◆音響信号機×白い男◆

茶房の幽霊店主

第1話 音響信号機×白い男。

※(店主の体験談です)

※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)



※※※※※



電車で片道1時間の画塾へ通っていた頃の体験談です。



筆圧が高すぎるので、絵を描いていると腱鞘炎になることが多く、画塾からの帰りに湿布を買うためドラッグストアへ行く途中でした。


信号は赤で、横断歩道の縞模様を見ながら青を待ちます。

当時、街の信号機は「音響信号機」と呼ばれるもので、信号が青になると「通りゃんせ」のメロディが流れ出し人々が移動を開始します。


ほとんどの人が、一度は聞いたことのある「わらべ歌」です。


左斜め前から、帽子、ポロシャツ、リストバンド、スラックス、靴下、靴、テニスのラケットケース、スポーツ用バッグ、すべてを同色の白で統一した男性が歩いてきました。帽子の裾から見えるのは短く刈り上げた黒髪。


派手な原色が多い中、潔癖症のような真っ白の男は浮いて見えました。


この街では特殊なこだわりを持っていたとしても、奇異な目で見られるということは滅多にありません。


美術やファッション関係の学校、夜の街、繁華街も近くにあったので、個性的で奇抜な髪型や服装の人も多く、そういう「癖(へき)」の持ち主なのだろうな。と、放っておいてくれる自由がありました。


しかし、そういった前提があっても、白い男は悪目立ちをしていたのです。


上から下まで真っ白の男性と少し間隔をあけた位置ですれ違いました。


青の点滅、「通りゃんせ」のメロディがぷつりと途切れ、早歩きで横断歩道を渡り切りドラッグストアへ向かいます。目当ての湿布とサージカルテープを買って右手首に貼りつけました。



※※※※※



夕方の時間帯、電車が混雑しているのは当たりまえ。画版を持った状態で乗車するのが大変なので一駅戻り、席を確保するのがお決まりのパターンです。


次の駅で一気に乗客が入れ替わるのを待って、なんとか座ることができました。


帰宅中のサラリーマンや学生に混ざり、画版と画材の入ったカバンを隣のスペースに侵入しないよう足元へ置いてから、両足首の間で挟んで固定します。


瞼が重くなり目を閉じて、そのまま居眠りしそうになった瞬間、携帯電話の呼び出し音が耳へ入ってきました。自分の設定している呼び出し音ではありません。


メロディは電子音の「通りゃんせ」。


先ほど横断歩道を渡っていたときに聞いた曲です。


それは途切れることなくずっと繰り返されていました。


電話に出ないのか。

混んでいるから出られないのか。

電車内でマナーモードにしていないのか。


ぼんやりと考えていたのですが……。

小さかった音が近づいてきているのに気がつきました。


鮨詰め状態の車内で、携帯電話の持ち主が移動している?


その間も「通りゃんせ」はどんどん大きな音になっていくのです。

さすがにおかしいと思い、目を開けて周りを見渡しましたが、スーツ姿や学生たちしか見えず、誰かが車内を移動している気配もありません。


カバンから取り出したので、呼び出し音が大きくなった?


しかし、近くで立っている乗客は手を動かせるほどの隙間もなく、互いのパーソナルスペースを押しつぶされてしかめっ面のままです。


一歩一歩こちらへ向かってくるようにして、「通りゃんせ」がさらに大きくなっていきます。


ついには頭上で鳴っているくらいの不快な音となり、手で耳をふさいでもまったく変わらず鼓膜に刺さってきました。


乗客たちが騒ぎ出してもおかしくない大音量です。


これほどの大きな呼び出し音を電車の中で聞いたことがありません。携帯電話の持ち主が設定をMAXにしているとしても、ここまでは出せないであろう、もはや騒音でした。


終わる気配もしない「通りゃんせ」のメロディに、怒りを通り越して恐怖さえ感じます。

次の駅で電車のドアが開き、乗客が捌けて車内のようすが少しだけ見えました。

離れてはいましたが、横断歩道で見た「白い男」が同じ車両にいたのです。


目的の方向が偶然同じだとしても不思議ではないのですが、今は不気味さしか感じません。彼はつり革を掴んで窓の外の風景を眺め、薄っすら笑っていたのです。


駅から再び乗客が追加され、姿は隠されてしまったのですが、下車したようすはなく、「通りゃんせ」の電子音による拷問まだ続いていました。


うるさい!!


