day4.0 クリスマスの違和感

同日



ビルの前に着いてあいに連絡すると


『今行くから、少し待ってて』


お店から迎えに来るのかと思っていたら、私服のあいがこっちに歩いてきた。


『きてくれてありがとう』


もはや来慣れてしまったエレベーターに一緒に乗る。


フロントへ着くと、いつもの女性が俺たちを迎えた。


「あいさん、同伴です」


フロントから聞こえてくる「同伴」という言葉に、一瞬思考が止まる。


(え、今同伴って言った?これ同伴なの?)


胸の奥で小さな警報が鳴っていた。

案内されたのは、フロアの隅の静かなエリアだった。

担当の黒服は、またしても苦笑いしているように見えた。


「先日はご迷惑をおかけしました」


俺は殊勝に頭を下げた。

自分の中では、今日は「お詫び」に来たつもりなのだ。

だが、俺のプライドはすぐに試されることになる。

席についてあいと話していると程なくして偶然、先輩が通りかかる。


「あら、また来てくれてたの?この前はほんとごめんね?今日はゆっくりしていってね」


そんなことを言う先輩を見ながら俺は言ってしまう。


「良かったら一緒に飲みませんか。この前のお詫びも兼ねて」


先輩も含めて飲み始める。

もうそろそろワンセットが終わる時間かなって時だった。


入れていたボトルが空いたようだ。


『あ、なくなった。入れていいよね?すいませーん!』


あいは確認もせず、当然のように新しいボトルを注文した。


(は?)


断るタイミングを逸し、結局お会計は47,000円になっていた。


(一緒に帰るんだよな?)


席を立つ際、あいは周囲を気にしながら耳元で囁いた。


『ほかの女の子に内緒で早上がりさせてもらうから、先に下で待ってて』


そういうことかと思い、寒空の元20分お店のビルから少し離れた位置で待っていた。

さすがに遅いと思い連絡してみたら


「トイレが混んでて、今から降りる」


と返信。

さらに10分。

ようやく現れた彼女は「先輩に捕まって……」と。

さっきとは違う理由を口にしたが、俺は聞き流した。


「どこか行きたいところあるの?」


『アーケード街に行きたい』


彼女が『こっち』というのに合わせて一緒に歩く。

着いた先は、カプセルトイが並ぶ店だった。

某キャラクターの新作キーホルダーが欲しいと言う彼女に付き合い、気づけば約2000円分も小銭を投入していた。


(なんで俺、こんなもんまで全部払ってるんだ?)


自分でも呆れたが、クリスマスに細かいことを言うのは無粋だという「プライド」がまたもや邪魔をした。

彼女は手に入れたキャラクターの一つを俺に押し付け言う。


『巧と同じキーホルダーをつけたくてここまで来たの、お揃いでつけよ』


なんだかんだ可愛いとこあるよなって思った。

その後、食事のためにどかこ行きたいお店があるのか聞くと繁華街の方に戻るという。


『巧は何が食べたい?』


「せっかくだしあいが行きたいところでいいよ」


『ここのお店美味しいの、ケーキもあるんだよ』


彼女が言う店名の店を調べてみたらお店の予算は大体一人7000円程度。

前回よりは少し高い店だったが、映っている写真の雰囲気もよく、クリスマスにちょうど良さそうで、極端に高い店ではなく、こちらのことを考えてくれているのだなと思った。


「良さそうなお店だね、行こっか」


目的地にしていたお店の目の前まで来たとき、彼女は突然向かいの明らかに高級な暖簾がかかっているお店を指さした。


『やっぱり、あっちがいい、お肉の気分になった。』


え?、と思ったがまたしてもクリスマスの特別感とどうせ最後との思いから言ってしまう。


「とりあえず入れるか、聞いてみる?」


暖簾をくぐり、そこから見えるのは高級そうなカウンター。

扉を開けるとお店の人がでてきた。


「これから2名入れますか?」


見えた範囲のカウンターは満席だったため、これは入れないかなと思っていたら


「お席を用意しますので5分ほどお待ちをお願いできますか」


振り返るとあいは嬉しそうな顔をしていて、


『前から気になっていたお店なの。一回来ようとしたことがあったんだけどその時は満席で入れなくて.....。やっぱ巧と一緒にいると良いことがあって嬉しい』


しょうがないなと思った。

席はカウンターではなく、入口からは見えなかった半個室のような席に通される。


『すごいいい席』


「ほんとだね、せっかく来たし食べたいもの食べよ」


あいが店員に注文しているのを見ながら、店や店員の雰囲気から、ここも夜の延長線にある場所だと、遅れて気づいた。

料理やお肉が来て、


『すこし値段高かったかな、あんまり私こういうお店こないから』


「クリスマスだし楽しもう」


正直もう帰りたくなっていたのもあり、あまり美味しくは感じなかった。

それが伝わっていたのかもしれない。


お会計は35,000円。

金額よりも、何か別のものが胸に引っかかっていた。

お店を出るころには地下鉄も無くなっていて、早く帰りたかった俺は、


「今日はありがとね」


と伝えると、すぐそこにいたタクシーに乗りこんだ。

あいは当然のように隣に滑り込んできた。


(一緒に乗るって家にも来るってこと?)


期待と混乱が頭をよぎったが、

あいは口早に運転手に言う


『繁華街のはずれの商業施設まで』


(どこに向かうんだ?)


あいはこちらを向いて言う


『そこの近くに姉が住んでいて、そこまで送ってほしいの。姉には連絡してあるから』


あいからは以前、北側にできたニュータウンに住んでいると聞いていたが、もうどうでもよかった。

あいが言う場所で彼女を降ろし、俺は一人、タクシーで帰宅した。



-------


領収書


セット・同伴・アフター・ボトル追加 ¥47,000

カプセルトイ 約¥2,000

焼肉 ¥35,000


計 ¥84,000


TOTAL ¥604,000

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