七つのお祝い

@akihazuki71

第1話

 ハチワレの猫・フクマロはおばあさんとその娘、孫娘と暮らしていた。

 知り合いの家で生まれた子猫の最後の1匹だったので、「残り物には福がある」と父猫のウタマロからフクマロと名付けられた。

 フクマロの飼い主であるおばあさんはそう呼ぶにはまだ若く、家の中でそう呼んでいるのはフクマロだけだった。彼女は民俗学の研究者で、いつも庭に面した明るい部屋でパソコンに向かって仕事をしていた。フクマロはそこにあるロッキングチェアがお気に入りで、よくカタカタという音を子守歌代わりに聞いていた。

 そんなある日、娘と孫娘が引っ越してきて、家の中がにぎやかになった。

 娘は朝出かけていくと夕方まで戻らなかったが、前に比べて家の中が片付くようになり、食卓の彩りも豊かになった。

 孫娘は小学生で、よくフクマロの遊び相手になってくれた。近所に住む女の子と友達になったみたいで、時々遊びに来るようになった。

 フクマロと孫娘は誕生日が同じで、生まれた年も同じだった。今年の春、七歳になったお祝いのパーティが開かれる事になった。そこにはもう1匹、七歳になる猫が招待されていた。フクマロの友達、黒っぽいトラ縞の猫・トラキチである。

 トラキチはまだ生まれて間もない頃、近くの神社でオスの三毛猫に保護された。そのまま家に連れ帰ると、子猫の首におみくじが結び付けられていた。中には「吉」と書かれていたので、トラキチとなった。

 それから三毛猫の家で暮らすようになったが、いつの間にか脱走してまた神社へ戻ってしまうのだった。そのためトラキチは神社と三毛猫の家を行き来し、半分は飼い猫、もう半分は野良猫のように暮らしていた。

