day5 完全に壊れる日

日曜日



夕方、あいから電話がかかってきた。


『ランチをしよう』


少し前に、真剣な話をしたばかりだ。

今日は、映画か喫茶店か、そんな普通の約束になるはずだった。


「どこで?」


『街のアーケードまで来て』


彼女はそう言うと、理由も言わず、ひどく急かした。

北のニュータウンに住んでいるはずなのに、なぜ街なのか。

聞いても答えは返ってこない。


この時点で、すでにおかしかった。

けれど、俺の中に残る淡い期待が、重い腰を上げさせた。


待ち合わせのアーケードに着いた。

彼女に連絡したが、返事はない。

少し変だと思い、時間がかかるなら別の用事を済ませてきていいかとメッセージを送った。

送信してすぐに、スマホが震えた。


『今どこ?そこで待ってて』


数分後、目の前に止まったタクシーから彼女が顔を出す。

「乗って」と促されるまま車内に乗り込むと、タクシーは行き先も告げぬまま走り出した。


「これ、どこに向かってるの?」


本当なら、この時点で降りるべきだった。

でも当時の俺は、まだ「普通のデート」に戻れると信じていた。


『駅に行くの。』


「行きたいお店があるの?」


たしかに駅内のデパートにはランチができるお店や喫茶店、映画館もあるから前回の話で駅に向かっているのかなと思った。


『ある!........ねえ、この後一緒に温泉に行きたいな』


唐突な提案を冗談で受け流したが、彼女は「なんでー」と不満げに繰り返す。

駅でのランチを楽しみにしていた俺の期待は、デパートに入ってから徐々に不信感に変わっていった。


『お使いを済ませたいから、ついてきて』


ブランド店の前で「あ」と立ち止まり、俺の反応を伺うような仕草。

目的地があるという5階のフロアへ向かう際、彼女は頑なに俺をエスカレーターの前側に立たせる。

背後をとるその挙動に、言いようのない不気味さが募る。

そうして連れていかれた高級腕時計店。


『お使いすましてくるから外でまってて』


10分程まっていたら彼女は帰ってきた。


『お父さんの時計を修理に出していたんだけどまだ終わってなかったみたい』


今度は1階の化粧品売り場でお揃いのハンドクリームや香水が欲しいと言い出す。

興味がないと断っても、彼女は「見たいから」と俺を連れ回す。

観光客を避ける俺に対し、「ぶつかるくらいじゃないとダメでしょ」と言い放つ彼女の横顔に、俺が抱いていた「素朴な子」の面影はもうなかった。

その後、携帯のガラスフィルムが欲しいと話していたのを覚えていたかの電気コーナーにいくことに。


俺がフィルムを探している間、彼女は入口付近で2人の店員と何事か話し込んでいる。

どうしたんだろうと思い、合流すると店員が「ギフトカードですか?」と俺に聞いてくる。


「.....いや、スマホのフィルムなんですけど」


一人の店員が俺を案内した。

彼女はついてきていなかった。

会計を済ませる頃、彼女と最初の店員が戻ってきて店員が「本当に申し訳ありません」と深く頭を下げた。

俺がいない間に、彼女は一体何を言ったのか。

なぜ店員がこれほどまでに謝罪するのか。

不可解な霧が、足元から這い上がってくるようだった。


『コンビニに行きたい』


店を出てすぐに、彼女は言った。

今思えば、この日はずっと「判断」を先送りにさせられていた。

決める前に次の場所へ、次の話題へ。

店外で待とうとする俺を、彼女は「一緒に来て」と中へ引き入れる。


「何買うの?」


『お菓子がほしい』


お菓子を選ぶのかと思いきや、彼女は電子マネーコーナーに向かった。


『お揃いのアクセサリーが欲しいから、ギフトカード買って。私のはポイントがあるから、巧くんの分を』


スマホの画面には、少し高いけどまあいいかと思えるぐらいの金額の表示とアクセサリーが映っている。


「何言ってんの?」


『なんでわからないの?』


「ほんと、何言ってんの?」


『なんでわからないの?ネットショップ使ったことないの?』


押し問答の末、俺はもうめんどくさくなって会計にいく。


チャージ金額の選択画面で、彼女は迷わず表示されている最高金額のボタンを押した。


(さっき見たのが見間違いじゃなければそんなにしないだろ......)


