブラしていた。
すると、ホールの一角に構えているブースに人だかりができているのが見えた。
立てかけられた手作りの看板には、販売されている品種の品書が書かれていた。
このブースの目玉はスマトラオオヒラタクワガタと呼ばれる大型のクワガタだそうだ。
人気な種類なようで、少なくないお客たちが、わいわいと品定めをしていた。
しかし、テーブルの最も隅に、一つの飼育ケースが見えた。そのケースにはだれも見向きしていなかった。
覗いてみると、とても大きくとても太い、迫力のある黒いクワガタが見えた。
しかし、私の知っているクワガタの状態とは違っていた。
真っ黒な上翅は飛翔するように開かれていて、中に収められていたはずの下翅はだらしなくびろんと伸びていた。剥き出しになったオレンジ色の腹部はぶにぶにとしていて、スタイリッシュなクワガタのイメージかけ離れた不気味な印象を与えた。
ラベルにはこう書かれている。
『100mm B品 1,000円』
テーブルの奥にいた、出品者の一員らしき初老の男性に声をかけてみた。この個体はどうしてこうなっているのかと。
「これね、羽化不全といって羽化に失敗した個体なんだよ。羽化する場所や、環境が悪かったらこうやって羽がうまくしまわれない状態で固まってしまうんだ。そういう個体はね、お腹から細菌が入ったり、怪我をしたりしてすぐに死んでしまうんだよ」
「人間で言う障害者みたいな感じですか?」
「……うん。近しいものがあるね」
「そういう子はお客さんに買ってもらえない?」
「うん。だから安くしてるの。サイズは申し分ないんだけどね。大きい個体ほど羽化不全が起こりやすいんだ」
「そうなんですね」
そう返して会話を切り上げた私は、ホールから出た。
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不完全メタモリアム クワガタ信者 @kuwagata315
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