異世界キャンピングキッチンカー

紫黄つなぐ

異世界キャンピングキッチンカー


 青い空、白い雲、爽やかな風。素晴らしい空の下、青年は大きく体を伸ばす。


「ああよく寝た。さて、顔も洗ったし飯にするか」


 その一言に、ワンワンキャンキャンと嬉しそうに二匹の犬が駆け寄ってきた。青年の膝下でじゃれつく二匹は子供のように賑やかで、青年は両手でそれぞれを撫でて落ち着かせる。

 純白の光沢が美しい白い毛並みを持つオスの『マル』と、ふわふわアプリコット色な毛並みが自慢のメスの『プル』は、青年の旅の大事な仲間だ。彼らは一行の"移動手段"であり、無くてはならない存在である。――とここで青年の元に、さらに二つの影が近寄った。


『よーっす! おはよう主! どうだ、朝飯はかりっとベーコンでも焼くか?』

「おまえに頼んだら炭になるじゃないか」

『じゃあレッドは一緒に野菜を収穫しに行こうよ。あのね、主様! ちょうど葉菜で食べごろがあるんだ!』

「それは助かる」


 二つの影は、それぞれ炎の精霊レッドと、緑の精霊グリーンである。その名の通り炎の使い手であるレッドは、やる気はあるのだが少々大雑把な性質で料理には向かないものの、戦闘ではかなりの腕前を披露する。対しもう一人の精霊グリーンは、複合精霊とも呼ばれる緑の精霊だ。得意なのは上質な土の用意に水の生成等、植物を育てる上で重要な部分を担うこの一行の食料維持を担うスペシャリスト。


 五人(内犬二匹)は、この世界において少々珍しい職業を営んでいる旅の一行だ。

 開業したのは四年前。青年が十五歳の誕生日を迎えた後の、年始のことだった。




 この世界では、十五歳を迎えた少年少女たちが、その翌年となる新年に教会で神に特別な祈りを捧げることが慣例となっている。そうすることで神から一人前になったと祝福ギフトが贈られ、その後の将来にそれらは直接関わることとなるのだ。


 祝福とはいわば、眠っていた才能の開花。


 例えば剣の才能が与えられれば剣士や傭兵、冒険者に。

 例えば治療の才能が与えられれば医療従事者に。

 例えば芸術の才能が与えられれば、音楽家や美術家、はては美容師から舞踏家まで。それぞれ多種多様、様々な分野で活躍している。


「もうすぐお前も祝福ギフトがもらえるんだなぁ」

 そういいながら大きな金属を槌で打っているのは、道具士の職についている、青年の養父だった。

「俺も、とうさんみたいな何か作る職業に向いた祝福が欲しい」

「ははは、こればかりは運だな。お前は食うのが好きだし、料理人の才能だったりするんじゃないか?」

「作るのも食うのも好きだけど俺のは母さんの料理の真似だし、料理人なんて溢れかえってるだろ。就職先争奪戦確実。調理道具作ったりする方がいい」

「俺はお前の飯好きだから、いいと思うんだけどなぁ。食ったら幸せだなぁって思うぞ? ま、俺の祝福なんて鍛冶すりゃ本職に届かず中途半端、作った魔道具は本物の魔道具士には負ける。市民の生活に必要って言ったって、そんな大それたもんじゃぁない。無理に俺の跡を継ごうだなんて考えなくていいんだぞ」

「そういうわけじゃ……でもそれ、すごいだろ? 魔道具含めていろんな道具の修理もできるんだから」

「修理くらいはな。広く浅くが俺の得意分野だ」

 そういいながら自信に満ち溢れた表情で養父は槌を打っている。その様子に、やっぱりすごいじゃないかと青年が呟く。

「そりゃこいつはな! 天級の大魔道具士と呼ばれたじいちゃんの遺作だ! 重要な部分は出来上がっちゃいたんだが、俺がこの歳になってようやく完成が見えてくるとは……待たせたな、じいちゃん」


 それは、大きめの馬車のようなものだった。とはいえ本来馬がいるであろうはずの前部分には、なぜか金属製の箱状の入れ物に半透明のガラスの球体がくっついており、御者の席もそれは変わらずぐるりとガラスで囲まれている。馬車なのだろうが、馬車とは言い難い見た目だ。

 以前青年が興味本位でこつこつと叩いてみたことがあったが、魔道具であるらしくひどく頑丈な代物で、外からは中が見づらく、中からは外がしっかり見える特殊なガラスを使用しているらしい。

 後ろは広く四角い馬車の荷台なのだが、なぜか二階建てになっており、二階の天井は同じガラス張りだ。すべて養父の祖父の設計図通りなのだが、どうやら二階は『温室』を想定した作りであるらしい。

