掃除道

たか野む

掃除道と掃除しない道

 和年承応二年。西暦で言えば1653年。平野で二人の男たちが対峙をしていた。

 二人とも年は三十代半ば。身分は武士であろう。対極の身なりをした二人であった。


 一人は月代も綺麗に剃り上げ、髷も鬢付け油で整えられ、着ている裃も清潔な男であった。

 対峙するもうー人の男はまるで獣。髷はゆっていたが、月代の剃りは荒く、無精ひげをもじゃもじゃ生やし、身なりも汚く見るからに不潔であった。

 

外見だけで判断するなら片方は武士、片方は山賊と言ったところか?

 しかし、見るものが見ればわかるであろう。

 対峙した両者は二人とも何らかの「達人」であると。


「行くのか、弟よ」

 悲しそうに兄である身ぎれいな方が、汚い浮浪者のような弟に尋ねる。

「おう!」

 弟はダニにでも喰われているのか、全身を掻きながら短く答えた。それ以上、話すことはないとその身をひるがえす。


「弟!」

 兄はその背に声をかける。弟は振り返らないし、足も止めない。

「我らは道を違えたかもしれない! しかし、しかしだ! そんな我らの道もいつか必ずまた交わると私は信じているぞ! 何年、何十年、何百年か先、我らの道は必ず交わるぞ!」

 弟は最後まで振り返ることをしなかった。

 兄はその姿が平野から消えても、いつまでもいつまでもせの背中を見つめ続けていた。


      ◇◆◇


 令和七年。西暦で言えば2025年。12月31日の大晦日。

 二人の男女が有楽町線に乗って揺られていた。

 とか、モノローグを付けてみるが男の方は俺こと畑中三平で、女の方はサークルの後輩、仲サツキである。


 仲サツキは背が低く滅茶苦茶、猫背だ。髪の毛もぼさぼさで、性格もちょっと変なのでうちのサークルでも浮いている。サークルはボードゲーム研究会である。うちの大学のボードゲームサークルはカジュアルな方と割ときちんとした高レベルで格式ばった方があるが、カジュアルな方である。

 男子比率が多いサークルでも姫にならず浮いてるサツキだが、俺は不思議と彼女と馬が合い仲が良かった。趣味と性格が合うので二人で話すと盛り上がった。


 うん。まぁ、正直に言って、普通に好きです。

 今日は仲サツキが「暴力的な映画が見たいっす」というので大学のサークル部室でサークルメンバー数人とで思いっきり暴力的な香港映画を見た帰りである。

 映画は四年ほど前の映画だったが『暴力!』って感じで、滅茶苦茶面白かった。自然と俺とサツキはその話で盛り上がる。


「いや一凄かったっすね。ニコラスがマジセクシーでしたね」

「さすが『最後の香港映画』だよ。情勢にも負けず、ああいう映画を撮り続けてほしいぜ」

 そんな話で盛り上がるが、電車が池袋に着いた。俺はここから乗り換えだ。

 電車から俺は下りようとするが、何かに引っ張られる。

 見ると仲サツキが俺の服をつかんでいた。顔を真っ赤にしてうつむいている。


「サツキ?」

「あ、あの、先輩、その。今からうちに来ませんか!!」

「え」

 仲サツキは和光市に一人暮らしのはずだ。時間は夜の九時。今日は大みそかで深夜まで電車が動いているとはいえ、さすがにこんな遅くに男子が女子の家に行くのは、えっと、もう「そういうこと」しか思いつかない。

「え、えっと、あ、あ、は、はい」


 ここで先輩としてかっこよくリードをしたいいのだが、恥ずかしながら、俺は二十一年間、恋人はいたことがなく童貞だ。

 サッキは耳まで顔を赤くして俺から顔をそむける。

(待て待て待て! これはそうなのか!? そういうことなのか!?)

