LAG CODE -ラグコード-

Kaいト

プロローグ:孤独を揺らすは、重き残響

第1話 バグった世界の境界線

「物理法則は、あの日に『崩壊』した」


空から降る雨が地上二メートルで静止し、重力の檻に閉じ込められている


大崩壊だいほうかい』。あの日、世界はプログラムのように書き換えられた。


それ以降、人類には追記アペンドという現実に対して上書きできる能力が発現していた。



ただ、その『追記アペンド』にも個人差があり、出来ることも人によって違う




その中でも、俺のような「持たざる者」はシステムのゴミバグとして切り捨てられた



そう、俺が持つ唯一の力は世界から「欠陥品」と蔑まれた『遅延実行ラグ・コマンド


その力は、生物などを除いてその場に『保留』できるというもの。



そう。ただ保留するだけ








俺は、周りから浴びせられる痛い視線を掻い潜り、路地裏の湿った暗い空気の中へ潜り込む


手には、今まで動いたことのない謎の端末AGISエイジャスが握りしめられている



この端末を遺した男こそが、俺の『父』であり、世界を壊した『元凶』。



かつて政府直属の研究員でありながら、大崩壊だいほうかいを引き起こしたとされる最大級の大罪人、九条弦くじょうげん



名前を呼ぶことさえ禁じられた男の息子。

それが、世間から見る『九条漣くじょうれん』なのだ



漣はうつむきながら自分自身に問い続けている




(……父さんは、本当に世界を壊したのか?)


(俺は、こんな状況を受け入れてて良いのか?)



そんな答えの出ない問いを繰り返していた











その時だった


















世界から雨の音が消えた













解析屋かいせきや九条漣くじょうれん。君をここで殺す」



背後から、凍えるような声が響く


振り返ると、後ろには白い軍服の男が静かに立っていた



「僕は、政府の執行官・雨宮あめみや



その冷徹な眼差しは、俺という存在そのものを「世界のバグ」と断罪しているかのようだ



これまでも、解析屋かいせきや

つまり物理法則が崩壊したことによって、生じている世界の「バグ」を情報として売買している身として危ない場面は多々あった。




だが、今回はその度合いが違う。


世界の理を管理する者...

相手の格が高すぎるのだ。



「君の扱う情報ログは、国家を揺るがす『毒』だ。君の『大罪人:九条弦の息子』という素性も鑑み、政府は君の抹殺を決定した」



雨宮が指を鳴らす

止まっていた雨粒が空中で一瞬にして結晶化し、鋭利な氷の針へと変貌した


数千の氷の針が、僕の退路を完全に断つ




その時だった


「『追記アペンド氷葬・上書きアイス・オーバーライト』」


放たれた氷の嵐。数千の氷の矢が、重力さえも無視した軌道で僕を包囲した


俺は反射的に左手を前方へと突き出した



「『追記アペンド遅延実行ラグ・コマンド!』」


ガキン、と硬質な音が響く。

氷の針がポーズボタンを押したかのように静止した。


僕は全感覚を研ぎ澄まし、氷の針を強引に保留するが、脳を直接焼かれるような負荷に意識が遠のきかける。



雨宮はその様子を冷徹に見透かしていた。


「無意味だ。君のその不完全な力では、僕の追記アペンドは止められない。『絶対命令スタティック凍結フリーズ』」


雨宮の巨大な氷槍が、僕が維持していたラグの空間を紙のように易々と引き裂いた


「が……はっ!?」


衝撃。背後の壁に激突し、後頭部から生温かい血が滴る。

手放したカバンから、チタン製の端末『エイジャス』が路上の水溜まりへと転がり出した。



「……ガラクタと共に、眠れ」



その時だった。


雨宮のエネルギーが端末に触れた瞬間、死んでいた画面が世界を拒絶するような鮮烈な青色に発光する。


『システム、リブート。ユーザー・九条漣を認証。……現象の解析デバッグを開始します』


画面には雨宮が放つ氷の「予測線」と、自分がラグで止めている物質の「限界秒数」。

今、まさに求めているすべてが『データ』として網膜に刻まれていた。



それを見て僕は全てを察した。


「ハハッ……ようやく起きたか。……これなら俺でも戦える」


この機械が自分の生命線だと。父が遺してくれたことに意味があったのだと。



雨宮が次の一撃を放とうとした瞬間、僕はエイジャスの側面に備わった無骨な物理ボタンを思い切り押し込んだ。


実行エンター!!」


カチリ、と心地よい金属音が響く。

保留していた全現象の「一斉解放」!


