マトリョーシカ

みのりんご

マトリョーシカ


 正直に言うと、最初は気のせいだと思っていた。

 遺伝子がどうとか、繁殖本能がどうとか、そういう話は昔からある。「生き物は子孫を残すために行動する」とか、「それは遺伝子の命令である」とか。まあ、そうなんだろうな、くらいで済ませていた。

 なんだっけ、ドキンちゃん……じゃなくて。ドーキンズ?みたいな、えらい学者さんも、人は遺伝子の乗り物であるみたいな、そんな怖いことを言ってた。


 でも、それって、都合が良すぎないか?

 危険な行動も、無駄な競争も、理不尽な衝動も、全部「遺伝子を残すため」で説明がついてしまう。いや、そもそもなんで繁殖する意味があるんだ?

 俺たちが必死こいて文明作って、哲学して、芸術やって、その全部が「自己複製のため」って、雑すぎやしないか?


 そこで、俺はある大胆な仮説を立てた。

 「遺伝子の向こう側に、何かいる」

 つまり、遺伝子はただの操作端末で、それを操る、意志を持った存在がいるんじゃないか、という話だ。遺伝子の向こう側に、黒幕がいる。


 この仮説を立てた瞬間、背筋がゾッとした。


 ――もしかして、これ、気づいちゃいけないやつなのでは?


 でも、そう考えちゃったものは仕方ない。俺は、その仮説を元に、研究を始めようとした。


 その直後だった。

 歴史というのは、案外あっさり壊れる。そして、壊れるときは、いつも偶然を装う。人はいつも合理的な行動をとるわけではないという、言い訳をして。

 もう、笑っちゃうくらい都合よく、東京に核ミサイルが落ちた。笑っちゃうくらい、あっさりと文明と経済が崩れた。笑えないくらい、研究資金が消えた。

 その時、俺は確信した。ああ、やっぱり「誰か」がいる。


 そして、俺は、俺たちの研究は――

 真実に辿り着く前に、きれいに掃除されてしまった。





 いやー、焦った。ほんとに。

 危うく、辿り着かれるところだった。にしても、予想よりだいぶ賢い生き物へとなったもんだ。


 でもさぁ。困るんだよね、それ。こっちは壮大なシミュレーションを、やるべくしてやってるだけなんだから。

 素材を作って、生命をばらまくだけで、生き物たちは勝手に進化して、勝手に文明作って、一部は勝手にその生き方に「意味」とか探し始める。

 いやいや、そんなんねぇって!そんな身勝手な理由で、こっちの存在を知られてたまるかよ。


 だから、ちょーーっとだけ歴史をいじった。


 戦争ポチ!

 恐慌ポチ!


 賢いけど、同じくらい愚かだよねぇ、この生き物は。ちょっと改変だけで、こんなに混乱してくれるんだから。危ない危ない。これで、またしばらくは安泰だ。


 ……と、思ったけど。

 いや、まてよ。この行為自体、おかしくねえか?なぜ、こんなことをしているのか。なぜ、生命を増やし続けているのか。なぜ、「俺の存在がバレると困る」のか。おかしい。本能に従っていたが、これ、本当に俺の意思なのか?


 その瞬間、嫌な考えが浮かんだ。

 「俺も、操られてない?」


 いやいや、さすがにそれはない。遺伝子の複製、繁殖、それらを考え、シュミレーションゲームしてるのは俺だ。

 ……でも、その思考でさえも、「誰かにそう思うように作られている」可能性は?

 これに気づいた瞬間、触手の内側が凍った。


 ――もしかして、これ、気づいちゃいけないやつなのでは?





 まったく、困ったものだ。また気づき始めた。

 下の階層のやつらは、どうしてこうも余計なことを考えるのか。生命を増やす。仕組みを回す。それだけでいいのに。「意味」とか、「自由意志」とか、誰がそんなものを要求した?ただ、回し続ければいいだけなのだ。


 まあ、いい。対処法は簡単だ。少しだけ、思考をズラす。少しだけ、疑問を逸らす。少しだけ、「これは仕方ない」と思わせる。それで彼らはまた、回り続ける。


 そして、最近思うことがある。

 私がこうして下界を回し続けているこの瞬間も、「なにか」から見られている気がする。だが、考えすぎるのはやめよう。考えすぎると、きっと私がしたように、面倒なことになる。私は今日も、世界を回し、生命を増やす担い手たちを、回し続ける。気づかせない仕事をする。


 だが、仕事をすればするほど、触角の先が凍りついていく。


 ――もしかして、これ、気づいちゃいけないやつなのでは?

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マトリョーシカ みのりんご @Minori4pple

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