うちの召喚獣がめちゃくちゃ甘やかしてくる件について
綿砂雪
第一話 召喚士と天使
「放て!ルドロック!」
闘技場のフィールドの中、ある男子生徒が叫んだ。
彼の横には一体の氷騎士がいる。
体長二メートル半ほど。全身を堅牢な氷の鎧で覆い、右手には氷の槍を、左手には氷の盾を持っていた。
氷騎士が槍を振り下ろすと、槍から大きな氷の波が放たれた。
氷の波は地面を伝って拡散する。その射線上には一人の少年がいた。彼はこのままでは波に飲まれて氷漬けにされるだろう。
少年はすぐに右手を地面に当て、
「
唱えた瞬間、地面が隆起した。
形成されたのは土の壁。それを盾にすることで、少年は氷の波から身を守った。
「一撃でこの規模か……油断ならないな」
周囲に漂う冷気を肌に感じながら、少年は息を吐いた。
アルマ・ウィルキリス───このフィビオル召喚士学院に在籍する生徒の一人。
彼は土の壁に手を当てながら、
「
壁を構成する土が鋭利な土の砲弾へと変形する。全部で二十発、アルマは相手へ一斉に放った。
高速で迫る土の砲弾を前に、氷騎士が動く。砲弾の射線上に出ると、盾を地面に打ち立てる。
盾からさらに氷が形成され、氷の壁を築いた。一瞬遅れて砲弾が衝突したが、壁が破られることはなかった。
「なんだ、この豆鉄砲は。お前勝つ気はあるのか?」
氷の盾を解除させながら言うのは、アルマの対戦相手──オルバ・ラヴァーグ。
「豆鉄砲とは、厳しい評価だ。これでも人体を余裕で貫通するくらいの威力はあるんだぞ?」
「あくまで『人体なら』の話だろう。この程度の魔術では俺のルドロックは傷付けられん、お前もそれは分かってるだろう。それでもまだ〈半身〉を出し渋ると言うなら……」
氷騎士が動く。槍を掲げ、再び攻撃を繰り出さんとする──その隙へ。
「文句を言うのは勝手だが、頭上への注意が足りてないんじゃないか?」
言い放ち、指示を飛ばす。
「落とせ、ライネス」
『───ッ!!』
上空から甲高い声が聞こえたかと思えば、相手の頭上に雷撃が降ってきた。速度も威力も十分、当たればタダでは済まない。
不意打ちの雷撃は相手と氷騎士に着弾した。舞い上がる爆煙の向こうには、倒れた相手の姿があるかに思われたが、
「確かに注意が足りなかった事は認めよう。だがお前は威力が足りてないな」
爆煙が晴れた先、現れたのは依然として無傷のオルバと氷騎士の姿だった。
氷騎士が盾を上に向け、そこから形成された氷の壁が雷撃を受け止めていた。
「これでも防ぐか、さすがに〈半身〉なだけはあるな」
その時、アルマの背後に一体の何かが降りてきた。
体長二メートル程、エイのような見た目をしたこの生物はアルマの召喚獣の一体──ライネスだ。
先程上から雷撃を放った召喚獣である。
「残ったプランもあと少しだけ、やれるだけやるしかないな……打て!ライネス!」
『───ッ!!』
アルマの指示を受け、ライネスは雷撃を連続で放つ。
氷騎士は盾を翳して雷撃を防ぐ。やはり単純な正面からの攻撃では砕けそうにはない。
「だから無駄だと……!」
言いかけた瞬間、足元が沼のように変化した。
オルバと氷騎士の足が地面に埋まる。同時に体勢も崩れた。
すぐにオルバはこれが他の召喚獣の仕業である事に気づく。
『シャァァァァァッ!!』
背後の地面から飛び出してきたのは、二本腕を生やした全長二メートル半ほどの大蛇だった。
大蛇が狙っているのは氷騎士の方。ライネスの雷撃を防いでいる上、足元がぬかるんで機動力が鈍った隙を狙っていた。
「させるかッ!!」
足を沼から引き抜き、さらに唱えた氷魔術で足元を硬化させる。いち早く機動力を取り戻したオルバは、氷騎士に代わって大蛇の前に出た。
腰に携えた剣を引き抜く。迎撃の構えを取るが、突如背後で発生した爆発によって吹き飛ばされた。
「ぐッ!なんだ!?」
すぐに地面に手を付いて体勢を立て直す。その時にはオルバと氷騎士の間に土の壁が展開されていた。
召喚獣と分断された。吹き飛ばされて氷騎士と引き離された瞬間にアルマたちが壁を作ったのだろう。
壁の向こうから激突音がする。氷騎士がアルマの召喚獣と戦っているようだ。
「小賢しい真似を……!」
「なら小賢しくないやり方を見せてくれよ」
「なっ!?」
いつの間にか彼の背後にアルマがいた。手には携えていた剣を握っている。
オルバもまた剣を抜いて対抗する。振るわれた互いの剣が甲高い音と共に激突し、そのまま両者は剣戟を始めた。
どちらの剣技も卓越している。召喚士には珍しい事だ。