 

 俺だって顔を向けたかったが、上ずった声で返事をする。

「え、あ、そ、その、いいのか?」

「は、はい!」

 いったい何がいいのかわからないが、阿保みたいなこと聞いた俺。以降は両者、和光まで一言も喋らなかった。


 電車のアナウンスと、自分の心臓の音だけがやたら大きく聞こえていた。

 和光で降りた俺はまるで自分が自分ではない夢遊病者のように電車から降りて、サツキについていった。


 胸には「ついに今日、自分にも恋人ができてしまうのか」という期待と、未知に対するほんのわずかな恐怖で満ちていた。

 俺は有頂天だった。完全に浮かれていた。

 サツキのマンションの玄関が開くまでは。


「うっわ、家、汚ったな!!」

 扉の先、目の前に出現したゴミ屋敷に対して思わず俺は叫んでいた。


      ◇◆◇


「む、先輩! 女の子家に入るなり、第一声が『うっわ、家、汚ったな!』はないでしょう!」

 仲サツキがムっとして非難の目を俺に向ける。

「だって! だってよ!! え、ちょっと信じられないくらい汚いんですけど!?」

 よくネットやテレビ番組で見る「ゴミ屋敷」。それに匹敵するというか、凌駕するくらい家が汚かった。


 もとより俺は、というか、実家の畑中家はかなりの綺麗好きだ。徹底して掃除を行う家系であり、俺も一人暮らしを始めても掃除は徹底的にやり、遊びに来た友人が「畑中の家、モデルルームみたいだな」と驚くほどである。

 ゆえにこのギャップの精神的ダメージは計り知れない。

 俺の心の中にいた「今日恋人ができるか!? あわよくばキスしちゃうか!? も、もしかして童貞卒業か!?」という性欲の化身は、この衝撃に消し飛び、光の粒子になって消えた。


