人鳥温泉街の大晦日

高橋志歩

人鳥温泉街の大晦日

 12月31日の大晦日。昼間でも日の光は冷たい。

 寒風が吹く中、人鳥土産物屋に住み込んで店を手伝っているギュンターはシャッターに貼り紙をしていた。本日大晦日の午後から正月の三が日は休業のお知らせである。斜めになっていないのを確認し、店の前にゴミなどが落ちていないのも確認してからギュンターは店内に戻った。

 店長の海田とペンギンの大福は、夜の行事の準備と待機の為に人鳥神社に向かった。帰宅は夜明け近くになるだろう。店内の暖房を切り、2階の居住部分に上がる。

 暖かい室内で、防寒着を脱いでくつろいだ気分になる。食料も酒もある。一人で気楽に大晦日を過ごせるので、ギュンターは海田に感謝していた。

 デスクに座って、ディスプレイに表示された情報を見る。月面都市の大規模停電の影響はまだ残っているが、今夜の月面都市の超人気アイドルTORIの大晦日コンサートは無事に地球に生中継されるようだ。


 ギュンターはあだ名だ。子供の頃からずっとギュンターと呼ばれているので、自分でも本名には興味がない。

 海田とは昔、防衛医科大学の大学生時代に知り合った。ギュンターは軍に所属する医師を目指していたが、無口で大人しいのでいつも独りだった。そんな彼だったが、偶然知り合った海田は不思議にウマが合い、親しくなった。

 やがて、海田は大学を中退して去った。ギュンターは卒業して軍医になったけれど、健康上の理由で辞めた。今は趣味の写真撮影をしつつ、蓄えを使って気楽に暮らしている。


 海田とはずっと連絡を取っていなかったけれど、少し前に突然メッセージが届いた。温泉街の土産物屋の店長になっていたのも驚いたけれど、ペンギンの世話をしているのにも驚いた。再会して、彼が諜報員の世界にいたのを知った。それで大学を中退したのか、と納得した。けれど、なぜ諜報員をやめてペンギンと暮らす事を決意したのかは分からない。

 尋ねても「まあ色々あってな」と言うだけだった。だからそれ以上の詮索はしていない。

 海田に、多忙な年末年始に住み込みで店の手伝いを頼まれて、ギュンターは喜んで承諾した。店の手伝いは面白いし、ペンギンも懐いてくれている。地元民割引でいつでも温泉やサウナを楽しめる。のどかで古びた雰囲気の冬の人鳥温泉街をのんびり歩いていると、海田がこの街を気に入って移住してきた理由が少しわかるような気がした。


 人鳥神社の境内は、明日の準備で慌ただしい雰囲気だったけれど、今は少し静かになった。しかしもうすぐ二年参りと新年の参拝客がどっとやって来る。人鳥宮司は気合を入れ、大掛かりな焚き火や参拝者に振舞われる甘酒の準備に走り回っている。巫女たちも社務所で待機しながら担当者から色々と説明を受けている。お守りやお札をずらりと並べた授与所は、大変な混雑になるだろう。


 海田とペンギンの大福は、人鳥温泉街自治会主催のくじ引き大会の会場用の建物にいた。

 大福はお客に愛想を振りまく予定だが、長丁場になるので、今は会場の奥のクッションの上で休んでいる。海田は、自治会の皆と和菓子屋「満載堂」特製の紅白まんじゅうや可愛い金平糖を包んだり、並べたりしていた。くじに参加してくれたお客へのプレゼントの品だ。大晦日の準備はやはり活気があり、盛り上がる。


 一息ついた時、海田の小型携帯端末の着信音が小さく鳴った。海田は周囲に断って、建物の外に出た。ギュンターから何かの連絡だと思ったのだが、表示されている数字を見て眉をひそめた。海田は少し考えて端末を耳に当てた。

「はい?」

 <なぜ諜報局への復帰を了解した?>

 挨拶も前置きも何もない。海田は軽く顔をしかめた。

「どなたですか」

 <私の声を忘れたとは言わせん。答えろ。なぜ復帰を決めた?>

「こんな端末で、長々とお喋りする気にはなれませんね」

 <うぬぼれるな。お前の話など機密に値せん。私はお前が復帰する事をさっき知らされた>

 海田は目を細めた。なるほど……。

「それはそっちの事情でしょう。俺とは関係ありませんね」

 <口答えをするな。私の頭ごなしに決められたんだぞ>

「あなたのプライドなど知りません。不愉快なら、俺を無視しておけば済む話でしょう」

 <お前はいつもそうだ>

 海田はふんと笑ってやり、相手はしばらく黙った。

 <……もういい。いつまでもそうやってふざけていろ。しかし私の指示にはきちんと従え。いいな>

「わざわざ大晦日に伝達とは忙しいですね。さすがは諜報局のエリート様だ。まあ考えておきますよ。良いお年を」


 やはり挨拶も無く通話はカチリと切れた。海田は端末をポケットにしまい、そのまま篝火に照らされた神社の境内をしばらく眺めていた。中央諜報局の日本支部の再開は、もしかしたら早まるかもしれない。静観すべきか、首を突っ込むべきか……。

 その時、神社の鳥居からわいわいと賑やかな集団が入ってきた。そろそろ深夜だ。海田はゆっくりと建物に戻って行った。


 やがて宮司によるカウントダウンと共に深夜0時になり、神社内の皆で盛大に拍手をして新年を迎えた。


 人鳥温泉街に新しい年がやって来た。

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