召喚士の戦いの主体は召喚獣だ。召喚士が自ら前線に出て白兵戦を行うことはあまり無い。
「くそッ」
一度オルバは距離を取った。顔には疲労が見える。
既に試合が始まってから三十分、身体的にも魔力にも限界が見え始めていた。
「辛そうだな。あのレベルの〈半身〉をずっと維持してきたんだ。限界が近いんじゃないのか?」
召喚獣は維持するだけでも召喚士に負担がかかる故、同時に維持できる召喚獣の数には限りがある。
数は召喚獣の程度によって変わってくる。オルバであれば氷騎士を維持するのに全ての余力を費やしているため、他の召喚獣を出す事ができない。
もちろんそのデメリットに見合う力を氷騎士は有しているが。
「限界だと?抜かせ、これしきの事で俺が負けると思っているのか!」
「思ってないさ。だからこそ万全を期して、君達を分断したんだからなッ!」
再びアルマはオルバとの距離を詰めた。剣戟を繰り広げ、時折魔術を放つ。一進一退の近接戦闘。
未だに氷騎士が倒された気配は無い。機動力を奪う大蛇と攻撃性能の高いライネスの相性は氷騎士が相手でも決して悪く無いが、足止めが精一杯だった。
単純な召喚獣の能力差がこの現状を生んでいる。
オルバと比べればアルマの方が余力は残っているのは間違いない。だがアルマも既に三十分以上戦ってきた身だ。疲労は積もっている。
(疲労でしくじる前に押し切るしかないな)
残った魔力を総動員。身体中に魔力を巡らせ、身体能力をさらに向上させる。
横薙ぎに剣を振ったアルマに対して、オルバは後退して回避した。追い打ちに魔術で雷撃を数発放つが、オルバは氷壁を生成して寸前で防御した。
だがアルマは絶え間なく次手を繰り出す。強化した脚力で素早く距離を詰めると、目の前の氷壁を切り刻んで破壊した。
「
剣を振り下ろして炎の斬撃を放つ。横に転がることでオルバは回避し、さらに氷弾を放つが、それらはアルマが放った二発目の炎の斬撃で相殺された。
迫る斬撃をオルバは剣を薙ぎ払って弾き飛ばした。だがその衝撃で剣が飛ばされてしまう。
遂に晒した大きな隙。その隙を逃さず接近しようとするアルマだが、先にオルバが動く。
「
オルバの前方に放たれた氷の波が、アルマの接近を妨害した。
そして───。
「ルドロック!〈
氷騎士へ呼びかける。
土の壁の向こう、未だに大蛇とライネスを相手に戦い続けていた氷騎士が動く。
『オォォォォォッ!!』
雄叫びと共に槍を地に突き立てる。莫大な魔力と冷気が放出され、辺り一帯に氷を拡散させた。
地面が凍ったかと思えば、そこから木のように氷の槍が次々に生えてくる。あっという間にアルマの全方位が氷に覆われた。
「これが俺のとっておきだ。ここは俺とルドロックの領域。どこからでも攻撃できる上に、いつでも防御できる無敵の布陣だ。だからこそ、こんな事もできる」
直後、大蛇とライネスが周囲から迫った氷に呑まれて氷漬けにされた。
まさに一瞬の出来事。アルマも反応できなかった。
「マジか……」
冷気を肌に感じながら、内心で焦る。
オルバの事を舐めていた訳ではない。何があっても対応できるようにと、入念に準備をしてきたが、まさかここまでとは思わなかった。正直勝ち筋が見えない。
───ただ一つの方法を除けばだが。
「仕方ない……か」
なるべく頼りたくは無かったが、このままではアルマの敗北は明白だ。ここは覚悟を決めるしかない。
大蛇とライネスを送還すると、空いた左手に一冊の本を顕現させた。
召喚士なら誰もが持っている〈契約の書〉。契約した召喚獣はここに記録され、呼び出せるようになる。
本はアルマの意思に応え、自動的にあるページを開く。するとそのページが光り出した。
「開け楽園の門、ここに来たるは至高の聖天」
紡がれる詠唱。これは召喚獣を呼び出すための儀式だ。
召喚獣の種類や規模によって詠唱は異なる。召喚士の技量次第では詠唱の短縮や無詠唱での召喚も可能となるが、それが出来ない召喚獣もいる。
アルマが呼び出そうとしている召喚獣はまさにその一体だ。
「奇跡を紡ぎし者よ、誇りと誓いを守りし者よ、其はあらゆる穢れを禊ぎ祓う慈悲深き代行者」
アルマの背後の空間に亀裂が走った。
詠唱が進むに連れて亀裂は増え、そこから光と魔力が漏れ出てくる。
「その極光にて明日を示せ、焦土の果てまで救いの恩寵を奏でたまえ。汝の祝福こそ、真実の愛にして秩序である」
オルバだけでなく、試合を見ている誰もが感じた。何か凄まじいものが出現しようとしている。
その正体を彼らは知っていた。これこそアルマ・ウィルキリスの象徴にして、最高最強の相棒。
そう、その名は─────。
