謎の彼女が拉致監禁してきた件
セイケン
第1話 ゲーム開始
――暗い。
いや、正確に言うなら暗すぎる。
「あれっ……ここどこっ?」
ぼんやりとした意識が、水面から顔を出すみたいに浮上する。
視界に入ってきたのは、ぽつんと灯る白色灯。まるで舞台のスポットライトみたいに、俺だけを無遠慮に照らしている。
戸川勇人――仲津川高校三年。
まずは自己紹介。こういうとき、名前と肩書きを確認すると、少し冷静になれると聞いたことがある。
……いや、冷静になってる場合じゃない。
「……え?」
首を動かそうとして、初めて気づいた。
動かない。
正確には、動かそうとすると「ギチッ」と嫌な感触が走る。
視線を落とすと、黒い学生服の上から、白い結束バンドが手首と足首をがっちり固定していた。
しかも食い込んでる。地味に痛い。雑に縛るな。
「ちょ、え……?」
部屋を見回す。
……が、見回すほどの情報がない。
カーテン。
照明。
そして俺の座っている椅子。
以上。
家具ゼロ。生活感ゼロ。
椅子はどうやら部屋のど真ん中に配置されていて、完全に見世物ポジションだ。
(いや、何ここ。マンションの一室……?
それとも取り調べ室?
まさか……あれ? 俺、何かやった?)
混乱がピークに達しかけた、そのとき――
「起きたようね……」
背後から声。
「うわっ!?」
反射的に肩が跳ねる。
いや跳ねたい。実際には縛られてるから、心だけが跳ねた。
コツ、コツ、と足音が近づく。
高すぎず、低すぎず、妙に落ち着いた足音。
その足音は、俺の背後を通り――
くるりと回り込み、視界の正面で止まった。
……そして。
「…………」
絶句。
そこに立っていたのは、絶世の美少女だった。
端正な顔立ち。
均整の取れたスタイルに、主張を忘れない豊かな胸。
艶やかな黒髪のストレートロングが背中に流れ、雰囲気はクールで、どこかミステリアス。
落ち着いた佇まいなのに、目だけが楽しそうに輝いている。
そして着ているブレザーの胸元には、見覚えのある刺繍。
「……竜王学園?」
思わず声に出す。
「ふふ、よく知ってるね」
彼女はにこりと微笑んだ。
「君は……僕、帰宅中に……だったんだけど……なんで……ここに?」
語尾が迷子になりながらも、必死に質問する。
「うん。ここに連れてきたんだ」
あっけらかん。
天気の話でもするみたいなノリ。
「なんで!? 帰してくれない?」
「それは君次第かな?」
彼女は悪戯っぽく微笑む。
「うち、お金ないよ」
「うーん……お金はいらないかな」
頬に指を当てて、にっこり。
「えっ……誰か別の人と間違えてない?」
「戸川勇人くんだよね。間違えるわけないよ」
即答。怖い。
「どうしたいのさ……こんなことして」
「うん。今からゲームをします」
「えっ、いきなり!?
デスゲーム!? 間違えたら殺すの!?」
「殺さないよ〜」
ほっとしたのも束の間。
「でも、答えられなかったら、ここで一生暮らします。私とね」
満面の笑み。
「えっ……意味がわからないけど……」
「えっ? もしかして、うまく翻訳できなかったのかな?」
彼女は首をかしげる。
「もう一回言うよ。答えられなかったら、ここで私と暮らします。死ぬまで」
「うん……だから暮らすんでしょ。死ぬまで。答えられなかったら」
オウム返しした瞬間――
「なんだ、伝わってるじゃない!」
急にキレた。
「日本語変換が上手くできてないと勘違いしたじゃない!
不安になるじゃないのよ!そういうとこだぞ!!」
「だからそれが意味わかんないって!」
首を振りながら抗議すると、
「そのまんまだよ。どうせ君は私のものだからね」
腰に手を当て、ドヤ顔。
「で、今日のお題は――
『名前当てゲーム』!パチパチパチ〜」
ひとりで拍手。
「君には私の名前を当ててもらいます。
2時間以内に答えられなかったら、ここで私と一生暮らします。
当てたら解放するね」
「ちなみに回答は3回までです。
ゲームの前に質問はありますか?」
「……あのさ。
僕をここに閉じ込めて、どうする気?」
「えっ? さっき言ったじゃん。ここで私と暮らすって」
「暮らして……どうしたいの?」
「えっ……そ、それは……」
急に視線を泳がせ、
「な、な、ほ、ほら……彼氏彼女みたいな……イチャイチャとか……
もう女の口から言わせないでよ〜!」
顔を真っ赤にして、バンバン俺の体を叩く。
「痛いって! 地味に痛い!」
(……いや、可愛いけど。状況が怖い)
「あ、あのさ。君みたいに可愛くて綺麗な彼女だったら、僕じゃなくても誰でもOKするよ」
「……あ、あわわあわわあわわ」
「ほんとに!?」
「うん。むしろお願いしたいよ。彼女になってくれるなら」
その瞬間――
パンッ!
天井からくす玉が割れ、
【ミッションコンプリート】の垂れ幕が降下。
彼女はクラッカーを両手に持ち、派手に鳴らした。
「やった〜! 大成功だよ!」
「ゲーム開始より前にミッションコンプリートなんて、予想外すぎ!
君、チョロすぎだよ!
心配を通り越して、恐怖を覚えるレベルだよ!」
「なんでさ!
君みたいな可愛い子に言い寄られて嫌な男いる?」
「ふふっ……そこがチョロいんだけど……
普通、拉致監禁されてOKしないよ」
「だから拉致監禁なんてしなきゃいいじゃん!
普通に告白してくれたら、絶対受けてた!」
「こっちはこっちの事情があるの。
まあいいや。もうあんた、私のものだし」
「じゃあ……これ外してよ」
「えっ」
「えっ」
「いや、まだゲーム始まってないけど。
終わりにするなんて言ってないよ」
「はい!? なんで続けるのさ!」
「うーん……面白そうだから?」
「……もしかしてさ。間違えたら、ここで一生暮らすの?」
「だよ」
「もう目的達成したよね!?
恋人だよね!?軟禁しなくてよくない!?」
「だね。軟禁はしない。でも、婚姻はしてもらう」
「韻踏んでるでしょ。うまいでしょ」
「今思いついたでしょそれ!」
「はい。続行〜。
適当に答えて3回終わらせたら、電流流します」
「なんで罰が重くなってるの!?」
こうして。
戸川勇人の人生を賭けた、
意味不明かつ理不尽で、なぜかちょっと甘い
――名前当てゲームが、強制的に始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます