悪逆大名 梟は炎の中で嗤う ~俺の親父はボンバーマン~

浦賀やまみち

第01話 東大寺、炎上




「その陣羽織に背負った悪の一文字!

 仏敵、松永久通だな! 今すぐ、地獄に堕ちろ!」



 俺は、生まれた瞬間から知っていた。


 ここは戦国時代だ。

 そして俺は、松永久秀の息子に生まれてしまった。最悪の時代に。


 産声を上げた記憶は曖昧だが、意識だけははっきりしていた。


 聞き慣れない言葉遣い、甲冑の擦れる音、血と鉄の匂い。

 前世の日本とは、何もかもが違う。



「んなっーはっはっはっはっ!」



 打ち合う槍と薙刀。剣戟が響く。

 腕に伝わる痺れと耳に届く音が、俺に生を実感させる。



「ぐぐっ……。若造とは思えぬ力と技……。」



 混乱はなかった。

 なぜなら前世での俺は、混乱するほど自由な人生を送っていなかったからだ。


 良い成績を取れ。

 無難な進学先を選べ。

 空気を読め。波風を立てるな。


 誰かが敷いたレールの上を、疑問を抱くことすら許されずに歩いた人生。


 大きな後悔もなければ、大きな達成感もない。

 気づけば終点に立っていただけだった。



「おらおら! 自分のために念仏でも唱えろや!」

「お、おのれっ……。」

「じゃあ、また来世でな!」

「ぐふっ!?」



 だからこの世界に来たとき、俺は決めた。


 今世は、好きに生きる。


 善人でも、英雄でもなくていい。

 自分で選び、自分で責任を取る人生を歩む。


 そう誓った矢先に、俺は思い知らされる。

 生まれた家が、最悪だということを。



「どうした、どうした!

 お前らの信仰心はそんなものか?

 仏敵はここだ! ここにいるぞ! どんどんかかってこい!」



 永禄十年。西暦1567年

 戦国時代の代名詞、本能寺の変まであと十五年。


 東大寺大仏殿は、炎に包まれていた。


 夜空を赤く染める火柱。

 崩れ落ちる朱塗りの柱。


 祈りの象徴であるはずの大仏殿が、戦の道具として焼かれていく。



「若様、危のうございます! これ以上は……。」



 家臣の制止の声が、熱に歪んで聞こえた。

 俺のすぐ前で、巨大な梁が火花を散らして崩れ落ちる。


 分かっている。

 だが、俺の胸の内に燃え上がる炎は進めと言っていた。


 東大寺大仏殿。

 後世では『文化財焼失』として語られる現場。

 教科書の数行で済まされる事件の、ど真ん中に俺は立っている。


 炎の向こうから、怒号と悲鳴が飛ぶ。



「仏を焼くとは何事だぁっ!」

「天罰が下るぞ、松永ぁっ!」

「知るか! 文句は親父に言え!」



 俺の怒号に混じり、野太い笑い声が混じった。

 聞き覚えがある。いや、忘れようとしても忘れられない。



「わっはっはっはっはっ!

 焼け! 焼き尽くせ! これこそ、創世の炎よ!」



 親父だ。


 松永久秀。


 天下の梟雄。


 そして、ボンバーマン。


 完全にイカれている。



「わっはっはっはっはっ! どうした僧ども!

 仏にすがる暇があるなら、手を動かせ! 足を運べ!」



 その瞬間、俺は理解してしまった。


 僧兵は宗教で人を縛る。

 将軍家は権威で人を縛る。


 ならば、それを焼き払えばいい。

 実にシンプルな答え『恐怖』だ。


 ここまでやれば、誰も『常識』で松永を測れなくなる。

 敵に回せば、次は自分の信じるものが焼かれるかもしれない。


 悪手に違いない。

 いや、短期的には最悪だ。


 だが、乱世を生きるには、『関わってはいけない相手』になるのも、一つの正解だ。



「若様っ!」



 再び声をかけられ、ようやく我に返る。

 振り向けば、俺が率いる部隊が掲げる旗に炎が飛び火し、そこに書かれた四文字を赤々と照らしていた。


 修羅焦土


 分かりやすい。

 実に松永らしい。



「……下がるな」



 思わずうっとりと見惚れ、口がニンマリと笑みを描いた。



「こんな素敵な宴、滅多にないぞ?

 お前らも、もっと楽しめよ? 楽しいだろ?」



 家臣が一瞬、言葉を失うも次の瞬間、深く頭を下げた。

 その肩は震えていた。



「……ぎょ、御意」



 いい反応だ。

 前世なら、こんな即断を評価されることはなかった。


 空気を読め。

 余計なことをするな。


 今世は違う。


 レールはない。

 マニュアルもない。

 あるのは、燃える現実だけだ。


 親父は、爆ぜる。

 歴史がそう言っている。



「さあさあ! 盛り上がっていこう! 夜は始まったばかりだ!」



 だが、俺まで、同じ末路を辿る必要はない。


 悪逆は継ぐ。

 だが、使い方は選ぶ。


 炎の中で、ふと夜鳥の影が舞った気がした。


 梟だ。


 夜目の利く鳥。

 混乱の中でこそ、獲物を見誤らない存在。



「ふっ……。炎の中に梟だと? 酔狂なやつめ」



 今世は、好きに生きる。

 その第一歩が、地獄の入り口でも構わない。



「……さて。

 まずは、この地獄を『住みやすく』してやるか」



 俺は松永久通、誇りある悪だ。



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