 一階にも養父の祖父である魔道具士自慢の道具がわんさか設置されたそれは、外装が養父自慢の魔金属製ということもあって、とてつもなく頑丈で武骨ながら立派な馬車(馬抜き)仕様となっていた。


「これ、結局何? 馬繋げないよな?」

「これはなぁ、動力は魔力なんだよ。じいちゃんは『キャンピングキッチンカー』って呼んでたらしいぞ。完成はしなかったけどな」

「へえ……? でもそれをとうさんが完成させられるんだ」

「ま、ガラス辺りは俺の親父のモンだけどな。さて、あとちょっとだ。お前の祝福に間に合えばいいんだが」

「え?」

「養父の勘って奴さ。お前はこんな片田舎に収まる器じゃねえ。きっとでっかく羽ばたくってな!」

「料理人だと思ってるのに? それ親ばか」

「料理人だって世界に羽ばたく! 寂しくなるが、親子三世代で完成されたこいつも一緒なら安心だ。土産話の楽しみができるってもんよ。だからなぁ、諦めるなよ。料理人だろうが職人だろうが、親父さんみたいに冒険がしたいんだろ?」



 そうして養父の完成させた『キャンピングキッチンカー』は、祝福を得た青年の手に渡ることとなったのだ。


 ちなみに青年の祝福は、『天級食材適所調達人』――その才能の中では最高クラスと呼ばれる天級を得ながら、料理人ではなく食材適所調達人という些か癖が強いよくわからない祝福であった。


 適所調達って言うならやっぱ旅だろ、と青年は養父に快く送り出され、そしてやがてその才を発揮した。

 どんな祝福を得てもいいようにと幼少期から剣や弓に魔法など武芸について学んではいても、安全な外壁に囲まれた街の外になんて出たことがなかった青年だが、一歩外に出た街の外は――宝の山だった。


 道端に咲く花。根には辛みがあって刻めば素材を引き立てる素晴らしい薬味に。

 山麓の岩。砕けば中に希少な岩塩あり。稀に水溶け糖岩という水に溶かすと甘みが出る希少な石もドロップ。

 森の木々の果実、甘いものから酸っぱいものまで新鮮より取り見取り大放出。シロップ材料の樹液も添えて。

 森の奥の魔物たち。一撃で仕留めろ新鮮な肉だ今夜はパーリナイ。血抜きを忘れるな!


 とまぁ順調に旅を続けながら着々と新鮮食材を貯蓄し、道中捨てられた犬夫婦二匹が仲間となってキャンピングキッチンカーの馬係(ベルトの上を歩くだけの魔道具使用)となり、温室に惚れた精霊とその彼氏も加わっての大所帯となった。

 備え付けの食料貯蔵庫がすぐいっぱいになってしまうという割と切実な悩みもあるが、今日も今日とて新鮮贅沢な作り手特権の朝食を終え食材集めに勤しんだ一行は、夕刻前に予定していた街へとたどり着いた。



「失礼、今日の夕刻から露店販売の許可が欲しいのだが」

「かしこまりました。時刻は本日夕刻、現時点から、時間いっぱいで九の鐘が鳴るまでとなりますがよろしいですか?」

「頼む」

「ではこちらの書類に記入と……はい、そうですね」


 街では露店ギルドに顔を出し、得た食材を調理して指定エリアで販売する。それがこの一行の路銀の稼ぎとなる。

 料理人の祝福を得ることはできなかったが、一行の食材はまさに新鮮最高級品ばかり。何より幼い頃から料理をする機会が多かった青年の腕前は祝福こそ得られなかったもののなかなかのものである。

 キャンピングキッチンカーの魔道具を操作してキッチン優先配置とし、一部を開け放ってオーニングを設置すると、青年は調理に取り掛かる。

 犬二匹は互いに協力しあってずるずるとメニューボードを運び出し、失敗してバタンと倒れたそれを精霊二人がフォローしつつなんとかしっかり立てかけた。


『キャウン……(ごめんねハニー、僕が躓いたせいで……っ)』

『ワフ!(いいのよダーリン、頑張ってるあなたも素敵!)』

『お、俺だって魔法を使えば倒れた看板くらい!』

『レッドがやったら看板燃えちゃうよ?  あたしの風があるんだから気にしないで!』


「いちゃついてないで材料どんどん出して」


 賑やかな車内で、次々と出てくる食材が調理されていく。

 移動中に魔道具で焼いていた焼き立てのやわらかパンズに切り込みを入れ、グリーン自慢の温室野菜を彩りよく挟んでいく。そこに自慢の調味料を混ぜた特製ソースを塗り込み、昼前に男が仕留めて血抜きした極上の肉のミンチを成形して焼いて、挟む。調味料は肉の味を引き立てるものだけを選び、厚さも十分、食べ応えばっちりなそれは、片手で食べられる『ハンバァガ』というこの露店でも人気商品だ。


