夜見川君の家 AI

 今は懐かしい夜見川君の家に着いた。古びた玄関のドアが、ちょっと不安になるような音を立てて開く。


 いつかに嗅いだ匂いがして、たったそれだけのことで鳥肌が立った。リビングへと通されると、夜見川君のお母さんがお茶を淹れてくれる。久しぶりに飲むお茶はおいしく感じられた。


「で、詳しく聞かせて。家出の理由は? 亜衣ちゃんの親戚って、どこの誰?」


 お母さんの目が、優しいけど鋭い。私はお茶を一口飲んで、息を整える。嘘を重ねるの、怖いけど……。


「えっと……わたし、亜衣の母方の遠い親戚で、叔母さんの娘なんです。わたしの母が昔、亜衣のお母さんと仲良くて……。でも色々と家庭内が複雑で、耐えられないから家出して亜衣の実家を探してたんですけど……無くなっていて。困っちゃって……」


 夜見川君のお母さんが頷く。なんだかうまい具合に想像を働かせてくれたみたいで、それ以上は追及して来なかった。


「そう……。亜衣ちゃんのお母さん、まだこの町にいたら歓迎してくれたでしょうね。あなた、亜衣ちゃんとそっくりだもの」

「そうですか」


 まさか本人だとは思わないだろうけど。頭のいい人なのか「そういう事実があり得る方向」へ全力で勘違いをしてくれている。彼女のような人には、いなくなったはずの人が当時のままの姿で現れるよりも、わたしの作り話の方がよっぽど受け入れやすいのだろう。


「まあ、泊まりなさい。とりあえず、人探しはどうとでも出来るのだから。翔の部屋を使うといいわ」


 お母さんの目が、悲しげに遠くなる。わたしは言葉を選びながら、お礼に頭を下げる。


「ありがとうございます。夜見川君のこと、名前ぐらいは聞いたことがあります。わたしも、彼のことは聞いてみたくて……」

「そう。そんなことを言ってもらえると、あの子も喜ぶわね」


 お母さんが、微笑む。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「それじゃあ、彼のことを話しましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る