史上最高のサキュバスと契約を結んだのは良いけれど、何か思っていたのと違うのでチェンジしたいんですが……え、もう遅い?

釧路太郎

第一話 サキュバスとの永久契約

 全てを破滅させることが出来る魔王がこの世界に蘇るまで残された時間はわずかに五年しかない。その残された時間をいかに有効に使うかがこの世界に、いや生きとし生けるモノにとって最大の課題であり唯一の問題となっていた。


 だが、そんな世界の中で彼だけが別の目的を掲げていたのだ。


「ついに最高の知識と経験を手に入れたぞ。強くてニューゲームを何百回も繰り返したのは辛かった。動物の種付け師もきっと何かの役に立つと信じてはいたけれど、家畜の種付けを見ても俺がする時の役に立つとは思えないんだよな。でもいいんだ。その経験もきっとこれから俺が味わう幸福な時間のために必要なことだと知ってるのさ」


 この街の全てを見渡すことが出来るほど高い場所にある彼の部屋だが、この部屋の存在に気付いている者はほとんど存在していない。隠密術を極めた彼は自分の身だけではなく彼が日常生活を送っている家すらも人目につかないように出来てしまっているのだ。

 おそらく魔王ですら彼の家を見つけることは出来ないと思われるのだが、そこまで彼が人目につかないように気を付けていることには理由がある。

 それはすぐにわかることだ。


 誰にも気付かれていない家なのに雨戸を締め切ったのはこれから暴風が起こるからなのではなく、万が一にも誰かに知られたくないという彼の数少ない弱い部分が見えているからなのかもしれない。

 そこまでして隠したいことが何かというと、彼の見ている二つのデータを見れば一目瞭然だ。


「うーん、どっちも捨てがたいな。若く強い肉体を手に入れたんだから何度だって戦えるとは思うんだけど、最初はどっちがいいんだろう。経験を取るべきかこれからの成長力を取るべきか。本当に悩ましい」


 二つのデータを見比べている彼は最初に魔王を討伐したとき以来の真剣な顔をしていた。慎重だった彼は一回目の冒険で自分の能力の限界近くまで体を鍛えてしまっていたので、強くてニューゲームを初めて行ったときから敵と呼べるものはほぼ存在していなかったのである。だからこそ、余計な職業の経験も積むことが出来たとは言えるのかもしれない。

 状況を的確に判断し二択を決して間違えない彼がここまで悩むことはこれから先も二度とないとは思われるのだが、そんな彼が答えを出せないほど恐ろしく悩ましい問題が彼の前に立ちふさがっていたのである。


「デビューして百十一年連続で顧客満足度と本指名率と契約延長率が一位のこのサキュバスとルーキーオブザイヤーで史上初の満点評価をもらったこのサキュバスならどっちを選ぶべきなんだろう。今の俺の魔力量と将来獲得期待魔力値なら永久契約も出来ると思うんだけど、どっちを選ぶのが正解なんだ。実績的には当然ベテランを選ぶべきなんだろうけれど、ルーキーオブザイヤーの子はそれを超える可能性もあるんだよな。どっちを選んでも失敗ではないと思うんだけど、選ばなかった方の評判を聞くと後悔してしまいそうなんだよな。俺が選ぶ方で間違いはないとわかっているんだけど、選ばなかったことを絶対にくやんじゃうんだよな。もう一度魔王を倒して強くてニューゲームをやったところでこれ以上強くなれるとは思わないし、ダメもとで二人とも永久契約出来るか聞いてみようかな」


 断られても仕方ないという思いではあるが、心の奥底では自分の魔力量なら二人と契約出来るんじゃないかという思いもあったりする彼。思い上がりのようにも聞こえるかもしれないが、彼がこれからの成長によって獲得する魔力量は今までこの世界で生産されてきた魔力量を凌ぐほど膨大なものとなるのだ。それを正しく判定することが出来るものがいればいいのだが、当然その事を正しく理解しているのは彼だけしかいない。

 焦りにも似た感情でそわそわしながら待っている彼。そんな彼に届いた連絡は予想を超えたモノであった。まさに吉報と言っても過言ではないものだった。


「その若さでその魔力量と知識から判断させていただいた結果、ご指名いただいたサキュバスは二人とも永久契約は可能でございます。それとですね、毎月別の一人をご指名いただくことも可能でございますよ。ただ、その子に関しては永久契約ではなく月ごとの契約とさせていただきますので。もちろん、その子を選ばないという選択肢もございますので。では、これからすぐにご指名いただいた子がそちらに向かいますので、当娼館の魔法陣を展開しておいていただいてよろしいでしょうか?」


 この日この時のために用意していた特別な部屋の中央に新品のシーツを敷いて魔法陣を描いていく。

 世界最高ランクの娼館の魔法陣を描くだけでも相当な魔力を消費するものなのだが、彼は瞬きをするくらいの感覚で無意識のまま描き上げていた。

 魔法陣が完成すると同時に部屋の照明が一斉に消え、それから間を開けずに魔法陣が薄紫色にぼんやりと光りだした。その光の中にうっすらと人影が浮かびあがってきた。

 人影はゆっくりと時間をかけて実体化していくのだが、その姿を見ているだけでも彼はこの契約が間違いでなかったという事を実感している。

 それも、一人ではなく二人同時に契約することが出来たのだ。


「私たちを指名してくれてありがとうね。これからあなたの命が尽きるまで、この世にあるすべての快楽を味合わせてあげる」

「私もお兄さんが指名してくれたことを後悔させないようにするよ。でも、できるだけ長生きしてほしいな」


 見た目だけではなく声も素晴らしい。


 彼は二択を絶対に間違えない。

 今回も彼の選んだ答えは正しかったのだ。

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史上最高のサキュバスと契約を結んだのは良いけれど、何か思っていたのと違うのでチェンジしたいんですが……え、もう遅い? 釧路太郎 @Kushirotaro

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