 そしてサツキはまた赤面して顔を背ける。

「あ、もしかして……自分が知らないだけで『家、汚ったな』って『月がきれいですね』的な意味があります?」

「『家、汚ったな』の意味は『あなたの家がとても汚い』です」

 改めてサツキの部屋をみる。汚かった。気のせいかもしれないと思って目をこすってみるが汚かった。ワンチャンかけてほっぺをつねってみるが痛かった。そして汚かった。


 少し遅れてガツンと衝撃がやってくる。

「えええ!? なんでこんな汚いの!? ていうか、よくこの状態で俺を家に呼んだね!?」

「せ、先輩にはありのままの自分を見てほしいっすから……」

 仲サツキは照れながらそっぽを向く。

 か、かわいい。

 心の中で復活した性欲の化身は「でも、この部屋で童貞卒業とか無理でしょ」といった。まず雰囲気どうこう以前にどう考えてもそういうことを致すスペースすらないぜ。

 そんな俺をよそにサツキは語りだす。


「そもそも、実は自分の家がこんな汚いのは理由があるんすよ」

「おお。そうなのか? 普通に片づけられないからじゃなくて?」

「違うっす。とりあえず、説明したいから中はいりません?」

「ゴミの壁で奥が見えないから、中があるかわからないし、そもそも床が見えないんだが」

「床はないっす。そこのペットボトルが比較的綺麗なので、踏んできてください」

 床はないのか。生まれてはじめて言われたよ、そんなこと。


「なぁ、どっかのファミレスで話さないか?」

「そ、それは」

「だめなのか?」

「今日はその、先輩とは友達を超えて、恋人の関係になりたくて、勇気を出して声をかけたっす。たぶん、ファミレスで話したら自分たちの関係、友達のままっすよ」

「中で話そうか、サツキ!」

 俺も勇気を出して、サツキの部屋に足を踏み入れる。

 なんか、変な液体が足の裏に付着しているが気にしないことにした。


      ◇◆◇


「へー、ああ見えて奥はきれいなんだな。……とか言いたかったよ。クソが」

 奥もすっげ一汚かった。ベッドと思わしきふくらみはあるがゴミで隠れてて布団は何も見えない。サツキが散らかったごみを蹴り飛ばすと、緑色の何かが出現する。

「ささ、先輩、座布団に座ってください」

「座布団!? 何かのコケでは!?」

 こわごわ座るが、ケツがじんわりと座布団から染み出た何かでぬれていく。


「よいしょっと」

 サツキが手を動かして、ゴミを一掃すると何かの油や付着した歯磨き粉等で汚れ切った机が出現した。一掃されたごみはまた床に散乱する。

「今、お茶を入れますね」

「いや、何をどう考えても、お前の家のお茶は怖いからいいんだけど」

 しかし、出されたのは紙コップとペットボトルのお茶で普通に飲めるものだった。空になったペットボトルをサツキはまた床に放り投げた。こうしてごみが累積してるのか


「サツキ。じゃあ話すか。さっき入るとき、『汚いのには理由がある』って言ったよな?」

「はい。あの道ってありますよね? 道路の事じゃなくて、空手道とか剣道みたいな」

「ん?」

 全然想像すらしてない点から話からスタートして困惑する。いや、「サツキはずぼら」以外の理由が俺には推測もできなかったが、まさかそんな話から始まるとは思わないだろ。

「で、それに『掃除道』ってのがあるんっすよ」

「『掃除道』!? どう考えても今の家の状況とは無関係の道だよな! むしろ真逆つーか!」

「一旦話を聞いてください!『掃除道』は江戸時代初期に、『掃除する蔵』を開祖にできた『掃除という行為』を体系化した道でして……」

「開祖の名前、だっさ!」


 そういうものの、何かが俺の中でチリチリと引っかかった。『掃除する蔵』。俺は昔、何かその名前を聞いたことがある気がする。

「それで『掃除道』は『掃除する蔵』と、その一族により発展していくのですが掃除道設立から十年。『掃除する蔵』の弟が『掃除道』から離反をするんすよ」

「『掃除する蔵』の弟か」

「『掃除しない夫』っす」

「大丈夫!? やる夫とやらない夫みたいになってきたけど!?」

「『掃除しない夫』の主張はこうっす」


 そういうと、サツキは立ち上がり演説を始めた。

「獣の住処はゴミだらけか! 違うだろ!? 掃除なんてするだけ無駄で、人間、究極的にありのままに生活をした姿こそ、完成形なのではないか!?」

 なぜか俺には演説するサツキの後ろに髭もじゃの汚らしいおっさんの姿が見えた。サツキはまた俺の前に座りなおす。


「そうして設立されたのが、『掃除しない道』。自分は、その『掃除しない道』の十一

―代目正統後継者っす」

「全然『なるほど』ではないんだが、まぁ、確かにお前の部屋が汚い理由にはなってるな」

「『プロフェッショナル仕事の流儀』に『掃除しない道』の達人として呼ばれてもいいと思ってるっすよ」

「お前が出るのはどう考えても『THEノンフィクション』だろ。そもそも『掃除をしない道』ってなんだよ。ただ掃除しないだけだろ? 格闘技みたいな技とかあるのか?」

「あるっすよ! きちんと理論と体系だって、整理された日本の伝統っすよ!えーっと、極意の秘伝書がこの辺に」


 そういうとサツキはごみの山から何か巻物を取り出す。

 極意の秘伝書が!?

 ごみの中から直に!?

 やはりというか、秘伝書の巻物は汚れだらけであった。いや、『掃除しない道』の秘伝書が失伝してないだけ奇跡か。


「その秘伝書に『掃除しない極意』が書いてあるのか?」

「そうっすね。先輩にも教えていい、初級に書いてあることをかみ砕いて言うと。ほら、床ってどのご家庭にもあるじゃないっすか。先輩の家にもありますよね?」

「普通あるんだよ。お前、床がない家ってマインクラフトでしか作れないからな」

 いや、こいつの家は床がない! マインクラフトじゃなくても作れる!


