毛が伸びるあみぐるみと一緒に住んでいるコイツが恋人です。とうさん。

トウジョウトシキ

毛が伸びるあみぐるみと一緒に住んでいるコイツが恋人です。とうさん。

 俺と恋人の部屋にあるあみぐるみは毛が伸びる。

 最初「毛が伸びるんだよね~」とコイツがいった時には、縮むことがあっても伸びることはないだろ。Tシャツの襟がクタクタになるみたいな感じか? と軽く考えていた。


 それから三か月。猫くらいの大きさだったあみぐるみは膨張を続け、すでに俺の身長よりデカい。

 なるほど、あみぐるみの毛が伸びると体積も増えるんだなと思った。

 正常化バイアスが強すぎて災害があったら逃げ遅れるタイプだな俺、とも思った。

「いや、こういうことにはならないだろ」

「なるって。冬毛だもん」

 あみぐるみに換毛の概念があったとは初耳だ。

「いや、こういうことにはならないから」

 ブラシを持つ恋人の言葉を訂正してから、このあみぐるみの材質がなんであるか聞いた。

「昔、ミルクって猫飼っててさ。もう死んじゃったんだけれど、ペットの毛であみぐるみを作ってくれるって会社があって」

 ほう。

「そこに頼んだ」

「いや、製造元とかではなくて、大きくなる理由の説明を求めたんだが」

「だから、ミルクの抜け毛だから。強いて言うなら怨念?」

「同棲を開始するときに、その説明は先にしておくべきだろ」

「猫アレルギーある? って聞いたじゃん」

「その質問でこの結果を推理できたら、そいつはウミガメのスープの世界チャンピオンだ」

「同棲するときにミルクが怖がったら嫌だなって思ったけれど、君とは相性がいいみたい」

「呪われたアイテムと相性がいいって、嬉しいのチート小説の主人公だけだからな」

「僕はうれしかったよ」

「それはなによりだ」

 いや、感情的にはあまり問題ではない。さすがに部屋を圧迫されてきついが、俺もコイツも物は持たないタイプなのでまだ大丈夫だ。

 大問題なのは、俺の父親が恋人の顔を見にくることだ。22時間後に。

「今から借りられるトランクルームあるかな……」

「え、預けないよ!? 猫は家につくんだから! 病院以外じゃ家から出しません!」

「実質外に出さないってことだろ。ああ、もう、とりあえず仕事行くから、それまでになんとかしとけよ!」

「はいはい」

 最初からコイツがこのくらいのユルいノリで生きていることは知っていたから、そう、問題はない。

 通勤途中、正常化バイアスが解除されておなかが痛くなっただけだ。

 部屋に帰ると、あみぐるみの大きさは三か月前に戻っていた。

「ブラッシングしたから」

 自治体ゴミ袋特大サイズに山ほど何かが押し込まれていたが、風呂場につっこんで隠した。


 実は、俺はかなりファザコンだ。

 しかも、厄介なことに愛が重いとかではなくて適切な距離感がつかめないタイプ。

 とうさんと俺は血がつながっていなくて、ステップファミリーのドラマに出てくるような問題が発生した。

 つまり俺がグレたってことだ。そんな中で母さんが事故で無くなって、俺は大学に行くことになって、学費を出してもらって、就職して離れて。

 結局仲直りできないまま、うやむやで今に至るわけだけれど、もうあの人が人格者であることを認めないほど子供ではなく、かといって今からゴメンといえるほど大人にもなれていない。