今まで周囲で停止していた瓦礫と氷の破片がありえない角度へ跳ね返った。


そこに加わるはエイジャスによる「弾道補正」!



解放されたエネルギーが爆発的に膨れ上がり、そのすべてが雨宮へ飛ばされた。


「ぐっ……!?」


が、雨宮もまた修羅場を潜り抜けたプロだ。

衝突の直前、反射的に『絶対命令スタティック凍結フリーズ』を強制起動。


目前に強固な氷壁を生成し、その身を死守した。



だが、そこで終わるはずがない。

雨宮の氷壁から剥がれた破片を、僕は即座に再利用保留


エイジャスにより網膜に映し出されている情報から『弱点』を即座に見つけ出し、弾道補正によって「雨宮の氷壁」の弱点一点へと集束し、大爆発を起こした。



その時だ。俺の体が……急に軽くなった。

瞳の奥でも、どろりとした黄金色の光が渦を巻く



「あっはははは!さっきまでの威勢はどうしたぁ??一気に形勢逆転だな!!」



僕の笑い声が、静まり返る路地裏に響き渡る。

明らかに『ハイ』になっている僕を、雨宮は戦慄した。




否、その想いは「期待」。




そんな考えを巡らせる中、雨宮は俺の『内』を凝視した。


その目に映るは……俺の『生命エネルギー』が外へと溢れ出ている、制御が効かない状態。



(まさか……こいつも……『本質を見抜ける者』なのか……?いや、この現象ログはそれ以上に……)



その瞬間、雨宮は『追記アペンド』を解除した。



「……今の君を殺すのは、国家にとっての大きな損失になりそうだ」



それだけを言い残すと、雨宮は壁を蹴り、銀色の静寂が降りる路地裏から去っていった。


あたり一面には氷の燃えかすが舞い散る、銀色の静寂に沈んでいた


ことわりを司る者が遺した、あまりに美しく、冷酷な「秩序」の残滓。


それだけが……満たされていた。



「……あ……ははっ!」


僕の笑い声が、静まり返る路地裏に響き渡る。

全身の細胞が沸騰するような、圧倒的な熱量。


内側から『蓋』を突き破る全能感の奔流が、僕の意識を白く塗りつぶそうとした。


その時、ピピッ、と無機質な電子音が脳内に響いた。

手にしていたエイジャスの画面が、狂ったように文字を羅列する。



『警告。対象の【源生げんせい】が臨界点を突破』


『現象:追記アペンドの基底コードが露出。強制冷却パージを開始します』



「が、あ……っ、ぐ……!!」


脳を直接氷漬けにされたような衝撃。

全能感は一転して泥のような疲労感に変わり、僕はその場に崩れ落ちた。


視界が急激に暗転し、溢れ出していた黄金の光が強引に内側へ押し戻されていく。



(……なんだ、今の言葉は。……ゲン、セイ……?)



聞き慣れない単語を発するエイジャスに困惑する。



意識の輪郭が溶け、闇に沈み込もうとする。








その刹那。





不意に、エイジャスのスピーカーからザラついたノイズが漏れた。





『……漣。もし、これが……再生……ているなら……』



「……父、さん……?」




遠い記憶よりもずっと疲弊した、父の声。




『……棄ヴ……ド……む……え。……に、世……の……「……』




肝心な言葉がノイズに掻き消える。

それでも、最後に聞こえた父の吐息だけは、恐ろしいほど鮮明に耳に残った。



(……待って、父さん……まだ……)



伸ばした手は空を切り、僕の意識は深い闇へと沈んでいった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【作者より】

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!


後書きの書き方が分からないので...これでよろしくお願いします...



って言うことで、この作品...実は「小説家になろう」さんの方で連載していたものを早めにカクヨムverとして再推敲、序盤のテンポや始め方を変えたものとなっております


「なろう味」を完全になくし、一つの作品として今後も楽しんでいってください!!



蔑まれてきた不遇能力が、世界の理を書き換える。

れんの本当の逆襲は、ここから始まります。


大罪人であるれんの父、九条 げん。その正体とは

そして!!最後に残された遺言とは!!


続きは次回

第二話【唯一の正解(ラグ・コード)】

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