第3話

敗北の屈辱と筋肉の痛みに耐えかねたティナは、深夜、わずかな隙を見てジムからの脱走を試みた。

しかし、その巨体が闇夜に紛れるはずもない。

ジムの境界線まであと一歩というところで、背後から音もなく現れたコウタの手が、ティナの襟首を鷲掴みにした。


「……どこへ行こうってんだ、ええ?」



「ひっ、ひぃぃ! もう嫌だ、帰らせて! あんな惨めな思いするなら、一生ニートでいい!」



「逃げれば負け犬のままだ。それが嫌なら、身体を作り替えるしかねえ……。今日は特別メニューだ。耐久レンジャー特訓、行くぞ!」


コウタは泣き叫ぶティナを軽トラックの荷台に放り込み、人里離れた険しい「石切り場」へと連行した。

切り立った岩壁と、鋭利な岩石が転がる荒野。

コウタはティナの前に、巨大な、それこそ軽自動車ほどもある岩塊を指差した。


「いいか、ティナ。今の貴様はただの重い肉だ。それを『鋼』に変える。ブイスリー特訓だ!」



「ブイ……スリー? 何それ、古いよ! 意味わかんない!」



「つべこべ言うな! その岩に向かって全力で体当たりしろ! 跳ね返されたら、後ろの崖から突き落とすぞ!」


容赦のない怒号。

ティナは死の恐怖に突き動かされ、百キロを超える巨体を弾丸のようにして岩塊へぶつけた。

ドォォォン! と、肉体と岩石が衝突する、生々しく重い音が響く。


「ぎゃああああ! 痛い! 肩が砕けたぁ!」



「砕けてねえ! お前の脂肪が衝撃を逃がしてる証拠だ! もっと芯で当たれ! 岩を粉砕するまで止めさせん!」


何度も、何度も、ティナは岩に叩きつけられた。

皮膚が裂け、内出血で身体が紫色に変色していく。

気絶しそうになるたびに、コウタの罵声と、足元の砂利を巻き上げる威嚇の蹴りがティナを現実に引き戻す。

数時間が経過した頃。

ボロボロになったティナの身体から、異様な「音」がし始めた。

衝突のたびに、鈍い音ではなく、金属がぶつかり合うような硬質な音が石切り場に反響する。

ディノの血統が、極限の衝撃を「進化」の糧として吸収し始めていた。



 石切り場の静寂を、耳を裂くような爆音と衝撃波が切り裂いた。

岩壁の一角がオレンジ色の炎と共に弾け飛び、凄まじい礫がティナを襲う。


「ひぃっ!? な、何!? 爆発した!? 死ぬ、今度こそ死んじゃう!」


ティナは頭を抱えて地面にうずくまったが、コウタは微動だにせず、むしろ愉悦を含んだ笑みを浮かべた。


「運がいいな。今日は発破作業の日だ。……避けるな、ティナ! その爆風を正面から筋肉で受け止めろ!」



「バカなの!? 死ぬって言ってるでしょ! 人間が爆風を受け止めるなんて無理!」



「お前は人間か? ディノの血を引く戦士だろうが! 衝撃から逃げるから痛いんだ。筋肉を爆発の圧力に『同調』させろ!」


コウタはティナの背中を蹴り飛ばし、次の爆破ポイントへと彼女を追い立てる。

導火線の焼ける臭い。

直後、再び轟音が響き、ティナの巨体が爆風に煽られて数メートル吹き飛んだ。

全身を焼くような熱気と、皮膚に食い込む小石の痛み。

だが、三度目の爆発の瞬間。

ティナは逃げるのをやめ、無意識に足を深く大地に踏み込み、全身の筋肉を鋼のように硬直させた。

衝撃波がティナの肉体を叩く。

しかし、その波は彼女を吹き飛ばすことなく、波紋のように贅肉を伝わって地面へと逃げていった。


「……あ、あれ? 今……痛くない……?」



「そうだ、それでいい! 圧力を力に変えろ。爆発すらもお前のガソリンだ!」


土煙の中から立ち上がったティナの身体は、すすで黒く汚れ、所々から血を流している。

だが、その立ち姿には、かつての「でぶ娘」の弱々しさは微塵もなかった。

炎を背負い、剥き出しになった筋肉が、次の爆発を求めてピクリと脈打つ。

爆風という究極の「面」の衝撃を克服したことで、ティナの防御力は劇的な進化を遂げました。



石切り場での特訓が終盤に差し掛かる頃、遠くの茂みから、いくつものレンズが二人を捉えていた。

爆風の中で仁王立ちするティナ。

その衝撃的な映像がd-tubeに流れると、サーバーがパンクするほどの反応が巻き起こった。


「……ねえ、コウタさん。あっちの崖の上に、人がいっぱい集まってない?」



「放っておけ。金のない野次馬どもだ」


コウタは吐き捨てるように言ったが、彼の足元には視聴者から「差し入れ」として届いた、最新式の衝撃測定器が転がっている。

画面の向こう側では、数万人の視聴者がリアルタイムで熱狂していた。


「【悲報】伝説のコウタ、ついに教え子を爆破し始める」



「これヤラセだろ? 普通、生身で爆風受けて無傷なわけないじゃん」



「いや見ろよ、衝撃測定器の数値がエグいことになってるぞ。今のティナ、正面からの衝撃なら戦車砲でも耐えるんじゃねえか?」


コメント欄には「虐待だ」という非難と、「もっとやれ」という狂信的な期待が渦巻く。

さらに事態を悪化させたのは、d-tube運営がこの特訓を「独占ドキュメンタリー」として正式採用したことだった。

画面下部には、視聴者の投票によって次の特訓が決まるアンケートが表示される。


「おいティナ、d-tubeの連中がお前に『次はナイアガラの滝に打たれろ』と言ってるぞ。火薬代も稼げたし、次は水責めだな」



「冗談でしょ!? 視聴者の言うことなんて聞かなくていいよぉ!」


ティナが泣き叫ぶのと同時に、画面上には「滝行特訓」への莫大なスパチャが乱舞する。

世間という巨大な好奇心の目が、コウタの狂気を「最高のエンターテインメント」として加速させていく。

ティナはもはや、コウタという師匠だけでなく、全世界の視聴者という「神」から逃げられない檻の中にいた。

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地獄から這い上がれ!私いつか師匠を超えてやる! ~底辺ニートから最強格闘家へ~ 暗黒の儀式 @nk1255531

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