第2話 過去の女関係
「質問じゃないよ」
勇人は慎重に言葉を選びながら、椅子の上で身じろぎした。
「前提条件なんだけど……ほんとに僕、君と会ったことあるの?
名前も知ってるの?君だけが一方的に知ってるとかじゃなくてさ」
一瞬、間を置いてから、慌てて付け足す。
「だ、だって君みたいな可愛い子だったら、忘れるわけ――」
――言い切る前に、空気が変わった。
さっきまで柔らかかった彼女の表情が、まるでスイッチを切ったみたいに凍りつく。
瞳の奥の光が、すっと消える。
睨みつけるような視線が、勇人を貫いた。
「……その質問だけど」
低い声。
笑みは消え、口元だけが歪んでいる。
「『君みたいな可愛い子』ってセリフがなかったら、
今すぐ電流を最大出力で流してたわ」
カチ、と。
彼女の指が、電流装置のレバーに軽く触れる。
「……いいわ。特別に教えてあげる」
一歩近づき、囁く。
「名前も顔も、知ってる。それどころか――将来を誓い合った仲よ」
「将来まで……?」
勇人は眉をひそめる。
「うーん……竜王学園に通うような女の子、いたっけな……
(だいぶ遡らないと……)」
思い出を必死に掘り返す。
「あ、お隣に住んでた伏上カミラちゃん?引っ越したけど…
大きくなったら僕のお嫁さんになるって――彼女ハーフだから違うや。ごめん…」
言い終わる前。
「……は?」
彼女の顔が、完全にハイライトオフになる。
「ちょっと待って」
ゆっくり、しかし確実にレバーに手を掛けながら。
「あんた……私以外にそんな女、いたの?」
ぎし、と金属音。
「それ、浮気だよね?」
にこり、と笑う。
「……死にたいの?」
「い、いやいやいや! 保育園の時だから!」
「それで許されると思ってんの?」
首を傾げ、心底不思議そうに言う。
「彼女だよ?もうすぐあんたの妻になる女なんだよ?」
レバーを軽く上下させる。
「どうせ答えられないから、適当に思い出話してるんでしょ?」
(え……これ、最初から詰んでない?)
勇人は背筋に冷たい汗を感じながら、次を口にする。
「じゃ、じゃあ……小学校二年まで一緒だった、龍神葵ちゃん?」
少し安心したように続ける。
「よく遊んだよね。かなりリアルなおままごとでさ。
ダメ男設定とか、過去に恋人が死んだトラウマとか……
昼ドラみたいだったけど――」
「……は?」
再び、空気が凍る。
「違うし」
彼女の声は低く、荒い。
「ちょ、ちょっと待って、なんで!?」
「あんたね」
レバーに指を掛けたまま、静かに詰め寄る。
「よその女と疑似恋愛してたのよ」
一語一語、噛みしめるように。
「しかも正妻を差し置いて、別の女と疑似新婚生活」
断言。
「有罪確定。ギルティ」
「いやいや! それ六歳くらいの話だから!」
「……まだ、ほんの十年ちょっと前でしょ?」
にっこり。
「十分、最近よ。有罪」
「お願い! まだ一回目だよね!? カウント!」
「……うーん」
彼女は少し考える素振りをしてから、
「じゃあ次。」
楽しそうに口角を上げる。
「小四のとき、同じクラスだった逢魔法子(おうま のりこ)ちゃん?」
勇人は一気に言い切る。
「黒髪で、メガネで、地味だったけどいい子だった。
交換日記してたよね。本が好きな文学少女で――」
「あ゛?」
低く、喉の奥から漏れる音。
「お前さ」
ゆっくりと近づき、首を掴む。
「私という者がありながら、他の女と恋文のやり取り?」
指に力がこもる。
「まじで浮気男だな。もちろん――違うし?」
首を締めながら、笑う。
そして、耳元で囁く。
「……まあ」
レバーに視線を落とし、
「あと一回だしね?」
口角が、愉悦に歪んだ。
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