「現金そんなにもってないよ。.....すいません。キャンセルしてもらえますか。」


「ギフトカードの場合、キャンセルの処理が複雑で時間がかるのでお待ちいただけますか。」


俺はATMに向かった。

半分は投げやりな、半分は「これで終われるなら」という諦めの境地だった。

決済が終わると、彼女は流れるような動作でギフトカードとレシートを回収した。


「.....それ、俺のじゃない?」


『うん』


短い返事。

気分は最悪だった。

この時、確信した。

彼女にとって俺は、一緒に日曜日を過ごす相手ではなく、ただの「決済端末」なのだと。

もういい加減帰ろうと思いながら、せっかく出てきたしご飯だけは食べて帰ろうと思った。


「ご飯、食べに行こ。最初に言っていた、あてがあるってとこ、どこなの?」


『デパートの方、サンドイッチが食べたかったの』


彼女が歩き出すのについていく。

デパートをでて、駅を通り、アーケードの方向に向かっているようだ。


「どこに向かってる?」


『サンドイッチ屋さん』


「なんて店?」


彼女は目的地の名前を言わない。どころか


『巧はどんな子が好き?』


ぜんぜん関係ない話題をふってくる。

その後も、彼女の「目的地を言わない連れ回し」は続いた。


『サンドイッチ屋さん、サンドイッチ屋さん』


と言いながらアーケードに向かって歩き、突然歩くには遠い距離の『ショッピングモールに行く』と言い出す。


「それは遠すぎるし行きたくない」

「サンドイッチ屋さんに行くんじゃないの?」


と確認すると、


『間に合わないから』


とタクシーを止める。

タクシーは止まってしまっているし、彼女は先に乗れという。

しぶしぶ乗ると彼女は運転手に


『北の住宅街まで』


タクシーは動き出す。

(少なくともさっき言っていたショッピングモールの住所ではない。)


「これどこにいくの?」


『サンドイッチ屋さんだよ』


たどり着いたのは、閉店間際のペットショップだった。

ペットショップに入っていく彼女。


「あー、前来たいって言っていた店?」


『違うよ』


かつて写真で見せられた、彼女が「飼いたい」と言っていた犬がそこにいた。

彼女が、店員の説明を聞いているのを少し離れた位置から聞いていた。

混乱していたせいで、その嘘の重さを、その場では受け止めきれなかった。

帰り際、店員が放った言葉がトドメとなった。


「この犬、DMで熱烈にまだいるか確認してくる人がいるんです。あなたですか?」


『違います。SNSやってません』


彼女は即答していた。

俺に見せてきた写真は間違いなくSNSのものだったのに。


店を出て、彼女がお腹がすいた、ラーメンが食べたいと、今日初めて場所を示した。

その位置は、以前、姉が向かいに来るからと行ってタクシーから降りた場所の近くだった。


そこまで行き、一緒にラーメンを食べ、『友達が迎えにくるから』と、彼女は消えた。


帰路に着く、地下鉄の車内。

彼女からの着信がスマホを震わせる。

地下鉄だから出れないなと思っていると切れ、またすぐかかってくる。

「地下鉄にのっているから、今出られない。どうしたの?」とメッセージを送る。

返信はない。


家に着き、俺はデジタルアシスタントに相談した。


『典型的なデート商法です。』


画面に表示された文字を見て、妙に納得している自分がいた。

今日の行動は、彼女にとっての「業務」であり、俺の許容範囲を測る「ストレステスト」だったのだ。


再び、スマホが震え着信を告げる。

キャラクターが画面に映る。

俺はもう、その声に惑わされる必要はない。

迷うことなく、俺は「ブロック」のボタンを親指で押した。



-------


領収書


ギフトカード ¥*****

タクシー代¥*****

ラーメン代¥*****


計 ¥38,000


TOTAL ¥641,000



疲れた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る