いねむりすー君
未蛹透華
いねむりすー君
すー君は居眠りが好きだ
特に他に好きなこともないので、1日のほとんどを睡眠に費やしている
小さい頃からすー君は飽き性だった
幼稚園にあった積み木やらのおもちゃには最初こそ少しの興味を示していたが
1,2回遊んでしまうとすぐに飽きてしまい、
しばらく同じおもちゃを触る事が無かった
小学校に上がったくらいのころには、
すー君は物事に対してあんまり興味を持たなくなった
その時のすー君は趣味も何もなかったもんだから、
常にぼんやり「ひまだなー」と思いながら過ごす羽目になった
そんな暇な毎日を過ごしていたある日、
すー君にとてつもない発見があった
その日のすー君は炎天下の運動会のせいでいつもより特段疲れていた
額からは汗が吹き出し、シャツは身体に張り付いてすごく気持ちが悪かった
それに加えて待機場所は日向だったから、日光から逃げることすらままならなかった
そのせいもあって、家に帰って熱いシャワーを浴びると、気を失いそうになるほど眠くなった
早急に歯磨きを終わらせて、自室のベッドに倒れこむと、脳みそがとろけるような感覚に襲われた
瞼は鉛のように重くなり、湯船の栓を抜いたように
身体からは力が抜けていく
意識があるのかないのか、夢なのか現実なのかすら分からない、自身の存在すら曖昧になってしまいそうな
心地よい感覚
ずっとこのままでいたいとすら感じた
まどろみと快楽の中をゆらゆらと泳ぎ、
今まで感じたことの無い多幸感にやさしく包まれながらすー君は思った
「寝るのって、すげー気持ちいい」
次の日、目が覚めたすー君はものすごく興奮していた
眠る事の気持ちよさを知れた事への驚きと喜びが
胸とのどの間でぐるぐると混ざり合い、少しずつ全身に染み渡るようだった
今までずっと暇だと思っていた毎日についに楽しみができたのだ
この日のすー君は一日中にやにやしていた
クラスのみんなには少し引かれてたようだけど
そんなこと、友達のいないすー君は気にもならなかった
すー君の睡眠には特徴があった
眠っている最中は水中にいるような感覚なのだ
体温よりほんのわずかに高いくらいの一番気持ちの良い温度感
勝手に沈むことも浮かぶこともなくただ波に身を預ける
ただそれだけのことだがとてつもなく気持ちがいい
その中で泳ぐこともできる
泳げば泳ぐほど四肢がジワリと溶けていきどんどん推力は失われていく、もしくは
そういう感覚に襲われてしまうがそこへそこへと潜ろうとすることができる
しかしそうしていくにつれて水温は下がり、なかったはずの浮力が現れる
最初のうちはそこが見てみたくて深く深くへと沈もうとしてたけど
戻れないほどの深みに行ったらどうなるか、なんとなく察しがついていたすー君は
「別にいーや」と思ってそれ以来深く潜ろうとはしなかった
それから、すー君は睡眠以外に好きなことはないか探し回ってみた
ゲームセンターに入り浸ってアーケードゲームをしたり、
市民プールに行って水泳の練習をしたり、
公園でバスケをしたり、
目をつむってただ音楽を聴いたり
遊園地に行ってアトラクションを全制覇したりした
いろんなことをやってみた中で、
「おもしろー」と思うようなことはあったけど、
またやりたいなと思うものは特に見つからなかった
でも、しいて言うなら食事だけはいいなって思った
もしかしたら自分は周りの子たちとは違った、ちょっと特殊な子なんじゃないかと思ったすー君は今まで生きてきた中で見つけた趣味について考えてみた
睡眠と食事
睡眠と食事は生きる上で必要不可欠なものであり、
例えばテレビゲームやスポーツなど、やらなくても生きていけるようなものより、娯楽や趣味にすべきであり、そうであることが人間にとって純粋な形ではないのだろうか、とすー君は考えた
そう思うと自分が特別な存在に感じてきた
このころのすー君は中学二年生だった
すー君は地方でそこそこ頭のいいの進学校に行った
ギリギリで入学したこともあって勉強はついて行くので手一杯
