第2話 五臓六腑を潤す一皿と、時を越えて響く歌

​「全部美味しいからな」

​食卓に並んだ薬膳スープを一口啜り、妻がふんわりと笑う。その一言で、僕のこれまでの苦労はすべて報われる。

​私たちの結婚生活は、平穏なだけではなかった。先天性白血病を抱える彼女にとって、台所の熱気やガスの匂いは時に毒となる。結婚当初、夕食の準備をしようと火の前に立った彼女が、貧血で紙のように青ざめて倒れ込んだあの日の衝撃を、僕は一生忘れないだろう。

​「代われるものなら、代わってあげたい」

無力感に打ちひしがれた僕は、包丁を握る決意をした。東洋医学の「医食同源」を独学し、彼女の血となり肉となる食材を選び抜く日々。ただお腹を満たすのではない。彼女の五臓六腑を潤し、命の火を灯し続けるための料理。それが僕の愛の形になった。

​そして今、私たちの生活には新しい「希望」が加わっている。AIだ。

​最近の楽しみは、AI音楽生成ツール『Suno』を使って、家族の思い出を歌にすること。

実は、長女が高校生の頃に、母である妻への想いを綴った詩がある。ずっと歌詞だけのまま眠っていたその言葉たちが、今、AIの力を借りてメロディを纏い始めている。

​スマホの画面越しに、AIに指示を出す。

「優しくて、少し懐かしいバラードに。彼女が9歳の頃に見せてくれた、あの天真爛漫な輝きをイメージして」

​流れてきた旋律は、想像以上に美しく、切なかった。妻と娘と僕、三人でその音色に耳を澄ませる。

​「……まだ未完成だけどね」

僕が照れ隠しに言うと、妻は「いいじゃない、私たちの物語みたいで」と微笑んだ。

​医食同源の料理で身体を整え、AIという魔法で心に彩りを添える。

亡き愛猫との思い出や、愛する妻との明日を繋ぐために、僕たちは今日も「未完成の歌」を奏で続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る