第3話

「君はねぇ、深く考えすぎなんだよ」


「違ぇだろ。考えてないから普通の考えなんだよ」


 木々の間を走りながら、俺とハルは適当に話していた。爽やかな風が暖かな音を奏でた。走り始めて小一時間か……流石に少し温まりつつあった。


「ってかハルは今はどうなんだ?速いの?」


「全っ然!やっぱ才能が無いのかな?」


 ハルはケタケタと笑ってそう言った。


「それで続けられるならある意味才能あるよ」


「ある意味って何よ!」


 走りながらのため会話は絶妙な間があった。それでもちゃんと、会話としては成立している。


 俺とは違ってハルは走りを楽しむことができる。速くなかったとしても、それは大きな才能だと思う。少なくとも俺にはできない。


 体温が上がってきたからか、空気はどこか温かくなってきた。そんなことはないだろうが、春が近づいている気分だ。


 ハルは少し息苦しそうにしつつも、その美しさを失わない。こんなに見ていることを知られたくはないが、それでもいつまでも見ていたい。


 俺とハルは価値観が違う。俺は山を登りきることを目標とし、ハルは山を歩くことを娯楽としている。本質的に違うんだ。


「なぁ、ハル。今更言うのもアレだけどさ……」


「……?」


 瞬間、冷たい空気が喉に張り付いた。まつ毛に風が凍りついた。走るのが苦しいことだと思い出した。


 今までこの言葉を伝えなかったのは、俺に度胸がなかったからだ。俺とハルではものの見方が違うから、だから叶わぬことだろうと。


 だけど今日は、決めたんだ。いつまでもこんな冬を過ごしているわけにはいかないと。春の光を浴びなければと。


 だけど、今は冬だということを、冷めきった空気が叩きつけてきた。幼さゆえの無敵感から、強制的に覚めさせられた。


「……?どしたん?」


 さっきまで暖かくなっていたはずの空気が、一瞬にして冷え込むのを感じた。


 一滴の汗が背を伝った。急に目の前に壁が現れ、真っ暗な闇の中に放り込まれた気分だった。世の男子はいつもこんな気持ちなのだろうか……。


「……ハル!」


「わっ!な、何……?」


 俺は苦しい心臓を押さえながら意を決した。関係が崩れたって構わない。今のままでもいいけれど、それ以上に俺は気持ちを伝えたかった。


「今更!だけど……!俺と付き合って……ください……」


 最初こそ勢いが良かったが、途中からその勢いは殺されていった。急に身体が熱くなり、どうにもならないほどに恥ずかしくなった。


 なんでこんなことを言ってしまったんだ……!


 俺は恐ろしいほどの後悔に食い殺された。雰囲気ムードも何も考えずに、勢いに任せて口を開いてしまった。やってしまった……。穴があったら入りたい……


「えっと……え?ほ、本当に……?」


「……うん。結構マジ」


「そ、そっか……」


 2秒か3秒か、怖いほどの静寂が流れた。依然として寒く冷たい空気だったが、どこか暖かな空気も流れていた。


 そしてハルは顔を赤く染めたかと思うと、プイっと視線を横に逸らしてからゆっくりと口を開いた。


「……なら毎日……毎朝一緒に走ろうね?」


「え?お、おう!もちろんだ!」


 沈黙の少し後、一気に風が暖かくなった。さっきまでの緊張が嘘のようだった。


 朝日が肌に沁み渡り、北の空には富士の山頂が見えた。


 トットットッ……


 暖かい風と共に、2人の足音が爽やかに響いた。空気は喉を焼かなかった。風は春の香りを肺に運んだ。


 この冬は、春に移り変わった。

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君の心に春が止まる わらびもち @warabimochi_16

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