 過剰に気を使ってしまったり、反動で無理な甘え方をしてしまっている自覚がある。

 そんなとうさんを部屋に呼ぶので、朝からかなり気合を入れて掃除して、普段買わない消臭剤なんておいてみたりした。

「こら、服ちゃんとしろよ!」

「うーん、おとうさんと会うのにジャケットは気が張りすぎじゃない?」

「俺の父親だぞ!」

「だから君の話。そのシャツもおろしたてでしょ」

「ちゃんとした大人だってところ見せたいんだよ! で、他に俺が距離感バグっているところはどこだ? なおせるところを修正するから教えろ」

「まずその精神かなぁ」

 それが直せたらファザコンじゃねーよ! ああ、チャイムが鳴った。ドキドキする。

「まずリビングに通して、俺はお茶をいれるフリして退散するから、ちゃんともてなせよ!」

「普通、役割分担逆だよね」

 ドアを開ける。

 スーツ姿のとうさんが、ケーキの箱を持って立っていた。少し小さくなった気がするのは、俺の背が伸びたせいだと思うことにする。

「あ、やぁ、久しぶり。その、取引先から来たから……これ、頂き物だけど」

「ありがと。あがって。恋人を紹介するから」

 お互い無理のある設定だとわかりつつ、それを口にすることなくリビングに……。

「あーっ!!」

 背後から、恋人の絶叫が聞こえた。

「な、なんだ!?」

「あ、いや、マイペースな奴だから多分大したことじゃ」

「みみ、ミルクが逃げた!!」

 かつてなく取り乱した恋人が、リビングから転がり出てくる。

「ミルクって」

「僕の、僕の猫です! お父さん!」

 初対面から距離を詰め過ぎだろ。もっと気を遣え。

 そんなことに気を取られて、あみぐるみだという説明が抜けていることに気づいたのは外に出た後だった。


「脱走直後は、近くにいることが多いよ。縄張りから離れるのは不安だからね」

「そうなんですね、うぅ、そうであってほしいです。もう、あのビーズの匂いが嫌だったんだよ!」

 こっちだって動くとまでは聞いてねーよ。

「そうだよ。猫は嗅覚がいいんだから、配慮してあげなきゃだめだ」

「う、ご、めんなさい、とうさん」

「あ、謝ることじゃないけど」

「ミルクー、ミルクー!」

「あ、あれじゃないかな!?」

 とうさんが指さす。確かに木の上に、猫らしき影があった。セーフ、近眼のとうさんには呪われたあみぐるみだとばれていない。

「じゃ、じゃあ、俺たち回収するから、とうさんは部屋に」

「いや、ミルクが! 早く木、登って!」

「え、俺が?」

「僕のぼれないよ~」

「とうさんは、万一の時に下でキャッチするよ」

 その役をできればやらせたくないと感じるのは、俺の距離感バグの問題だろうか。

 仕方なく、木に登る。

「大丈夫だよ、猫が降りられないなんてよくあることだ。僕の実家で買ってた猫もね、昔」

 その話、俺が聞いてないんですが。なんて思いながらあみぐるみを掴んだ瞬間、足をかけていた枝が折れた。

 まあ、大人が木に登るこういうことになるよな。

 そうか、俺もコイツもとうさんも、全員テンパってたんだなと、落下中に正常化バイアスがつぶやいていた。


 思ったより地面は柔らかかった。

 呪いのあみぐるみがデカくなって受け止めてくれたのかと思ったが、実際は恋人が下敷きになっていた。

「おい、危ないだろ!」

「危ないけど、さすがにほっとけなかったよ!」

「このあみぐるみ?」

「君の無事がに決まってるでしょ!」

「ご、ごめん」

 いや、もとはと言えばお前のあみぐるみが原因では。

 そうだ、とうさんに説明しなければ。

「あの、これは」

「うん、安心したよ。紹介してくれるかな?」

「毛の伸びるあみぐるみと、一緒に住んでいるコイツが俺の恋人です。とうさん」

「よかった、大切にしてくれる人を見つけられたんだね」

 とうさんは笑った。なんだか、きょうはうまく話せそうな気がした。

「あ、お久しぶりです! 覚えてますか? 呪術師さん!」

 その話はリビングでじっくり聞かせてもらおう。

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毛が伸びるあみぐるみと一緒に住んでいるコイツが恋人です。とうさん。 トウジョウトシキ @toshiki_tojo

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