「江戸時代の言い方を現代風に言い換えるなら、『床って収納スペース』だと気づくと『掃除しない道』の初級っすね」

「お前は何を言ってるんだ? しかし、サツキ。お前はただのずぼらな女ではないと言いたいわけか?」

「はい! 鋼の意志で部屋を汚している女っす!」

「対外的には両者の見分けがつかないんだよなぁ。『掃除する蔵』と『掃除しない夫』ねぇ。掃除道と掃除しない道」

 きっきから何かが頭の隅で引っかかっている。何か忘れている気す


「掃除道。掃除する蔵」

 俺はうつろな目で二つの言葉をつぶやき続けた。

「先輩?」

 当たり前だが、サツキはそんな俺を心配そうに見る。

 もう少し。もう少しで何かを思い出しそうなんだ。もう少しで……。


『これより伝承戦を行う!!』

『掃除道は一子相伝の暗殺拳!』

『貴様ら弟子たちのうち、勝利したものを正統後継者とし、あとは記憶を消し、普通の庶民として生活をしてもらう!』

『10分やる! 10分でこの汚部屋を掃除せよ!手段は問わぬ!!』

『愚弟よ! うぬが継げるよう掃除道ではないわ!!正統後継者はこの我一人よ!!』


「あああああ!」

 突如、全てを思い出し、俺は叫んだ。心配そうにサツキが俺の目を見る。

「ど、どうしたんすか、先輩!?

「なぁ、サツキ。俺思い出したんだが」

「なんすか?」

「俺、『掃除道』の後継者候補だったわ……」

「えぇ!?」


 そうだ。

 思い出した。

 俺は幼少期かは師匠(現在モロッコ在住)に、掃除道をたたきこまれ、十数人の伝承者候補と厳しい修行をしていたんだ!

「なんでそんな大事なことを忘れてたんすか!?」

「いや、忘れてたというか、記憶を消されてた」

「き、記憶を!?」

「思い出したけど、『掃除道』は長い年月をかけていくうちに、『暗殺拳』としての側面を持ち始めだった。『幕府の邪魔者を掃除する道』としてな」

「も、文字通り掃除人スイーパーだったんっすね……『掃除しない道』は純化したまま年月を重ねたのに」

「もちろん、部屋の掃除もする。だが、暗殺拳でもある掃除道は一子相伝。伝承戦で負け、俺の兄さんが掃除道を継いだ。『掃除道』を継げなかった俺は『掃除道』の記憶を掃除されたんだったわ」


 荒唐無稽なはずの『掃除しない道』をすんなり受け入れるわけだ。俺自体が荒唐無稽な男だったとは。

「じゃ、じゃあ先輩と自分は敵同士だったんっすか!?」

「道がたもとを別れただけで、敵対してわけじゃないだろう」

「ああ、先輩! 先輩はどうして、ロミオなの!?」

「いや、そんなロマンチックではなく『綺麗好き』と『汚部屋の女』だと思うが」


 ただの綺麗好きではなく、いくつか暗殺拳も思い出してしまったが、とりあえず黙っておこう。

 その時俺のスマホが振動する。

 誰かからの電話だ。俺は画面に表示された名前を見て、目を丸くした。

「え、兄さんからだ」

「せ、先輩の兄さんって『掃除道』の正統後継者っすよね!?」


 俺の実兄、畑中冥王。

 身長二メートルを超える筋肉質の男で、若くしてかなり大手のベンチャー企業を創設したCEOだ。なぜかトゲだらけのカブトを付けて巨大な馬に乗って出勤し、兄さんの会社員は殆どモヒカンだ。あと、奥さんが信じられないほど美人。

 掃除道に関係のある話かもしれない。俺はスピーカーモードにして電話に出た。


『久しぶりだな、愚弟よ』

 電話口から兄さんの腹底に響くような、低くてかっこいい声が聞こえる。日本全国で弟を『愚弟』って呼ぶの兄さんだけだと思うんだが。

「急にどうしたんだ、兄さん」

『記憶が戻ったらしいな』

「え! どうしてわかったんだ、兄さん!」

 まさか『掃除道』で術をかけたものを解けたらわかるのか!?