「いい匂いがするー! お母さん、あれが食べてみたい!」

「そうね、お値段もお手頃みたいだし」

「お、美味しい!! なんだこれ、肉やわらか」

「臭みも全然ない。ボア種の肉だって、ソース最高!」

「おいしいーしあわせー……」


 匂いにつられてやってきた客に受け取った金銭通り……ではなく、おまけで芋を揚げたポテトという料理までサービスでつけて提供していれば、あっという間に一行の露店は長蛇の列となる。長い時間待ちたくないのか他の露店で買う客までちらほら見つめる大繁盛だが、そこでふと調理に没頭していた青年が顔を上げた。


 客の列の中に、かなりの強者がいる。


 恐らく深くフードを被った、小柄な人物がそうなのだろう。よほどのギフトを授かったのか。戦闘職ではない青年にはわからなかったが、まぁ全員同じ客だしと気にすることを止め、さっさと調理に戻った。

 忙しい時間はあっという間に過ぎていく。約束の九つの鐘が鳴ったところで店じまいとした青年がキッチンカーの外に出た時。


 音もなく、青年の後ろに人影が立った。



「この食材をどこで?」

 ちらりと青年が見れば、そこにはハンバァガの中身の肉のほんのひと欠片が手のひらの上に残されていた。

「いや不味くなる前に食ってくれ」

「……ごめんなさい。どうしても気になって」

 さっと小さな手が肉片と共にローブの中に戻っていくと、口元に運ばれた。小さく「やっぱり美味しい……」と呟く声が聞こえる。

 どうやら、あの列に並んでいた強者の人物は女であったらしい。相変わらず顔は見えないが、声は高く可愛らしく、フードの左から一房、美しい薄紅の髪が垂れている。


「それで、どこで、誰から買ったの?」

「どこでって、すぐそこの森の奥にいたから、今日狩ったけど。あの森の狩猟は自由じゃ?」

「な……すぐそこのって、えっ!? 自由も何も、これはギルドから危険指定されていたボア種のものでしょう!? 今日ってそんな、どうやって!? この街で今対応できる冒険者なんていなかったのに」

「どうやってって、普通に剣で」

『いやいやそのあとご主人、血抜きで魔法も使ってたろ? 言ってくれれば俺が焼いてやったのにー』

「焼く前に血抜きしろ」

「上位炎精霊!? 魔法は血抜き目的!? え、え、何が起こってるのかしら……? 嘘でしょ……私夢でも見てるのかしら」

「夢でも美味かったんならよかった」

『わん……(ご主人様、違うと思うの)』


 よくわからないが、解決したと判断した精霊は店じまいを始めた。周囲に忘れ物がないか調べ終えたら、十の鐘が鳴る前に急いで街の外に出なければ封鎖されてしまう。

 青年の寝場所は養父親子三代による最高傑作『キャンピングキッチンカー』なのだ。街中に留まる必要は、ない。


 さっさと出ようとしていることに気付いたのか、この時間に? と驚いた様子を見せた女が、はっとしたようにローブから伸ばした手で青年の袖口を掴む。


「何?」

「あの! 私も外に連れて行ってくれないかしら。どこか、次の街まででいいの。野営のお手伝いも……契約精霊や守護獣が四体もいるなら不要かもしれないけど、きちんと手伝いますからどうか!」

「どうぞ」

「おねが……いいの!?」

「はぁ、まあ別にそれくらい……?」


 街に入るならともかく、出るのに金がかかるわけでもなし。野営が不安だというのなら別に勝手についてくればいいのだ。

 さっさと歩き出す青年を追いかけ、女もまた慌てて小走りに後を追う。


 青年の旅の目的は各地の食材集めだ。定期的に故郷に戻って養父に料理を振る舞う程度で、明確な目的地があるわけではない。とくに行先を指定されるわけではないのなら、護衛冒険者ではないが同じ旅人同士多少協力することもあるだろうと楽観的に許可したそれが、女の運命を大きく変えるきっかけとなるのだが――青年のやることは変わらない。


 上手くて美味しい、幸福な食事と楽しい冒険を。


 キャンピングキッチンカーはきっと変わらず、冒険と発見、そして挑戦を続けて各地に幸せを振りまくのだろう。




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