day2.0 初指名
同日
エレベーターで4階へ上がるとニュークラブ特有の豪華な内装が広がっていた。
(素面でくるの久しぶりだな。)
受付には、落ち着いた雰囲気の40代くらいの女性が座っていた。
「あいさんで」と告げると、少々お待ちくださいと奥へ通される。
「こちらになります」
通されたのは、店の中央に近い、人の出入りが多い落ち着かない席だった。
「何にしますか」と聞かれ、まだ一滴も飲んでいない喉を潤すためにビールを注文する。
運ばれてきたグラスを傾け、待っていると、黒服が申し訳なさそうにやってきた。
「席、移動していただいてもよろしいですか?」
「ああ....どうぞ」
特に断る理由もなく、同じフロアの角にある、少し奥まった席へ移動した。
座って一息ついた頃、あいが現れた。
前回の記憶はあやふやだったが、改めて会うと、落ち着いた雰囲気の綺麗な子だ。
『久しぶり』
「いや、一週間も経ってないでしょ」
和やかな空気で会話が始まる。
『ビール飲んでるんだ』
「今日1軒目だからね。.....ところで、位置情報、全然場所違ったよ」
『あれ、ちょっと違ったかな。おかしいなー』
あいは悪びれる様子もなく、小首を傾げた。
(まあいいか。せっかく来たんだし、楽しく飲んで帰ろう)
俺がそう割り切ったのを見透かしたのか、彼女が少し声を潜めて言った。
『さっきの席、黒服に監視されてるみたいで嫌だったから、変えてもらったの。こっちの方が、落ち着いて話せるでしょ?』
俺のためを思って、わざわざ席を調整してくれたのかな。
そんな風に言われて、悪い気はしなかった。
「そうだね、ありがと」
すぐにグラスは空き、あいが聞いてくる。
『次、どうする?』
「うーん、焼酎とかかな」
『そしたら、私、麦焼酎がいいな。私も一緒に乾杯したいし、そんなに高くないから入れていい?』
(ああ、自分のグラスを単品で頼むのではなくて、俺と同じボトルを飲んでくれるんだな)
彼女なりの気遣い、あるいは「高いものはいれないよ」という意思表示のように感じて、俺の警戒心はまた一段と解けていく。
「そしたらそれにしようかな」
『わかった。飲み方、どうする?』
「あいは何で飲むのが好き?」
『黒烏龍茶で割るのが美味しいよ』
「じゃあ、それにしよっか」
運ばれてきたボトルを囲んで、グラスを合わせる。
『乾杯!美味しいね。ねえ、この前来てくれた時の続き、話そうよ』
あいの語る話は、驚くほど等身大だった。
普段は居酒屋によく行くこと。
おすすめのご飯屋さんの話。
そして、彼女自身についても。
地方出身のこと。
実は昼夜のダブルワークで必死に働いていること。
学歴は無いけど、この街でなんとか頑張っていること。
(この子、過去になんかあったみたいだけど、根は真面目で頑張ってるんだな.....)
普段接する世界とは違う彼女の「懸命さ」は、どこか新鮮だった。
昔の彼氏の話を笑って話す彼女の横顔を眺めているうちに、あっという間に時間が過ぎた。
「お客様、そろそろお時間になりますが、いかがいたしますか?」
黒服の声で、現実に引き戻される。
(……もうそんな時間か)
正直、まだ話し足りない。
もっとこの空気の中にいたい。
今度、彼女が言っていた「おすすめの店」に一緒に行こう。
そんな約束まで交わしてしまった後だった。
今帰ったら、この空気が嘘みたいに切れる気がした。
「せっかくだし、一回だけ延長お願いします」
財布の紐が緩んだというより、単にこの時間をもう少し続けたい。
そんな、感覚になっていた。
帰路、夜風に当たりながら俺は満足感に浸っていた。
この夜の満足感が、「次も行っていい理由」になるとも知らずに。
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領収書
セット料金 ¥8,000
指名料 ¥3,000
延長 ¥7,000
ボトル ¥20,000
割りもの・その他 ¥3,000
サービス料・税
計 ¥46,000
TOTAL ¥50,000
あの子、意外と苦労してるんだな。
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