アマチュアポルノ作家は宝山寺新地を歩く
アイリッシュ・アシュモノフ
アマチュアポルノ作家は宝山寺新地を歩く
奈良県生駒市に、宝山寺新地という場所がある。
かつてこの地には百軒を超える料理旅館が軒を連ね、百人以上の芸妓がいたという。
桃源郷と呼ばれた花街も、今では数軒の旅館が往時の面影を残すのみである。
僕は趣味でポルノ小説を書いている。
所詮はアマチュアの物書きだが、人の色恋が最も直接的なかたちで表現できるところが好きだった。
ポルノ小説家にとって最も大切なのは、常に童貞の気持ちでいることだ。
それは、心の中で師と仰ぐ先生の著書に書かれていた言葉でもある。
ポルノ小説は恋愛でもあり、エッチを通じた男の子の成長物語でもある。
その点で言えば、僕は向いていた。
もちろん童貞という意味ではない。
数は少ないが、恋愛経験もある。
ただ、エッチを一種の神聖な儀式のように捉えることができた。
初めての体験を風俗店で済ませたからだと思う。
甘い幻想や期待とは裏腹に、感想は「こんなものか」だった。
拗らせたのだろう。
どこかで理想の初体験を、いまだに追いかけている。
だから僕は、ポルノ小説家に向いているのだと思う。
神聖な儀式の題材を探して、全国を取材していた。
話を戻そう。
宝山寺という地名の通り、生駒山の中腹にある寺、宝山寺の門前参道にこの花街はある。
一見すると、神聖な仏閣の門前に色街とは不謹慎に思える。
しかし、ここには「精進落とし」という風習が関係している。
精進落としとは、寺院の祭礼や参詣を前に、
肉・酒・異性といった欲との関わりを断つ「精進」を行い、
行事が済んだ後に、それらを再び解禁することを指す。
精進落としの需要から遊郭へと発展した土地は少なくない。
お伊勢参りの古市遊郭、金毘羅参りの琴平など、
今でもその名残を残す場所が各地にある。
宝山寺はもともと険しい山中にあり、長らく修行僧が修行に籠もる秘所であった。
花街へと姿を変えたのは、大正期に鉄道が敷設され、
大阪方面からの参拝が容易になってからだと言われている。
また、この寺のご利益は大阪商人の気質と相性が良かった。
鎮守神として祀られているのは歓喜天。
商売繁盛や子孫繁栄といった現世利益を授ける神である。
仏教に詳しいわけではないが、歓喜天の由来譚は人間味があって興味深い。
欲を否定しない神が、欲にまみれた門前町から長く愛されてきた。
そのことに、この街の成り立ちが凝縮されているように思えた。
そうした背景もあり、宝山寺新地は奈良を代表する花街として発展した。
しかし時代の流れとともに、観光の重心は分散し、
かつてほど、この地を訪れる者はいない。
ここまでは、先人の手記に書いてあることで、
僕はそれをを読みながら、生駒駅に降り立った。
宝山寺へ向かうには、生駒山に登るケーブルカーに乗る。
ケーブルカーのカゴは猫の形をしている。
生駒山の山頂には展望台と遊園地があるからだ。
造詣としては、お世辞にも可愛いとは思えないが、
製造時期を考えれば、がんばっているかもしれない。
しかし、1時間に3回しか動かない。
地元住民にとっては生活の足でもあるが、利用者が少ないのだろう。
採算の取れるギリギリの本数というわけだ。
僕は「ミケ」と名付けられた車両に乗り込む。
構内の柱はところどころペンキが剥がれ、
錆びた鉄が顔を覗かせている。
全体に、長い年月を感じさせる佇まいだ。
ミケは老猫のようにギシギシと音を立て、
のっそりと山を登り始める。
数分後、「宝山寺駅」に到着した。
すぐに門前参道が見える。
「観光生駒」と書かれたゲートをくぐると、
昭和レトロという言葉では言い尽くせない、
時の止まったような空気が流れていた。
僕も精進落としの文化に倣い、まずは宝山寺へと向かう。
長い石段を、黙々と登る。
正直、息切れするくらい急な階段は、僕にとっても修行だった。
門前に辿り着くと、
光に満ちた参道とは対照的に、
樹々に遮られた境内は、下界との境界のように感じられた。
宝山寺は真言律宗の密教寺院である。
境内は線香の香りに満ち、厳かな雰囲気に包まれていた。
信心深いタイプではないのだが、自然と背筋が伸びる。
が、参拝作法なんて知らないので、なんちゃってで参拝する。
それらしき常連の参拝者の後について歩くから、なんだか申し訳ない。
さらに申し訳ないことに、
その背後で、僕は小説の構想を膨らませていた。
モテない男が出家を志し、修行の厳しさに耐えかねて逃げ出す話。
失恋した男の傷心旅行。
あるいは、置屋の少女を主人公にした物語もいい。
境内で肉欲を妄想するとは罰当たりかもしれない。
だが、歓喜天なら笑って許してくれそうな気がした。
そうして僕は下山した。
境内を「静」とするなら、門前参道は「動」であった。
食べ物の匂いや華やかな看板、隠れていた欲望をおおいに刺激した。
自分が俗物であることを、改めて思い知らされる。
きっと昔の人もそう感じていたのだろう。
街を歩いて、やはり漂ってくるのは寂れゆく気配だった。
そう遠くない将来、宝山寺新地は過去の物語になる。
「新地」や「花街」という言葉が負の記憶として扱われているのか、
門前参道に積極的な観光PRはほとんど見当たらない。
その結果、ここは今や、知る人ぞ知る土地となった。
変わりゆく景色と、変わらない人の欲。
秋風を感じながら、紫に染まる空を背に、僕はゲートを後にした。
<終わり>
アマチュアポルノ作家は宝山寺新地を歩く アイリッシュ・アシュモノフ @ddd2000
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