ニュークラで50万円使って、女の涙は無料じゃないと分かった話

陽雪

day1 嵐の予感は、キャラクターのアイコンから

その日、俺はまだ、女の涙に値段が付くなんて思っていなかった。


ただ少し、運が悪かっただけ。

少し、判断を間違えただけ。


ニュークラブで五十万円を失った今でも、俺は、まだそう思おうとしている。



師走・ある平日



12月に入った途端、街の空気は急き立てられるように冷たくなった。

仕事柄、この時期の飲み会は避けて通れない。

その日は会社のグループで「師走も頑張ろう」と盛り上がり、気づけば二次会の流れになっていた。


「佐藤さん、次行きましょうよ!」


後輩に腕を引かれ、いくつかの店名が並ぶ案内を経て、俺たちはそのうちの1軒に入った。

正直、こういう店はあまり得意じゃない。

仕事では常に冷静な判断を求められるし、実体のないものに大金を払う価値観とは無縁だと思っていた。


『初めまして、あいです。』


少し低めの、落ち着いたトーン。

周りより少し落ち着いたドレスに身を包んだその姿は、いかにもな雰囲気に見える他の席についている女の子たちよりほんの少しだけ特別だった。


「……あ、よろしく。佐藤です。」


確かに、綺麗な子だとは思った。

でも、雷に打たれたような衝撃があったわけじゃない。

「あ、この子は他より少し落ち着いていて話しやすいな」

その程度の、ごくありふれた第一印象だった。

会話の内容だって、今となってはほとんど思い出せない。

適当に世間話をして、彼女の相槌に耳を傾けて。

酒の勢いもあって、小一時間ほどをやり過ごしただけだ。


場内指名もしなかったし、延長もしなかった。

そろそろ出るかと腰を浮かせかけた、その時だった。


『ねえ、連絡先、交換しない?』


彼女が、至近距離からすっとスマホを差し出してきた。

営業スマイル全開の「また来てね!」という圧ではない。

まるで、日常の挨拶の続きのような、自然すぎる誘いだった。


「ああ、うん。いいよ」


断る理由も特になかった。

画面に表示されたアイコンは、キャラクターのアイコン。

名前の欄には、たった一文字、「?」。


(....シンプルだな?)


源氏名すら名乗らないその匿名性に、俺は妙な感覚を覚えた。

「夜職がっつりという感じじゃなくて、お小遣い稼ぎの感覚で出てる子なのかもしれない」

自分を売り込むことに執着していない、どこか素人っぽい雰囲気。

それが、彼女を少しだけ他とは違う存在に見せていたのは確かだ。


今思えば、その何気ない解釈こそが、すべての判断を狂わせる最初の一歩だった。


店を出て、キーンと冷えた夜風を浴びながら、俺は駅へ向かって歩き出した。

スマホには、たった今追加されたばかりの、キャラクターのアイコン。


「あの子、まあ、可愛かった気がするな」


明日の仕事の予定を考えながら、俺はその程度の感想とともに、彼女のことを頭の片隅へと追いやった。


この時の俺に、教えてやりたい。

その「何気ない交換」の代償は、大きい。


そして数日後、俺は身に覚えのない形で、深夜の街を彷徨うことになる。


なぜ、そうなった。

どこで、間違えた。


これは、「賢い買い物を信条とする男」が、一文字の名前しか持たない女に、理性の最後の一片まで綺麗に持っていかれた記録である。



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領収書


セット料金¥4,000

計¥4,000


TOTAL

¥4,000


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