『お前にプレゼントしたアップルウォッチに[脈拍的な状況から、記憶が戻ったであろうことを推測]するアプリを仕込み、記憶が戻った際に我のipadにデータを送信するようにしてあるだけだ』

「さすがIT系のベンチャー企業だ……」

 ちなみに兄さんのでかすぎる身体にiphoneは小さすぎるので、兄はipadに電話機能をつけてスマホとして活用している。

「で、どうするんだ? また俺の記憶を消すのか? それとも……」

 俺ごと消すのか、と言おうとして兄は『はん!』と俺の疑問を一蹴した。


『愚弟よ! 今が何年だと思っている! 2025年だぞ! この時代に暗殺拳がどうとか、あまりにナンセンスであろう!』

「え、2025年に馬で出勤している人に言われたくないんですけど」

『記憶が戻っても好きにせい! せいぜい、掃除道を就活にでも役立てよ!』

「いや、面接で『特技は暗殺拳です!』とか言ってもな……」

『はぁ!!』

 急に通話中の兄さんが叫んだ。


「急にどうした!?」

『ふん! 年末でごみの収集日ではないのに、ゴミ捨て場に粗大ごみシールも張らず、冷蔵庫を捨てた馬鹿な輩がいたので、冷蔵庫を[掃除道 奥義 粗大物抹消破]で消し飛ばしただけだ。冥王軍にごみを捨てた愚か者を調べさせる』

『冥王軍』は兄さんのベンチャー企業の名前である。というか、記憶を取り戻して冷静に考えると、冷蔵庫を消し飛ばせる奴に伝承戦で勝てるはずないだろ。


『愚弟。俺の疑問は一つ。なぜ記憶が戻った? お前のプロテクトは強固。例えば、思い出すとしたら、掃除道関係者との接触及び掃除道に関する会話だが、伝承候補者は私が妹の時子以外、全員記憶を消してるし、記憶のある我と時子と師父はとても会話に気を付けている。いったい誰が愚弟の記憶を解き放ったのだ?』