そのおかげか相変わらず寝る事くらいしか趣味がなかったすー君だったけど、以前より暇だと思う時間はかなり少なくなった
ここでも友達はできなかった
そんな三年間もあっという間に過ぎ去って、すー君は奨学金を使って大学に行って、一人暮らしを始めた
進学したてのこれからの新生活にワクワクしていたすー君だったが、そんなワクワクも一週間と持たなかった
最初の頃は高校生の時よりも時間の余裕が圧倒的にできたから好きなだけ寝れるかも、と胸が躍っていたが
一日に10時間眠るのが限界で、あとの起きてきる時間はレポートなどが終わっていたらただただ暇な時間を過ごすことを余儀なくされ、とにかく暇だった
暇つぶしのために町にある中古ショップで適当に安くなった古いハードのゲームとその本体を買った
やる事が無くなるとそれで暇をつぶして、飽きたら今まで通り昼寝をするか、映画を見たりCDプレイヤーで音楽を聴いたり散歩をしたりした
すっかり寒さが引いて草木は太陽光をがぶ飲みしながら四か月ほど消えていた生命力を取り戻している、春先のぽかぽかと心地よい暖かさの中ですー君は散歩をしていた
そことなく単位を取得し、無事に進級できたところで、またいつも通り暇を持て余していたのだ
ゲームをしたい気分でもなかったから、散歩でもして体力を消耗し、気持ちよく昼寝でもしようとぼーっと考えていた
そこそこ歩きつくして少し疲れてきた頃、この前キャンパス内で昼寝するのによさそうな場所を見つけたことを思い出して、すー君はそこに向かうことにした
目的ができたからなのかその場所が本能的に好きなのか、さっきよりも体感軽くなった足と想定外にもすっきりしてきた頭で心地よい風に吹かれながら歩く
目的地に着いた先には先客がいた
車椅子に座って寝ている少女
艶のある美しい長い黒髪
透き通るように綺麗な肌
手に触れると消えてしまう粉雪の様な儚さのある顔
すー君は少しの間その少女に見惚れていた
見惚れていると少女は目を覚まし、こちらに気が付いた
「……どうしたんですか?」
「んあ、いや、えっと……」
目の前の少女に話しかけられると思っていなかったすー君は激しく動揺した
そんなすー君の様子を見て少女はクスリと笑って言った
「あの……良ければ車椅子、押してくれませんか?」
あまりに突拍子のないお願いにすー君はぽかんとしたが「暇してたしいいか」と思い、二つ返事で了承して少女の後ろへ回った
さっきの場所から少し歩いたところにある広場公園をいつもと違う感覚で歩く
手に握る取っ手からは人にしてはとても軽いが、確かにそこに存在してることを確認できるだけの重みがあった
普段話し相手なんか居ないすー君にとって言葉を発すること自体久しぶりだったからか、自分の話し方がどんなもんか忘れてた
だから言葉を発する度に「確か喋るってこんな感じだったよな」と思いながら話してた
話している中で、すー君と少女が同じ大学の同じ学部で同級生であることがわかった
少女が乗っている車椅子を公園の傍らにあるベンチの隣に止める
すー君がベンチに腰をかけたところで少女が大きく伸びをした
「同じ学部って言ってたので、てっきり私の事見た事あると思ってました」
「なんで?」
「だって私、今みたいに車椅子で来ることが結構あるので、ちょっと目立ってたんじゃないかなーって思って」
すー君は手に顎をのせて記憶を探ってみる
けど全然わかんない
「もしかしたら見た事あるけど覚えてないだけかも」
「覚えてない……」少女はぽかんとする
「いや、あのなんて言うんだろう。大学内であんまり人の事意識してなかったから気にかけてなかったっていうか、四葉の中で三つ葉のクローバーあるけど全然気づかない感じっていうか」
すー君は俺ってこんなにしゃべれたんだって思うのと同時に次の瞬間から来るであろう気まずい時間に身を構えた
けど気まずい空気にならないどころか、少女は笑ってた
「なんですかそれ、焦りすぎですよ。別にわかんないって言われても怒ったりしませんって」と少女は笑いを一滴ほどこぼしながら言う
