ハイネルト・クロニクルズ

たねありけ

第1話 邂逅

 朝の鐘がハイネルトの街の歯車を回し出す。


 肺を凍てつかせる空気。煙突のように白い息を吐きながら、セラは石畳に靴音を鳴らした。エストックの革鞘が肩に擦れる。昨夜、手入れを怠ったせいだ。準備は生死の分水嶺——冒険者ギルドの教官の言葉を思い出し、彼女はぎゅっとベルトを締め直した。


「遅いぞ、セラ!」


 ギルド前でユアンが手を振っている。まだ少年の名残を残す顔に場違いなほどの大剣クレイモアを背負っている。剣先が地面に擦れそうになるのを彼は気にも留めていない。


「五分前。時間通りよ」


「五分前に来て待つのが英雄だろ?」


「ふふ、英雄ね」


 セラは小さく笑った。ユアンは本気でそう言う。それが眩しかった。


「笑うなよ、冗談じゃ……!」


「はいはーい、朝から喧嘩しないっ!」


 セラの笑いを嘲りと勘違いするユアンを窘めたのは、セパレートの皮鎧にボウガンを背負ったミーナだ。


「それよりさぁ、今日の依頼先、素材を集められそうな場所が近いんだぁ。寄っていーい?」


 レンジャーとして斥候を務める彼女は、背負った空の革袋を準備万端とぱんぱんと叩いた。


「当然、依頼が終わってからだな」


 得意満面なミーナの右肩を押さえたのはクラウス。銀色の鎧はまだ新しく、セイラント騎士団見習いの大楯の紋章が朝日に光った。


「ええ、先に寄っちゃだめぇ?」


「規律は守る。順序もだ。ギルドの信用はそういう積み重ねで——」


「朝っぱらから講釈を垂れるな、頭に響く……」


 物陰から長い外套の裾を引きずり欠伸をしながらセルジュが姿を現す。


「セラ、どうしてこんな早い時間に出発するんだ……」


「昨日説明したよね? 依頼先が遠いから日帰りにするには——って!」


 元気溌剌なセラにセルジュは肩をすくめた。


「世界は不公平だな。俺は眠いのにお前らは元気すぎる」


 少し年上の、自由を愛する冒険者のいつもの不平に四人は噴き出した。


 三度目の依頼。口約束でも自然と集まるようになった顔ぶれに、セラは胸の奥が妙に熱くなった。ここから始まる冒険譚。積み重ねて行けるであろう実績に自分たちの成功を確信した。


「よし、行こう!」


 セラに、全員が頷いた。“黎明の剣”——彼女らがそう呼ばれるようになるのはまだ少し先の話。この時の彼らはただ前だけを見ていた。誰ひとり、別々の道を歩く未来を思い描いてはいなかった。


 ハイネルトの朝は変わらずそこにあった。



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