 兄さんの一人称が安定しねぇな……当然、俺は逡巡した。兄さんは実弟の俺には寛容でも、サツキには寛容でないかもしれない。


「『掃除しない道』のことは話すべきではない」

 そう考えたが、俺の服を引っ張る奴がいる。もちろんサツキだった。

 スピーカーモードで起動したので兄さんとの会話は全部サツキに聞こえている。サツキは意を決した表情で「自分に話をさせてほしい」とジェスチャーする。

 俺はしばらく迷ったが、頷いてサッキに電話の前に来るように促した。


「あ、あの、畑中先輩のお兄さん、ちょっとお話良いっすか?」

『ぬぅ!? ガールフレンドと一緒だったなら先に言え! 後で電話するぞ!』

「ま、待ってください! 自分が話があるっす!」

『うぬ、まさか! 貴様ら結婚するのか!? それであれば対面で正式に伝えよ! 正月はいつ帰るのだ!『

「そ、そうでもなくて! いいから自分の話をきいてほしいっす」

 そういうとサツキは『掃除しない道』について、話を始めた。兄は質問や相槌を挟みながら長時間サツキの話を聞いていた。


『うぬが[掃除しない道]の伝承後継者か。わははは! 話には聞いていたが、とうに失伝したと思っていたぞ!』

 兄はサツキの話を聞き、面白そうに笑った。とりあえず、「掃除しない道は敵!」みたいな話にならず安心する。

『なるほど愚弟の記憶が戻った件は納得がいった。そして、サツキ、貴様は我が愚弟が好きだな!!』

「え、え、え、ええ!? は、はい」

 サツキは赤くなり、うつむくと静かに肯定した。俺も真っ赤になっていた。

 普通に嬉しい。


「両片思い」的な期間が長すぎて「俺もこいつのこと好きだけど、こいつも俺のこと多分好きだよな。いや、でも好きじゃなかったらどうしよう」的な迷いが長すぎたわ。

『愚弟! 貴様、女にだけ本音を言わせる真の愚か者だったのか!』

 兄さんに言われてハッとなりサツキにふりかえる。

「お、俺も! 俺もサツキが好きだ! 大好きだ!」

「せ、先輩」

「サツキ」


 俺たちは見つめあう。兄さんの圧倒的なマンパワーのもと、奥手二人は強制的に兄の対面で告白してしまったが、もちろん俺の胸には深い喜びが去来している。

 そして、そんな俺たちを前に兄さんは声を発した。

『だが、付き合うことはまかりならん!!』

 俺もサツキも驚きで目が見開く。

「え!? 今の完全に認める流れでしょ!?」

「なんでっすか!? やっぱ自分が『掃除しない道』の後継者だからっすか!?」

『いや、普通にそんな汚い部屋の女が親族になる可能性があるのは嫌だ』


 兄は病的な潔癖症だ。冥王軍でも社内を汚すモヒカンは指先一つでダウンさ。(※限りなく爆殺しているように見えますが、そう見える技であり、モヒカンは無事です)

『仲サツキ! 弟と付き合いたくば、掃除しない道を捨て、今すぐにそのマンションを掃除せよ! 12月31日の大掃除はゲンが悪いが、この際、しかたあるまい!』

「え、『掃除しない道』を捨てる!?」

 サツキは露骨に動揺して、その表情に大きな不安をよぎらせる。

「だめ、なのか、サツキ」

「いや、捨てるのは問題ないと思うっすけど、ただ、怖いんすよ。掃除しないまま、二十年近く生きてきたっすから、今更、自分に他の生活ができるのか、怖いっす」


 俺は不安そうにするサッキの手を握る。

「サツキ。大丈夫だ。絶対にお前の部屋を綺麗にしてやる。俺も一緒にいてやるから、だから安心してくれ」

 そういって、なお不安そうなサッキに俺は耳打ちした。

「それにお前が『掃除しない道』を捨てられないなら、一緒に逃げちゃおうぜ」

「先輩」

 サツキは決意を固めると俺のスマホに向かって力強く断言する。

「わかったっす! 先輩のお兄さん! この仲サツキ、『掃除しない道』をやめ、今からこの部屋を掃除するっす!」


 サッキの宣言を聞いた兄さんが、嬉しそうに声を発した。

『若人の邪魔はできん! 邪魔者は去るとするか! 我は一月三日に我が妻、ユリナと帰省する! 貴様もその娘を連れてこい! そいや! 速度を上げろ、ブラックキング号!』

『ヒヒーン!』

 兄さんは電話を切った。え、もしかして、さっきから馬上で電話してた? ていうか、12月31日の夜に馬に乗ってるってもしかしなくても退勤? ベンチャーって忙しいんだな……。

「じゃあ、サツキ」

「はい」

「掃除するか」

「……はい」


  超汚いゴミ屋敷。終わりの見えない掃除を想像し、サツキがげんなりとする。

 大丈夫だ。お前には掃除道伝承者候補だった男がついてる。

「掃除道具の購入からかぁ。年末だから、スーパーとか100均とかしまってるっすよ」

「とりあえずはごみ袋だな。コンビニでいいだろう。いや、まず和光のゴミ捨てルールを確認かな」

 やれやれ、二人の初デートは「コンビニに掃除道具を買いに行く」になりそうだ。


      ◇◆◇


『掃除道』と『掃除しない道』。

 1653年に分かれた二つの道は、

 掃除する蔵の言う通り、何百年もたち、今ようやく一つに交わった。

 あるいはそれは『掃除しない道』の消滅であり、敗北だったのかもしれない。

『掃除道』が正しく、『掃除しない道』が誤っていたという帰結だったかもしれない。

または道を誤り暗殺拳とかした『掃除道』が、正しかったはずの『掃除しない道』が吸収された悲劇かもしれない。

 だが若い二人は、ただ幸福そうであった。


「あ、先輩。除夜の鐘っすよ」

「そうだな」

「なんか、先輩とこうして除夜の鐘が聞けて自分幸せっすよ」

「なんか終わった感出してるけど、お前の部屋掃除、行程的に1%も終わってねーからな」

「はーい」



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