「それなら、よかった。あんまし俺って喋るのうまくないから」
「さっきは結構早口でしたよ?」
「じゃあやっぱうまいのかも」
「何ですかそれ」
また笑う
先端がふさふさした棒で心をなぞられているようで
やめてほしいような、そのまま続けてほしいようなどっちつかずな複雑な気持ちを少しづつ消化しながら彼女をもう一度見つめる
儚さすら感じてしまうような白い肌は、すらりと伸びる黒髪も深さをより引き立たせる
ついこんなことを考えてしまう
すー君は額に手を当てる、すー君にとってこんな経験初めてだった
いや、あまり人と関わらないすー君じゃなくてもこんな経験滅多にないだろう
少し散歩しながら話してただけなのに骨抜きにされちゃったわけだから
以来、すー君は大学で少女と過ごす時間が増えた
「えっちゃん、今日はお昼寝するの?」
こなれた雰囲気を出しながら車椅子をしながらすー君が言った
「えっちゃん」と言うのは少女の名前
名前がエマだから、えっちゃん
本人に言うと「なんかちょっと変」と言ってクスクスと口元に手を抑えて笑っていた
すー君はえっちゃんが笑っているのを見るのが好きだった
「今日はそのまま家にいかない?」
すー君は「ほーい」と気の抜けた返事をする
すー君とえっちゃんの過ごし方はだいたいはどこかでお昼寝をするか、すー君の家に行ってお互い本を読んだりそこでも昼寝をしたりの二択の中で、たまに町をほっつき歩くのが入ってくるくらいだった
常に会話をしているというよりむしろ口数は少ないほうだったがすー君にとって二人でいる時間は幸せだった
二人で喫茶店でお茶を飲んだり、水族館に行ったり
時間がたつにつれてすー君のお昼寝の時間は少なくなっていき、代わりにえっちゃんとおでかけして過ごす時間が増えていった
すー君はそこそこおしゃべりになった
今日もすー君はえっちゃんと一緒に町を回る
けど今回はいつもと大きく違う点があった
えっちゃんが隣を歩いているのだ
今日は体調がいいからと言って車椅子を使わない生活にチャレンジしてみたらしい
「なんで睡眠研究サークルに入んなかったの?」
すー君の通う大学には睡眠研究サークル、通称「睡研」というどこぞの拳法みたいな名前のサークルがあり、すー君が「なんかちょうどいいのあんじゃん」と進学先を決めたきっかけでもある
「あーあれね、入ろうと思ってたんだけどやめた」
「どうして?」
そういって首をかしげる
すー君はあきれたようにため息をして言った
「サークルに参加してる暇あったら寝たいし」
「それもそっか」クスリと笑いながら言う
「でもすー君がサークルに入ってたら私と過ごす時間が減っちゃうし、私としては得かな」
えっちゃんはマグカップを手に取って温かいココアを飲む
「時間は限られてるしね」
そうだよなーとすー君も思った
えっちゃんが車いすを使っている理由は足とか脊椎のケガではなく持病のせいらしい
詳しいことはわからなかったけど、どうやら心臓の病気らしくて、体力を消費しすぎたり体調が悪くなると過度に心臓に負荷がかかってしまうらしい
だから車椅子使っていつでも座って休憩できるようにしているんだと
すー君は今までの人生の中で生活が困難になるようなことがなかったから
えっちゃんはその不自由さに自分の想像できないような苦痛に耐えているのかもと思うと
どうもやるせない気持ちでいっぱいになった
実際にそうだったし
すー君は、えっちゃんの先が長くないこともなんとなく察していた
いつも通り二人で町を散策する
目に入った喫茶店で少し休憩することにした
すー君はコーヒー、えっちゃんは紅茶を頼んで、課題についての話でもしながらゆったりしていた
手のひらを反すようにして腕時計を見てえっちゃんは「ちょっとお手洗いに」と席を外した
すー君は「はーい」とも「ほーい」ともとれる曖昧な返事をしてぼーっとしてると不意にチャックの空いた彼女のカバンの中身が目に入った
その中には大量の錠剤と独特な形のガラス瓶、注射器の入ったケースがあった
明らかに市販品でないであろうそれらを見てすー君はぞっとした
