賀正

板垣鳳音

祝い

 この地域にしては珍しく、花びらのように大きな牡丹雪が降り始めていた。

 永遠と連なるかのように思える垣根に沿って歩き進めると、次第に重厚感のある瓦屋根が見え始め、棟門むなもんをくぐると、手入れの行き届いた日本庭園のある広大な屋敷がそびえ立っていた。

 この日本家屋は、我が一族の本家であり、私はこの家の次男であったが、実家に帰るのは実に四年ぶりであった。

 高校卒業後二浪し、昼夜問わず勉強に明け暮れ、ようやくの思いで第一志望の大学に合格することができた。

 大学進学のために上京してからは、勉強に力を入れ、取れるだけ単位を取り、放課後は生活費や学費を賄うためにアルバイトを掛け持ちした。

 就職活動も思い通りに進めることができ、見事東京本社の企業の営業職に就くことができた。

 就職してからは平日は仕事を第一に、朝早くから夜遅くまで働き、その疲れを癒すかのように休日には寝続ける日々を送っていた。暇がなかった、というと語弊があるが、帰ることは今日までなかった。実家は、東京から新幹線で1時間半ほどの距離に場所にあるが、休日は寝て過ごし、年末年始やお盆休みの長期休暇は友人と過ごすことが多かった。

 玄関の扉を開けると、長い廊下の奥の部屋から賑やかな声が響いていた。

「ただいま。」

 しばらくすると、声を聞きつけた親戚の子供たちが走って玄関に向かってきた。

「兄ちゃんおかえり!」

「久しぶりだね!」

 小学生になったばかりの子や、低学年の子が多いと思っていたが、走ってきた子供たちは高学年くらいの見た目になっていた。四年も会っていないと子供の成長は驚くほど早い。

 子供たちに手を引かれ、靴を揃える余裕もなく玄関に脱ぎっぱなしのままで部屋へと向かう。声は大広間から聞こえており、大広間を覗くと折り畳み座卓が幾つも出されていた。座卓の上にはおせち料理やお雑煮、酒類が所狭しと並び、一般家庭とは思えないまるで料亭のようになっていた。座卓を囲って飲み食いしている人の間を縫うように子供たちが走り回っており、女性陣はエプロンをして忙しなく酒や料理を運んでいた。

「お久しぶりです。皆さん、あけましておめでとうございます。」

 声を聞いた人たちが振り返り、笑顔で迎えてくれる。促されるままに近くの座卓に座り、あれも食え、これも食え、と料理が出された。それを少しずつ食べ始めるが、親戚からの質問攻めでほぼ手が付けられずにいた。誕生日が年末だったこともあり、親戚の人々に囲まれながら

「誕生日おめでとう!」

「久しぶりだね仕事頑張っているかい?」

「食べるものに気をつけて、健康でいてね」

 などと、新年や誕生日を祝われる。どの言葉も温かく、何とも言えない幸福感に包まれる。

 しばらく話をしていると、自然と現在の仕事や東京での生活の話題に移っていく。目を輝かせて矢継ぎ早にあれこれ言葉が飛び交う。その中には、悪意なく東京では彼女が出来たのか、結婚する相手はいるのか、といったことも含まれていた。

 人付き合いというのは、時々窮屈で憂鬱になる。それは親戚や家族にも当てはまることで、近すぎることでお互いの有り難さや良い所が見えなくなってしまう。きっと自分も無意識にそう思ってしまっていたから、四年も実家に寄り付かなかったのだろう。

 ただ、それだけが全てではない。家族がいる、それだけで多大な安心感や癒しを得られる。家族から得ることができる幸福というのは、他のどれからも代替不可である。

「さあ、これで今日の集まる予定の人は全員集合することができました。改めまして、新年のお慶びを申し上げます。本年も変わらぬご厚情のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。」

 いつしか前に出て挨拶を始めた祖父に全員の視線が集まる。仕切り直しといったところでようやく配膳された食べ物を口に運ぶことができた。


 お正月、親戚や家族全員がここにいる、それ以上の祝福はもう必要なかった。集まれることが、会えることが当たり前ではない。その幸せを噛み締めながら、今年が始まった喜びを感じて外へと視線を向ける。真っ白な雪が庭や屋根を静かに染めていく。その景色に、自然と心がほぐれ、胸の奥で喜びが跳ねるのを感じた。

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賀正 板垣鳳音 @118takane

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