 そんなトラキチが仲良くなったのが、まるで正反対のフクマロだった。

 フクマロの飼い主が同じくらいの大きさの2匹を見て、生まれたのも同じくらいだろうと同時に祝ったのが始まりだった。


 その当日の朝、トラキチが神社の境内で毛づくろいをしていると、誰かに話し掛けられた。

「今日はやけに念入りにしておるようだが、何かあるのか?」

 女の声だったが、辺りをキョロキョロと見回しても誰もいなかった。おかしいなと思いながらも、また毛づくろいを続けていると、

「これ、わらわが話し掛けておるのじゃ、無視するでない。」

 トラキチはまたキョロキョロと見回したが、周りには誰の姿も見えず、そばには小さな社があるだけだった。トラキチがその社をじっと見つめると、

「ようやく気付いたか。」と声がした。

 その瞬間、小さな社の戸が開き、強い光が放たれた。トラキチはまぶしくて、地面に顔を押しつけるようにうつむいた。すると、

「それでよいのじゃ、猫よ。」

 トラキチがゆっくりと顔を上げると、白い女が見下ろしていた。

「っ!」トラキチは跳び上がった。

 白くて長い髪、白い顔の目元と唇にだけ鮮やかな紅が塗られ、真っ白な着物に同じく真っ白な帯を結んでいた。女はニッコリと微笑むと、

「久し振りじゃの、猫よ。すっかり大きくなったの。」

「久し振り?オレはおまえなんか知らないぞ。」

「覚えておらぬのか。そなたが初めてここへ来た時にも会うておるはずじゃ。」

 しかし、トラキチには覚えがなく首をかしげると、白い女はさらに続けて、

「無理もないか、あの時はまだ小さな子猫でずっと鳴いておったからの。」と言ったので、トラキチはカッとなって、

「うそだっ!オレがないてなんかいるもんか!」と早口で言うと、

「うそではない。あまりに鳴くので、わらわがそなたの首にみくじを結んでやったのじゃ。ほれ、今もそなたの首についておるではないか。」

 トラキチの首輪からは小さな袋が下がっていた。それは三毛猫の飼い主がお守りにと作ってくれた物で、今まで一度もなくしたことがなかった。

「そのみくじにはわらわの力が込めてあっての、いつでもそなたの事がわかるようになっておるのじゃ。」

 トラキチは口をあんぐりとさせたが、白い女はおかまいなしに、

「それよりも今日は何かあるのか?ずいぶんと身支度に時間をかけておったが。」

 トラキチはいまさら隠せないなと思い、フクマロの家で開かれる誕生日パーティの事を話した。

「それはめでたいではないか。本当に良い縁に恵まれたの。わらわのおかげじゃ、感謝するがよい。」

 白い女はそう言ってニッコリと微笑んだ。トラキチは何だかムッとして、

「別に、オレはどうでもいいけど・・・フクマロたちがどうしてもって言うから行ってやるだけだよ。」と言ってしまった。

 トラキチは何か言われると思ったが、白い女は何も言わなかった。心配になり白い女を見ると、その顔からは笑みが消え怒っているように見えた。

「めでたい日であるから、土地神であるわらわも何かと思っておったが。」

「トチガミ?おまえ、かみさまなのか?」

「よいか、これよりそなたの見知っているものが祝いの言葉をかけてくる。それに対してそなたは礼を言うのじゃ。七歳になるのであったな、では七度、七度礼を言う事が出来ねば、フクマロなるものの家にはたどり着けんと心得よ。」

「えっ?まっ、待てよ。いや、待ってくれ。」

「よいな、七度じゃ。ちゃんと礼を言うのじゃぞ。」

「待ってくれよ、いや、待ってください!」

 トラキチが必死に声を掛けたが、土地神は社の中へスーッと消え、バタンと音をたてて戸が閉まった。


 残されたトラキチは呆然となった。

 しかし、しばらくするとフクマロの家に行かなくてはと立ち上がり、辺りをキョロキョロと見回し慎重に歩き出した。

 トラキチは子猫の時に助けてくれた三毛猫を、親分と呼んで慕っていた。三毛猫はこの辺りでは有名な猫で、とても広い縄張りを持っていた。三毛猫が死んでからは、その縄張りの半分をトラキチが受け継いでいた。その威厳を保つため、他の猫の前では強面を通し、気さくに話し掛けないようにしていた。

 それが、誕生日を祝ってもらった上に礼を言うなんてことは、天地がひっくり返ってもトラキチのプライドが許さなかった。

 土地神はあんな事を言ってたけど、要は、誰にも会わずにフクマロの家まで行けばいいだけじゃないか。この辺りの事はよくわかっているから大丈夫だ、とトラキチは思っていた。

 ところが神社の境内を出た途端、石段の下に2匹の猫が座っていた。トラキチは油断していたので、2匹の方が先に気付いたようだった。

「トラキチじゃないか。元気か?」と1匹が言うと、

「よう、元気だったか?」ともう1匹が言った。そして、

「そういえばおまえ、今日が誕生日なんだってな。」

「そうなんだってな、おめでとう。」

 2匹はトラキチより長くこの辺りに住んでいる猫だった。トラキチはいつも通りに石段を駆け下りると、2匹の前で止まり、

「その・・・ありがとよ。」と下を向いて言うと、その場から走り出した。意表を突かれた2匹はトラキチを見送ってから、

「どうしたんだ、あいつ・・・」

「照れてるんじゃないか。」

 2匹は顔を見合わせて笑ったが、もうトラキチの耳には届かなかった。そのかわりにお守り袋から「少々甘いが、一度目じゃ。」と声がした。

 しかし、神社の石段に残された2匹の猫は、おかしな事を口にした。

「そういえば、なんでトラキチの誕生日を知ってるんだ。俺たち・・・」

「さあ?トラキチに聞いたんじゃないか・・・」


 一方、トラキチは走りに走って、もう少しで別の猫に見つかる寸前で身を隠すと、

「あれはまだ若い猫じゃないか。あんなのにありがとうなんて言えるか。」と塀の陰からそっとつぶやいた。

 その後も猫たちを避け続けていると、フクマロの家からどんどん遠ざかって行くばかりだった。どうしようかと思っていると、急に道の角から大きな犬が現れた。

「トラキチじゃない。元気だった?わたしは元気よ。ねえ、ねえ、誕生日なんだって?よかったね。おめでとう!おめでとう!」

 犬はトラキチが何か言う間も与えず、のしかかるように長い舌を絡ませてきた。リードを手にしていた飼い主は、その勢いに引っ張られてつんのめった。

 トラキチはよだれでベタベタになりながらも、もしかしたら、犬が相手ならありがとうって言ってもたいした問題にならないんじゃないか。相手が猫だから問題になるんだ、これなら何とかなるんじゃないかと思ったのである。

