冒険者は日常を謳歌したい!

夏森秋雪

序章 非日常と日常と

一話 勇者召喚

「勇者様が来てくださった……!これで世界は救われる!」


 白いローブを着たヒゲを蓄えた老人が、枯れ枝のような腕を上げて叫ぶ。しわがれ声が広い地下空間に響き渡ると、部屋にいた数十人の人間たちが、わっと歓喜の声を上げた。


 床に描かれた巨大な魔法陣を取り囲むように立っている彼らの視線は一点に向けられている。 


 彼らが見てるのは魔法陣の中心。そこには困惑した表情の十六か十七歳ほどの少年少女が立ち尽くしていた。人々は少年少女に縋るような、救いを求めるような目を向ける。


「復活した魔王を討ち果たせるのは、異世界より召喚された勇者様、つまりあなた方のみ……どうか我らを、世界をお救いください……」


——ということが王城の地下で行われていた。


 数百年前、多くの人々の命を奪い、暗く混沌とした時代をもたらした強大な力をもつ‘‘魔王’’は異世界から召喚された三人の勇者により倒された。

 

 その魔王が今世に復活したことは、民衆の混乱を避けるために王族や一部の貴族にしか知らされていない。そのため一般市民たちは、世界の存亡が危ぶまれていることなど全く知らずに日常生活を送っている。


 時を同じくして、王城からは離れたとある森の中。剣を携えた黒髪の青年、キースはまさに何も知らずに日常生活の真っ最中だ。


 キースはぐるりとあたりを見回す。キースは今、魔物の群れに囲まれていた。


 魔狼と呼ばれる黒い毛並みのオオカミに似た魔物だ。オオカミよりも素早く、凶暴で硬い毛皮を持っている。


 魔狼たちは冒険者に血に飢えた真っ赤な目を向け、早く獲物にありつきたいと言わんばかりに鋭い牙を剥き出しにして吠えている。


「今回の依頼の討伐対象で間違いないな」


 キースは共に魔狼の輪の中心にいる人物たちに視線を向ける。


「ここにいるのは九頭。ザック、他には?」

「隠れてるやつはいないね、これで全部」


 ザックは、外ハネの茶髪の青年だ。周囲を注意深く見回し、ナイフを構えている。


「隠れていても、関係ない。全部、倒す」


 静かにそう言ったのは、長い銀色の髪をなびかせた美しい少女、ルナだ。ルナは自身の足から首くらいまでの長さの魔術杖を強く握りしめる。


 キースは剣を抜き、構える。


「ルナを中心に、俺とザックが互いの背後を守る形で迎撃しよう。ルナは魔法で援護を頼む、来るぞ」

 キースの言葉に、仲間たちは同時に「了解」と答えた。


 群れのボスだろう、一際体の大きい魔狼が吠えると、魔狼たちは一斉にキースたちに襲い掛かった。


 キースが無駄のない動きで斬り上げた剣が、的確に魔狼の首を捉える。一振りで頭を切り落としたあと、迫るもう一匹の魔狼へ視線を送り、流れるように斬り下ろした剣で魔狼の胴体を斬り裂いて仕留める。


 ルナの背後から襲い掛かる魔狼に、素早い身のこなしでザックが近づく。魔狼の喉笛をナイフで切り裂くと、そのまま後ろに大きく跳躍した。ザックへと飛びかかろうとした魔狼は、ルナの放った魔法の風の刃で胴体が真っ二つになる。


 瞬く間に仲間の半数近くを失った魔狼がたじろぐ。ボス魔狼が急かすように吠え立てるが、群れの魔狼たちは尻込みしている。そんな中、一匹の魔狼が逃げようと駆け出した。


「絶対、逃さない」


 ルナが魔法杖を逃げる魔狼の足元に向け、小さな声で呪文を呟く。すると途端に魔物の足元の地面が泥のようにぬかるんだ。足を取られて逃げられず、必死に吠えている魔狼へとルナが近寄る。


「あ、ちょっと!」

 ザックは、意を決して飛びかかってきた魔狼の攻撃をかわして制止の声をあげる。しかし、それでも立ち止まることなく魔狼の近へと寄ったルナは、大きく杖を振りかぶる。


 スイングするように振り抜かれた杖が、魔狼の側頭部にめり込んだ。めきり、と嫌な音を立て、頭蓋骨のへこんだ魔狼がとんでもない勢いで吹き飛ぶ。木にぶつかり鈍い音を立てて生き絶える魔狼に、ルナは冷ややかな目を向けている。


「魔物は、全部倒さないと」


 急にルナが前に出たことで、ザックが驚いて目を丸くしている。


「魔法で仕留めればいいでしょ!なんでわざわざ寄るの!」

「こっちの方が確実だから」

「脳筋め!」


 ルナが孤立したことで、魔狼がルナに狙いを定める。フォローのためにキースとザックが走る。


 ルナに飛びかかろうとした魔狼の首に、ザックの振り下ろしたナイフが刺さる。

 厚い毛皮に阻まれ致命傷にはならなかったのか、魔狼は唸り声をあげて大きく首を振る。ザックが飛び退き、魔狼の振るった爪を避けて、後ろ足を切り付ける。


 魔狼が体制を崩したところにルナが駆け寄り、魔法杖を振り下ろす。しかし魔狼は素早い動きでそれをかわした。


 攻撃を外したルナの杖が、大きな音を立てて地面をえぐる。すかさず距離を詰めたザックが魔物の目にナイフを突き刺し、魔物はそのまま息絶えた。


 その間にキースは仲間たちを狙う魔狼へと駆け寄り、魔狼の心臓部へと剣を突き刺す。素早く剣を引き抜くと、飛びかかってきた魔狼へ、魔法で地面から生やしたトゲを刺して怯ませ、剣で胴体を斬って倒す。


 キースは剣を振るって魔物の血を払い飛ばし、最後の一体となったボス魔狼へと鋭い視線を向ける。


 ボス魔狼は怯んだように後ずさる。キースは迷うことなく走って距離を詰め、ボス魔狼の首を刎ねた。


 頭を失ったボス魔狼の体がゆっくりと倒れ、やがて静寂が訪れた。


「依頼達成だな」


 剣を鞘に納め、キースが言うと、ザックとルナは笑顔を浮かべた。


 キースたちは冒険者だ。


 依頼を受け、危険地帯へ飛び込み、人間を喰らう魔物を討伐する。


 これがキースにとっての日常だった。

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