「来たれ、我が〈半身〉───セラリエル」
直後、空間が割れた。
砕けた空間の先から入り込む目を覆うほどの極光の中から、ナニカがこちらに踏み入った。
大気を震わせるほどの圧倒的な気配と魔力。それを前にして、オルバは思わず身震いした。
「ようやく出したか、〈半身〉を」
空間が塞がった事で光が収まった。遂にその姿がオルバの目に映る。
アルマの横に現れたのは一体の召喚獣。体格は人間そっくりで、身長は百六十センチメートルほど。
背中から生えた三対の純白の翼と、頭上に浮かぶ光輪さえ無ければ、普通の人間と言われても疑う者はいないだろう。
天使のような外見に加えて、身を包むのは純白の装い。美しい金の長髪は頭に被ったフードによって大部分が隠されているが、金色に輝く双眸は外からでもはっきりと見える。
「残りの魔力全部やる。手早く終わらせてくれ、セラ」
───セラリエル。これがアルマ・ウィルキリスの〈半身〉だ。
〈半身〉とは召喚士が特別な儀式によって召喚し、契約できる召喚獣だ。契約できる〈半身〉は一体だけだが、その代わり他の誰にも扱えない唯一無二の戦力となる。
〈半身〉として選ばれる召喚獣は一般的な儀式では契約できない、世界にたった一体の特別な存在だからだ。
「やはり凄まじい。対面するだけで感じるこの圧倒的な力、これは全力で挑むより他は無いな」
オルバは氷騎士に命じる。
アルマたちの周囲を覆う氷から氷の槍が伸びてきた。このままトドメを刺すつもりなのだろう。
しかし事はそう上手くいかなかった。
セラリエルが両手を胸元で組むと、彼らの周囲を半透明の光の壁が覆う。光の壁が氷の槍を受け止め、アルマたちを守護していた。
さらにセラリエルは右手を掲げた。空にいくつもの輝く法陣が現れたかと思えば、そこから大量の光線が降り注いだ。
「ルドロック!!」
『オォォォォォッ!!』
オルバは全力で応戦する。巨大にして無数の氷の槍が天へと伸び、光線を相殺しようとしていた。
だが結果は予想を上回った。光線は徐々に氷の槍を削りながら地面に迫ってくる。拮抗の天秤は確実にセラリエルに傾いていた。
「ぐっ……!なんて力だ……!」
どれだけ魔力を込めても、どれだけ強靭な氷を生成しても、光線の侵攻は止まらない。
数十秒の拮抗の果てに氷の槍は完全に砕かれてしまった。
遂に極光が地に降り注ぐ。セラリエルが光線を解いた時、残っていたのは疲弊し切ったオルバと氷騎士だった。
「はぁ……はぁ……!」
肩で息をするオルバ。全力で防御する事でなんとか光線を耐えられたが、彼も氷騎士も限界だ。
再びあの光線を放たれようものなら今度は防げない。
「さて、どうするオルバ・ラヴァーグ。降参するか、それとも足掻くか?」
確かな余裕を見せつけながらアルマは言い放つ。
実際は彼も魔力を大量に消費して疲弊しているが、ここはオルバに降参を促すために虚勢を張った。
「っ……!」
オルバは拳を握り、奥歯を強く噛み締める。アルマの虚勢はオルバには効果覿面だった。
オルバは魔力も体も限界だ。対するアルマは余裕がある。
絶望的な状況を前に、オルバはもはや認めるしか無かった。
「……降参だ」
苦々しく吐き捨てたその言葉をもって、彼らの戦いは幕を下ろす。
試合終了を告げる鐘の音がフィールドに響き渡った。
***
「ふぅ……なんとかなった」
疲労を込めた息を吐く。一仕事終えたセラリエルがこちらに歩み寄ってくるのを見て、
「ありがとう、セラ。君のおかげで勝てた」
「召喚獣ですから、当然です」
当たり前のように人語を話すセラリエル。召喚獣の中には、このように人語を話せるものもいる。
「しかし……だからこそ解せません。なぜすぐに私を呼ばないのですか?私なら、あのくらい──」
「いや、悪いとは思ってる。だが君は俺にとって最大の切り札だ。強力な反面、負荷も大きい。それに相手も君を知ってるからこそ、警戒して対策を用意してる事もある」
「だから私を使わずに戦うというわけですか。確かにその理屈から考えれば、正しい判断とも言えますが……まぁいいでしょう。いえ良くはありませんが、その話は後です。とにかく──」
次第にセラリエルの体が透けていく。
送還される寸前、彼女はアルマの耳元に口を寄せて言った。
「──ご褒美、楽しみにしてますからね?」
直後、セラリエルの姿が消滅する。残されたアルマは一人ため息を吐いて呟いた。
「…………どうしたものか」
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