第3話 未定義の門出(前半)

あの激闘から三日


執行官・雨宮の追撃を振り切った九条くじょうれん低負荷区ていふかくの地下、湿った風が吹き抜けるスクラップ街に潜伏していた


そこで、漣は自分で出来る範囲で情報収集を始めていた


「……読み込みが遅いな。追記アペンド。全パケットの受信を『0.01秒保持』。一気に展開しろ」


コンマ数秒のラグを意図的に作り、膨大なデータを一括処理する

父の遺産を「ブラウザの高速化」に使う贅沢な手法で、彼は情報を漁っていた





【まとめ】低負荷区や高負荷区、そして棄界。その全てを語っちゃいます

2025/12/31 18:42配信

――負荷区 > 種類 > 棄界


……ということになっており、下がその種類



低負荷区ていふかく


高負荷区こうふかく


棄界ヴォイド



それぞれ上から順に危険度が分かれており、棄界ヴォイドは言わずもがな最高危険度となっている。情報はほぼ無いに等しい




低負荷区ていふかく。危険度「無」

政府の管轄内で『大崩壊だいほうかい』による影響、『物理法則の崩壊』が比較的控えめな地区。


高負荷区こうふかく。危険度「高」

政府の管轄外とされており『物理法則の崩壊』が極めて酷い。

漣を含め解析屋かいせきやは、ここから依頼のあった『高負荷区』にある情報(重力反転の周期など)を売買している


中には高負荷区こうふかくをメインに救助活動や災害当時の遺物を求めてやってくる者などなど...完全に無法地帯となっており……






といったありきたりな情報しか見つからず、苦戦を強いられていた。



手元には、父・九条弦が遺したデバイス『エイジャス』が握りしめられている


その画面には目的地である『棄界ヴォイド』の座標が刻まれている


だが、そこへ至るための「最新のルート」が、致命的に欠落していた



現時点で分かっていることは...

・棄界へは高負荷区の深部からでしか行くことはできない


・棄界の情報は少なからず表では出回っておらず殆どが『デマ』


・『棄界へ続く高負荷区』の位置はエイジャスにやって判明している












「……九条? 冗談だろ」


耳を刺すノイズと共に、通信が一方的に切断された


馴染みの情報屋。昨日まで愛想を振りまいていた連中が、漣が『父』の名を出した瞬間、化け物でも見るかのように回線を閉ざす



情報屋。

物理法則が壊れたこの世界においても、変わることのない「人の業」を切り売りする剥製師はくせいしども



彼らにとっても、大崩壊の元凶とされる九条弦の名は、触れれば即座にシステムを汚染する「不可侵の禁忌」だった



(……世界から拒絶される感覚には、もう慣れたはずだったんだがな)



漣は自嘲気味に笑い、最後の希望である老解析屋のガレージを訪ねた


父と親交があった数少ない一人。

だが、老人は漣の顔を見るなり、その瞳に深い「恐怖」を宿らせた



「……その顔、その眼。来るなと言ったはずだ、漣」



「頼む、じいさん。棄界への入り口を知っているのはあんただけだ。俺は父さんの真実を――」


「真実など知ってどうする!」


老人の怒声が、静かなガレージにひび割れた警報のように響く



彼は何かを言いかけ、喉の奥で言葉を飲み込んだ。

その震える手は、棚の奥から埃を被った小さな箱を取り出す


「……これは、わしが昔、やつから預かったガラクタだ。解析屋を引退するきっかけになった忌まわしい遺物だよ」


手渡されたのは、表面が鈍く光る『黒いプラグ』だった


「持っていけ。そして、二度とここへは戻るな」


「……じいさん?」


「お前が生き延びるためではない。……それが、わしにできる唯一の贖罪だ」


老人の言葉の真意を問う間もなく、漣はガレージを追い出された



扉が閉まる直前、老人が力なく呟いた一言が、雨音に混じって耳に届く




ーー「お前が辿り着く先にあるのは、希望などではないのだ」と




夜のとばりが下りる中、漣は巨大な境界ボーダー防壁ウォールへと向かった


高さ30メートル。

都市の安定を守る「物理法則のダム」



壁の隙間からは、重力異常で巻き上がった砂塵が煙のように噴き出している


そこにある空気の重み、空間の歪みそのものが、ここが人界ではないことを告げていた



「……父さんは博士として、この景色を計算していたのかもしれない」



漣はエイジャスを起動し、境界ゲートのセキュリティ・コードに指をかけた


政府の演算サーバーが必死に物理法則を繋ぎ止めている「バックドア」を抉じ開ける



「けど、俺は解析屋だ。理屈じゃなく...自分の足で、このバグを越えていく」




重い金属音が響き、扉が開く



眼前に広がるのは、ビルが九十度に折れ曲がり、瓦礫がまるで意思を持つかのように空中に静止した、静かなる『崩壊の世界』


そう。『棄界へ続く高負荷区』だ。





「さて……ここからは仕事の時間だ」




一歩踏み出した瞬間、肺を押し潰すような圧倒的なプレッシャーが漣を襲う


『警告。前方約200メートル地点に、正体不明の【ノイズ】を補足。……デバッグの準備を』


エイジャスの冷徹な通知と同時に、足下の石がゆっくりと浮き上がった


孤独な行軍は、最初から「歓迎」されてはいなかった





だが、漣の唇はわずかに吊り上がっている。

まさに解析屋。プロとして


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

後書き

最後までお読みいただきありがとうございます!


ついに一歩を踏み出した『高負荷区』

老解析屋から託された『黒いプラグ』が、このバグだらけの世界でどんな意味を持つのか……。


【次話予告】

本日、この後22:00に第4話(後編)を更新します!

ここで、本作最初の大見せ場『遅延実行ラグ・コマンド』による解析屋、プロとしての超応用劇が幕を開けます。



れんの『知略』が魅せる『高負荷区こうふかく』の歩き方講座。



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