絶対零度の永久会

奈月遥

第1話最終回

 空気も凍り付いて木々に白い花を纏わせるような、光冷ひかりひえる朝に、彼女はコンパスを真っ直ぐに伸ばした足取りで影を跳ねさせる。

 その後ろを一人の男子がバツの悪そうな顔でついていく。

「冬の寒さってさ、いろんなものを長持ちさせてくれるじゃない? 大根とか白菜とか林檎とか」

「食べ物ばっか。空き部屋が天然冷凍庫になるだけじゃん」

 言いながら彼はぶるりと体を震わせる。この雪に埋もれる冬の土地から逃げるようにして都会に出ていったので、もう体が寒さへの順応を忘れている。

「凍らせるって、停止させるってことじゃない。それって永遠にするってことだと思うの」

「春には融けるけどな」

「ひとときの魔法って、素敵よね」

「ああ、そう」

 夢見がちな彼女の世界観に、彼はついていけない。

 だから逃げた。彼女がここからどこにもいかないのを知っていて、東京へと進学した。そして大いに後悔した。

 どんなに理解出来なくても。

 そんな事実、人の持つ理不尽な感情っていうものには、なんの支障もきたさない。

 だから彼女はなんの気後れもなく彼をこんな肌を通り越して心臓も凍り付かせそうに寒い早朝に連れ回している。

 この目映い日差しこそが世界を冷やしていると錯覚してしまいそうな、明るいのに死を実感する景色の中を、たった二人で散歩する。

 それはどんな夢よりも待ち遠しかった。

 そして空の日差しと、それを跳ね返して一面に雪磨ゆきみがかれて輝く大地と、その両方に照らされて一番お姫様気分を味わえるきらきらな立ち位置で彼女は足を止めて振り返った。

 自信満々で、少し悪戯っぽく、そして溢れる想いのままに甘く、はにかんでいた。

「絶対零度の氷みたいに美しく、永遠で、完全に、あなたを愛しています。どうかわたしの想いで、きみも気持ちを不変にしてくれるかな?」

 おっかない、と彼は率直に思った。

 それと同じだけ、もうとっくに手遅れだとも思った。

 だから、ここに帰ってきて彼女に会うのは嫌だったんだ。

 それでも、自分に逢いに来てくれるのだって、彼女は分かっていて、そしてこうしてとどめを差してあげた。

 凍るように冷え切った唇が、相手を啄んだ。


 完

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絶対零度の永久会 奈月遥 @you-natskey

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