心臓から涙がにじむような不快感と焦燥感にかられるが、えっちゃんが戻ってくる前にはそれを飲み込むように、あるいは握りしめて押し殺すように奥底へと沈めた
なんとなくは察していたけれどそれを強く再認識させるものを見てしまうと気が気でいられなかった
でもそれとは裏腹にえっちゃんはどんどん元気になっていく
車椅子を使う頻度は下がっていったし、笑顔も増えた
えっちゃんが遊園地に行きたいと言ったときは、いつぞやに遊びつくした遊園地に行った
「水着、買ったんだ」と聞いた日にはプールに連れて行った
柄にもなく「何でもいいからスポーツやってみたい」と言ったときは公園にあるゴールでバスケをした
楽しそうにはしゃぐ姿を見ているとすー君はとっても幸せな気持ちになった
けどそれと同時に怖くもあった
「ねぇ、眠ってる時の夢のことって覚えてたりするの?」
えっちゃんは膝の上にすー君の頭をのせながらそう言った
「うーん、はっきりとは言えないけど覚えてるものとか、夢のことか現実のことかどっちかわからないのもあるな」
えっちゃんは首をかしげる
「そういう記憶の大体は寝っ転がってる時の記憶だからな、夢も現実も似たような感じだからあんまり区別がつかないのかも」
すー君はえっちゃんの顔を見上げるようにしながら少し記憶を探る
でもそういえば最近の現実はそんなこともないなあと思うと少しうれしくなった
「ということは、最近の記憶は現実としっかり区別がつけられてるっぽいね」
「そうだな」
本当に
その日以降すー君はえっちゃんに会うことはなくなった
乾燥した空気の寒空の下で木の葉は萎れてひらひらと落ちていく
すー君は車椅子を押す感覚をその手に思い出しながら、静かな公園内を歩く
ただ歩いているだけだったけど寂しかった
すー君は家に帰り、布団に包まってえっちゃんとの思い出を振り返る
記憶の中のえっちゃんはいつも元気だ
でもすごく弱かった
窓を眺める時、ガラスに反射して見えた不安げな表情
テーブルの下で震えを抑え込もうそしている手
冗談のように言ってくる弱音
すー君はわかっていたのに見て見ぬふりをしてた
わざわざそれを気遣ってしまうとえっちゃんへの冒涜になってしまうと思ったから
いや、単純に怖かったから
触れたくなかった、言いたくなかった、気づきたくなかった
どうしたらよかったのかわからなかった
ただ感謝の言葉だけは伝えておけばよかったなぁって思った
楽しかった思い出を、一生分の幸せを、今まで味わえなかった激情を
「ありがとう」とただ一言、どうしても伝えたかった
それからすー君は寝ることと起きることだけを繰り返してた
不思議と体調は悪くならなかった
外の空気でも吸おうと思って玄関を開けて階段を下る
すでに太陽は沈みかけていた
ふいに見た自分ちのポストに手紙が一つ入っていた
すー君はそれを部屋に持ち帰り封を開けずにまじまじと見る
「どっかのゲームからの招待状かもな」すー君はひとりごとを言った
えっちゃんが居たら何のことかわからなさそうに首をかしげるだろうな、なんて思いながら
すー君は封を切って中身を取り出す
中に入っていた紙には「ありがとう、またね」とだけ書かれていた
すー君はすごく安心した
きっとえっちゃんも自分と同じ気持ちだったのだろうと思うと、ただうれしかった
今日もすー君は眠る
しかしいつもの睡眠とは少し違う
今まで行けなかった”底”を目指してみる
ふよふよと海の中をただ潜る
しばらくそうしているとかなり深いところまでたどりついた
前と違って下に行くのに抵抗はなかった
冷たい水温すらも、今となっては心地よい
その理由も、すー君にはなんとなくわかった
すー君は潜っていく
えっちゃんの乗った車椅子の重みを思い出しながら
深く、深く
肩に寄せたぬくもりを思い出しながら
ふかく、ふかく
いねむりすー君 未蛹透華 @sanaginotantei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます