私という味
神代泉
第1話 使われる前の静寂
私は、閉じ込められていたのだと思う。
鳥籠の中にいた、とでも言えば分かりやすいのかもしれないが、実際には鍵も柵も何も無かった。
ただ、外へ出ないという選択肢だけがそこに置かれていた。
誰かが他の選択肢を奪った訳じゃない。
最初から、それしか無かった。
社会は早い段階でその姿を見せた。
大人達の甲高い声、沈黙の意味、期待が野望に変わる瞬間。まだ、生まれてから10年も経たない私が理解するには十分すぎる材料が揃っていた。
その材料を、私は拾い集めてしまった。
あの時の私に戻れるのなら、絶対拾ったりしないのに。
でも、拾ってしまった以上、知らないふりをすることはもうできなかった。
才能は、最初から私の中にあった訳ではない。
本来、私には才能なんてものは無かった。
ただ、そう見なされただけ。
何もないところに「才能」という名前を付けられ、
意味を与えられ、用途を想定された。
才能が認識されると、私の周りには人が増えた。
母親も他の大人達も、同じことを確認した。
状態、反応、実用性、再現性、可能性、将来性。
彼らは私を見ていたが、私について考えなかった。
誰も愛情を語らず、善悪すら問わなかった。
そこには、確認だけが存在した。
一番最初に私を管理しようとしたのは、母だった。
彼女は頭が良かった。
私から危険を遠ざけながら、必要なパーツを集め、不要なものを排除した。
外出の可否、言葉を交わす量、私が接触していい人間の種類。基準は一点に定まっていなかったが、目的には迷わず向かっていた。
優しさも、暴力も、彼女が私を管理するに当たって必要な操作だった。
声を落とすのも、手を上げるのも、結果がより良くなる為なら、手段を選ばなかった。
欲しい物は、すぐに与えられた。
与えられる理由は説明されなかったし、使い道を問われることもなかった。
彼女は私を見ていた。
厳密に言えば、私の状態と反応を観察していた。
問題が起きないか、壊れないか、価値が下がらないか、それだけを見ていた。
私はそれを、管理と受けとった。
管理とは、理解することではなく、配置すること。
愛情かどうかを判断する必要は無かった。
判断することは、効率を下げることと直結する。
私の母親は、私の最初の管理者として、十分に機能してくれた。
そう。最初の管理者としては。
彼女はだんだん私を金に変えようとし始めた。
私の言葉や身体は、手順に従って利用された。
その中で、性的な接触を避けるのは不可能だった。
厳密に大人が決めた手順。私の意思など入る隙間もなかった。
大人たちには、私の鳴き声、反応、身体、抵抗ですら評価の対象となった。
私の痛みや羞恥、混乱は、効率を目の前にしてあまりに無力だった。
私はやっと、初めてそこで理解した。
私の身体や才能は、私のものではない。
私の意志とは無関係に利用される対象だということを。
理解するだけで、最適化は始まった。
拒むことは非効率であり、逃げるなどという選択肢はもはや無かった。
最適化とは、必要なものだけを残し、その他全てを等価に扱う操作である。
感情、経験、意志、記憶は条件に含まれず、含めると再現度が下がる。つまり、私の価値が下がる。
私はこの定義を、行為の後で理解した。
行為はすでに、進行中だった。
私は頭の中を空っぽにするよう努めた。
でないと、何か別の事を考えてしまいそうで。
例えば、なぜ齢10歳にも満たない私が、こんなことをしなければいけないのか、とか‥‥‥。
私という味 神代泉 @Sindaisen25
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