この車両から離れて場所を変えれば、音も聞こえないのではないか。

帰宅時間が少し遅くなってもいい。次の駅で下りよう。


まだ目的地まで遠かったのですが、思い切って腰を上げかけたとき、再びドアが開いて白い男が駅のホームへ下りて行きました。真っ白の背中が遠ざかります。


そして、「通りゃんせ」は聞こえなくなっていたのです。


後は何事もなかったかのようにいつも通り帰路へ就きました。



※※※※※



怪談を書いている立場なのですが、自分は「幽霊」に関して懐疑派なのです。


存在の否定ではなく、何かしら見える作用や仕組み、メカニズムが存在して、科学的に立証できる要因があるのではないかと考えています。


成人してから幽霊を見るようになった人の一部に、検査で脳腫瘍が見つかったケースがあるのを知っていたからです。もちろん、見える人全員に腫瘍が発見されたわけではありません。


幼い頃から時折、不可思議な体験をするため、病院で何度か精密検査を受けました。幻覚・幻聴の類を引き起こす脳疾患・精神疾患・眼と耳の検査でも問題なく、心身ともに健康であるという結果でした。


ですので、日常的に幻聴が聞こえる可能性は低いと思われます。


「通りゃんせのメロディ」は何だったのか。


横断歩道ですれ違った「白い男」と関係はあるのか、それとも、まったく違った要因で発生していたのか……。


「おかしなこと」に出くわせば、「奇妙な出来事が起こった」と受け流してしまうよりも、現象の解析ができないか好奇心が湧きます。これは長年の癖のようなものです。


範囲を絞って、同じではなくても似たような情報を探すため、初めてオカルト掲示板を覗いて回り、気になる書き込みを2件見つけました。



○○駅前の横断歩道で、頭からつま先まで白ずくめの男とすれ違った。何かの宗教関係(〇ナ〇ェーブ研〇所)かと思ったが、ラケットケースとバッグを持っていた。ぶつぶつ何か唱えていた。念仏?


「で?」「人探しか?」「スレ違い」など冷やかしはあっても、書き込みへの追加情報はなし。


横断歩道で白い服を着た男が信号待ちしていた。顔つきからして外国人。

意味が分からないと言われるかもだけど、

直感で「やばい、コイツ、絶対に人間じゃない!」と思った。

汗びっしょりで気分が悪くなって吐きそうになるしマジで最悪だった。


頭の中だけで思っていたのに、横を通りながら俺の顔を見て「なんでわかった?」って言ってきた。

ダッシュでトイレまで逃げた。こわすぎる。同じような体験した人いないか?


「あるワケないだろ」「頭にアルミホイル巻いとけ」「おトイレ教の信徒」の他に


「その横断歩道って◇◇ビルが見える○○の横のとこ?」

「真っ白オジサン、まじでおるよな。たまに見る。ちな地元」

「スポーツクラブの帰りとかでは?」

「△△駅で電車乗った時に真っ白信者を見た。普通のメンズ」

「電磁波怖い。乙」「全身白って、やっぱり宗教関係?」


白い服を着た男性の目撃情報はありましたが、同一人物なのかはわかりませんでした。


このオカルト掲示板に、自分の体験を書き込んでみようと思いましたが、当時はまだ未成年。ネットリテラシーを教わったばかりで、顔の見えない不特定多数とのやり取りは危険だと感じ断念しました。




◇番外編・近畿・関西地方の都市伝説と考察へつづく◇


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