「ありがとよ。オレ、行かなきゃならないから。」と言って走り出すと、「二度目じゃ。」と声がした。

 それからトラキチは散歩中の犬を探し回り、どうにか「五度目じゃ。」と言う声までたどり着いた。その頃にはすっかり陽も高くなって、フクマロとの約束の正午までにはあまり時間がなかった。

 さすがのトラキチも息を切らせ、どこかの家の物陰に入って休んでいると、話し声が聞こえてきた。

「サクラ姉ちゃん、知ってるか。今日はトラキチの誕生日なんだってさ。」

 トラキチはハッとした。それはコテツという猫の声だったからである。

 コテツはトラキチと同じく、三毛猫の親分が縄張りの半分を任せた猫だった。いってみれば、2匹は同じ後継者同士だったが、トラキチはコテツのことが何となく気に入らなかった。表立って争う事はなかったが、出来るだけ避けていたのである。

「ええ、知ってるわよ。」

 それを聞いたトラキチは、コテツの話し相手が隣の家の柴犬・サクラのだとわかった。いつもは避けて通っていた場所だったが、走り回っているうちにいつの間にか入り込んでしまったようだった。

 トラキチは気付かれないうちに逃げようと思い、そっと後ずさりしようとすると、

「いいなぁ、トラキチの奴・・・」

 そう言うコテツの声が聞こえ、トラキチは足を止めた。

「どうして?」

「オイラ、自分の誕生日を知らないからさ。」

 トラキチはその瞬間、声を上げそうになって開いた口を慌てて閉じた。

「そうだったわね。コテツは・・・」とサクラが言いかけると、

「うん、オイラ、野良猫の親から生まれたからわからないんだ。」

 トラキチには、そう言うコテツの声がとても寂しそうに聞こえ、何だか悪い事をしているように感じた。

 今の今まで、コテツは飼い猫の親から生まれた、生粋の飼い猫だとばかり思っていた。それが、自分と同じ野良猫だったとは、誕生日の祝いに行こうとしている自分が恥ずかしく思えた。


「そうじゃねえんだ!」

 気付いたらトラキチは飛び出していた。コテツとサクラはいきなり現れたトラキチに驚いて、ただ呆然と見つめていた。

「オレだって本当の誕生日は知らねえんだよ。」続けてトラキチがそう言うと、

「えっ?」と首をかしげるコテツに対して、

「わたしたちの話を聞いてたの?」とサクラが言った。

「いや、通り掛かったら聞こえちまってな・・・すまん。」

 トラキチは、コテツとサクラの顔を見比べ気まずそうにうつむいた。

 サクラは「しょうがないわね」とため息をついたが、コテツはそれよりもトラキチの言った事が気になっているようで、

「それよりさ、さっき言ってたのはどういう事なんだよ。」

「あぁ、それはな・・・」

 トラキチが自分の事やフクマロとその家族、誕生日の事を話すのを、コテツとサクラは黙って聞いていた。

「なんだ、じゃあオイラと同じってわけだ。」コテツがそう言って笑うと、

「えっ?」

「じいちゃんもオイラがやって来た日を祝ってくれるんだ。」

「そうか・・・そうなのか、コテツ。」

「うん、そうなんだ。トラキチ。」

 トラキチとコテツが笑い合っているのを見て、サクラもうれしくなって微笑むと、

「トラキチ、誕生日おめでとう。」

「ありがとう、サクラ。」

 トラキチが素直にそう言うと、「六度目じゃ。」と声がした。しかし、それはトラキチにしか聞こえていないようだった。そして、コテツが、

「トラキチ、おめでとう!」

「おう、ありがとうな。コテツ!」

 トラキチは今までで一番の誕生日だと思った。フクマロの家に行くからと言って、別れを告げて歩き出したトラキチの耳に

「七度目じゃ。楽しんでくるがよい。」と声が届いた。


 

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