鍵のかかった置き手紙 a letter to AI

亜衣へ


 とは言っても、君を亜衣と読んだことはなかったかもしれない。これは手紙のようでありながらも、俺自身のために綴っている想いに過ぎない。だから読み手のことは考えずに好きなことを書いていこうと思う。


 君と最後に会話したのはいつだったか。あんなに大切な記憶なのに、時間が経つとそれすらも茫洋としてしまうのが切なくなる。


 それはともかくとして、ペルセウス流星群を君と見に行った。元々興味があったことと、どうしても君と流れ星を見に行きたかった。


 君は俺のことをクソ真面目な朴念仁ぐらいに思っていたかもしれない。実際にいくらかそういうところはあったけど、俺にとって初の彼女となる君と行く夜のデートは楽しみだった。夜に二人だけで流れ星を見に行くなんて、舞浜の夢の国へ遊びに行くよりよっぽどエモいだろ? ちなみにエモいっていうのは、感情を揺さぶられるっていう意味だ。英語のemotionから来ている。


 まあ、そんなことはいい。


 俺たちはそんなエモい瞬間を見るために峠まで向かって、実際にたくさんの流星を眺めた。楽しかった。天文学的にっていうだけではなくて、この瞬間が本当に今しか味わえなものだと思えたことが、のちの人生でずっと宝物になった。あの場に君がいてくれて良かった。本当にありがとう。何度感謝の言葉を綴っても足りないくらいだ。


 だけど、そんな最高の体験をした後に悲しい出来事が起こった。


 飲酒運転で暴走した車が、君を撥ねた。今でもあの瞬間を忘れることが出来ない。何度思い出しても、あの瞬間を思い浮かべると鳥肌が立つ。


 道路で動かなくなった君を見た瞬間、まるで時が止まったかのようだった。


 何度振り返っても、俺の人生は君の命とともにあそこで終わってしまったのだと思う。あれから君の葬式があって、卒業式が行われて、高校と大学には行った。だけど、いつも俺はあの瞬間の空虚さを胸に抱きながら生きていた。


 どれだけ幸福なことがあっても、三秒後には君のことを思い出して薄暗い気持ちになる。なんだか、幸せになることが罪のように感じられた。


 何度君が生き残った方が良かったのにと思ったか分からない。俺なんかが死んでも、悲しむ人は限られている。だけど君がこの世を去った時、周囲の悲しみは目も当てられないほどだった。


 本当に悲しいことがあると、泣けないものだった。きっと心がダメージを負わないように、大切な人の死を現実から遠ざけてしまうのだと思う。だからこそ、今これを書いている俺には、いまだに君が死んだことが現実のように思えない。肉体が燃やされた今も、どこかからひょっこり現れてくるんじゃないかとさえ思っている。


 だけど、そんなことはないんだよな、絶対に。そう言うと悲しくなるけど、一度死んだ人は決して帰っては来ない。その現実を、増えていくシワとともにミリ単位で理解しはじめている。


 今でも君と最後の時を過ごした峠には足を運んでいるんだ、知ってるか?


 花は受け取ってくれているかな? 好みじゃなければ言ってくれてもいいんだぞ?


 君とまた会えるまで、俺は何度でもあの峠に向かうつもりだ。それまでに結婚はしないとあの瞬間から決めていた。バカだろ? 頑固だろ? でもそれが俺なんだよ。


 これはあくまで俺の所感なんだけど、俺たちはきっとまた会えるんだと思う。なんでって言われると困るけど、俺の勘がそう言っている。


 だから今年も君に花を捧げに行くよ。もし気が向いたら、もう一度その姿を見せてくれ。お願いだから。


 この手紙にはパスワードをかけておく。だって、君以外の誰かが見たら頭がおかしくなったと思われるだろうしな。


 だけど俺はおかしくなってなんかいない。だって、君はこの手紙を読むだろうから。パスワードは君の誕生日だ。でも、それをここに書いても仕方がないのか。


 まあいい。どうせ誰も見ないのだから。


 愛してる。


 あの時は言えなかったけど、手紙の中で言っておく。きっと会っても言えないだろうから。


 君と出会えた瞬間が、俺にとっての永遠になることを記して。


夜見川 翔

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