第2話 カミングアウト
「す、須々木くん……。お昼、どこで食べる?」
待ちに待った高校生活最初の昼休み。
黒牧さんがお花の刺繡入りの巾着袋を持って、隣の席からおずおずと覗き込んできた。かわいい。
けど、配信の彼女とは雰囲気がだいぶ違う。普段は内気な感じなんだな。二面性持ちとか、好感度が上限突破しちまうんだが?
「中庭に行こう。入学式の時から目をつけてた場所があるんだ」
平静を装いつつ、黒牧さんを先導して2つの校舎を繋ぐ渡り廊下から中庭に向かう。
中庭には円形の休憩スペースの端にベンチが備え付けてあった。連れだって飯を食うにはもってこいの場所だ。
「わぁ! 素敵な広場だね。あ。こっちのベンチ。花壇のお花が見えやすくていい感じ~」
さっきまでの控えめな態度からは考えられない陽気な口調で黒牧さんが喋り出す。
そう! キララちゃんといえば、この軽快な語り口が真骨頂。
やっぱり本物だ。今さら実感が湧いてきたな。
感激を噛みしめながら、黒牧さんが選んだベンチに2人で並んで腰かける。
「うお。めっちゃカラフルな弁当だな」
見ると、彼女が開けた弁当箱には色とりどりの野菜が丁寧に盛り付けられていた。
「ふふ。これは自分で作って来たの。自信作なんだ~」
「マジかよ! すごいな。旨そうだし、なんか身体にも良さそうだ」
ピンク色のお箸が空中浮遊し、赤い野菜を器用に摘まんだ。
「結構中身にはこだわってるの。このパプリカとか。お肌にもいいんだよ!」
宙に浮かんだパプリカが耳障りの良い咀嚼音と共に、消えていく。
「そういえば、配信でも美容にいい食べ物の話を良くしてたよな。外見にも気を遣ってるとは流石キララちゃんだ」
すると、彼女の動きがピタリと止まった。
「でもわたし、こんな顔だから。幻滅、させちゃったよね……」
突然、黒牧さんの声に影が差した。
諦めと自虐の念がないまぜになったような重苦しい声色だ。
「幻滅? なに言ってるんだ? むしろますます好きになってるところだぞ」
配信だけでは分からなかった彼女の新しい魅力を発見できて、俺としてはウハウハなんだが。
「無理しなくていいんだよ。わたしも分かってるの。自分の顔が不細工なことくらい……」
黒牧さんの眼鏡は手元の方に向いたままだ。
「今までも、色んな人に言われてきたの。『声はかわいいのに』って……」
彼女がさっきから頑なにこっちを見ようとしない理由が、ようやく分かった。
確かに、黒牧さんの声はとてもかわいい。
まるで声優がアニメキャラを演じているかのような美声。
その声に容姿が釣り合っていないと、自分を卑下しているんだ。
彼女の姿が見えないせいでそのことに気づけなかったとは、なんたる不覚。
だが、だからこそ言えることもある。
今まで他人に話したことはなかったが、キララちゃんのためなら!
「俺。実は黒牧さんの顔、見えてないんだ」
「? それってどういう……」
「他人の姿が見えなくなる心因性の病気があるんだよ。俺はその奇病のせいで、人の顔を認識できないんだ」
すると、黒牧さんの眼鏡が俺の目線の高さまで浮かび上がってこちらを向いた。
「そ、そうだったんだ……」
驚きと困惑の乗った声を発した彼女は、俺を気遣ってか続く言葉を飲み込んだ。
「Vtuber配信はアバターがイラストだから見ることができてさ。そのおかげで、キララちゃんに出会えた」
俺が彼女にどれだけ救われたことか、いくら言葉を尽くしても足りない。
「好きになったのは、楽しそうに話すキララちゃんの人柄に惹かれたからなんだ」
他人と関わることができなくなった俺には、いつも自然体で雑談配信をする彼女という存在がなによりも頼もしかった。
「だから、黒牧さんがどんな姿でも、俺にとって憧れのアイドルであることは変わらない」
「……!」
黒牧さんはパッと顔を背けた。
スカートが彼女の動きに合わせて、小刻みに揺れている。
「ちょ、ちょっと褒めすぎだよ。須々木くん……。か、顔が熱くなっちゃった」
制服の袖が黒牧さんの顔に添えられるように動く。
「でも、そっかぁ。えへへ。嬉しいな……」
鈴の音のような可憐な声色で紡がれた言葉が、春風に乗って俺の耳を直撃する。
ああ。もういつくたばっても思い残すことはないわ。
「入学式の時も助けてくれたし、今日も慰めてくれて……。わたしばっかりよくして貰っちゃってるね」
と、黒牧さんは弁当を脇に置いて、俺の方に身を寄せてきた。
「ねぇ。今度はわたしがお返ししたいな。『綺羅星ラミカ』として須々木くんのお願い。なんでも聞いてあげる」
冗談交じりの悪戯っぽい囁き声により、俺の耳に再び衝撃が走る。
「マジで!?」
「あ。で、できる範囲でね……」
恥ずかしそうにそう付け加えられ、無茶ぶりできないことに若干肩を落としつつも、俺は即座に代替案を導き出した。
「だったら、そうだな。歌配信! 俺はキララちゃんの歌が聴きたい!」
「う、歌配信!?」
珍しく上ずったような声を出した黒牧さんは、両腕の袖を突き合わせてモゾモゾと動かした。
「え、え~っとぉ……。わたし、歌は得意じゃなくってぇー」
はぐらかそうとする彼女に、俺は心からの期待を込めて言葉を投げる。
「なんでもって言ってくれたよなっ!」
「うっ!」
痛いところを突かれたといった感じで、黒牧さんは縋るように続けた。
「自信ないから、配信前に練習したいかも……。良かったら、特訓。付き合ってくれないかな?」
それって。
キララちゃんと、二人きりになれるってことだよな?
俺は歓喜に打ち震えながら、答えた。
「むしろご褒美じゃないか! もちろん付き合うぜっ!」
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