見えない星の探し方

@tamakki

第1話 見えない星の探し方

 そこから見る景色はキラキラしていた。 

 

 夜空が覆うように埋め尽くす上と対照的に赤、青、緑多種多様な光がふわふわと浮かぶ足元。 

 

 東京のビルの屋上から見るそれは時に人々の心を狂わせる。 

 

「君、そこで何をしているの?」 

 

 少女はそこに座っている少年に声をかけた。声に気づくと、頬を緩め、猫のように目を細めてこちらを振り向く。 

 

「いやぁ。今日もいい夜だね」 

 

 そう言うと少年はまた、街の方に視線を戻す。少女は仕方なく少年の横に腰をかける。 

 

「ここは自殺の名所だよ?」 

 

 そう言われると少年は、少し頬を膨らませて目を背ける。少女はそれを逃さないように少年の顔を覗き込む。 

 

 少女は少し眉を顰めていて、その目は迷子になって心を閉じている子供と、必死に対話を試みているようだった。 

 

「そんな嫌なことみたいに言わないでほしいな……」 

「嫌なこと?」 

 

 そう言うと少年は少女の方をじっと睨んだ。少女は少し身をひいて、後ろに手をつく。 

 

「そうだよ。みんな嫌なことみたいに言うんだ」 

 

 今度は体育座りみたいにして、目を伏せた。これでは本当に迷子になったようだ。少女は少しため息をつくと、少年の背中を優しくさすった。 

 

「何か嫌なことでもあるの?」 

「大アリさ!」 

 

 少年は急に顔を上げる。少女は少し騒がしい子だと思った。 

 

「みんな自殺を嫌なことみたいに言うんだ! でも考えてもみて! 憲法には『人らしく生きる権利』って書いてあるんだ。『人らしく生きる義務』じゃなくて。なら手放すのも自由なんじゃないか?」 

 

 そう言いながら少年は少女に近づく。冷や汗をかきながら、今度は少女が目を逸らす。 

 

「……でも死んだら周りの人が悲しむよ?」 

「でもそれって押し付けじゃない?」 

 

 少年の声はさらに大きくなる。立板に水というやつだ。 

 

「生きるのに精一杯な人もいるんだよ?」 

「それも押し付けだ」 

 

 少年は唸る。少女は少し顔を顰めながら考える。 

 

「結局生きろなんて押し付けなんだよ。そこに本人のか意思は介在しない」 

「というか、そもそもなんで少年はそんなに死にたいの?」 

 

 少年は少しイタズラっぽい笑みを浮かべながら少女を見る。少女は首を傾げる。 

 

「だってさ、考えてみ? これから生きて幸福なことが起こったらプラスして不幸なことがあったらマイナスになる数字があるとする。これからその数字が増えると思う?」 

 

 今度は少女が唸る。少年は勝ち誇ったような顔で少女をみる。 

 

「即答できない時点で答えは明白さ。やっぱり死ぬのが最適解なんだよ。そうは思わない?」 

 

 少女は座って頰杖をつく。上を見上げると夜空が広がっている。少女はじっとその空を見る。どんなに目をこらしても星は見えないように思えた。 

 

「でもみんなそんなことは信じたくないんだよ」 

 

 少年は少女を見る。少女は空を見上げたままだ。 

 

「きっと未来にはいいことがたくさんあるって、全員が信じたいんだよ。だからそれが最適解っていうのから目をそらしたいんだ」 

 

 少年はフンと鼻息を鳴らして少女の方を見る。 

 

「結局は現実味のない妄想じゃないですか。それを他人に押し付けているだけだ」 

 

 少女は空から視線をずらさない。 

 

「そうだね。押し付けているかもしれない。でも同時に押し付けていないんだよ。だって死にたいと思っている人だって心の底では幸せな未来を信じたいのだから」 

 

 そう言うと少女はやっと少年と目を合わせた。 

 

「君だって本当は信じたいんじゃないのかい? だからそう必死で私に質問してくるんでしょ?」 

 

 少年は目を見開く。少し沈黙が流れる 

 

 みるみるうちに顔を真っ赤にした。 

 

「そんなわけない! 僕がそんな非現実的な夢を……」 

「非現実的? 君がそれを言える? たった何年生きただけで、それを諦めているの?」 

 

 少年の目には涙が溜まる。でもその目は迷子の子供の目ではなかった。迷子になって必死に親を探して、やっと見つけた時の目だった。 

 

「……やっぱり僕は間違えたのかもしれないね」 

 

 そう言う少年は床を見てふとほほ笑んだ。 

 

「僕はきっと否定してほしかったんだ。君に……」 

 

 少年はにっこりと笑顔を少女に向けて言った。 

 

「今日はすごく楽しかった。バイバイ!」 

 

 少年は少女に手を振る。少女の顔は途端にこわばり、すぐに少年に向かって手を伸ばす。 

 

 少女が瞬きをした瞬間、少年は消えた。まるで初めて現実に戻ったかのように街の静かな喧騒が耳に入る。 

 

 少女の頬には涙が一筋流れていた。ビルの階段に足を運ぶ。 

 

 

 

 

 

 少女の名前は山崎汐(やまざきしお)。先日、弟が亡くなった。川崎雄太(かわさきゆうた)。ビルの屋上から転落したそうだ。 

 

 少女は信じられなかった。悩みなどなさそうな笑顔をする子だったから。 

 

 そして弟が亡くなったというビルに今日やってきた。 

 

「雄太、あの世でも元気にしてそうだったな。それにしても私だって分かっていたかな?」 

 

 汐はさっきまでの会話を思い出す。でもすぐに頭を横にふって、真っすぐ前を見た。 

 

「そうだ。信じることが大切なんだった」 

 

 汐はゆっくりと歩き出す。その足は来た時よりも軽かった。 

 

 空を見上げると、さっきまで全く見つからなかったのに一つの星が眩しく光っていた。その星は汐の行く先を照らすように、ずっと光り続けた……。 

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