霊媒探偵神原天音は天国に行きたい

王虎王白

第1話 面接


人生とは選択の連続だ。

選んだもの、選ばなかったものによって運命が決まる。

そうした選択したものは、時に人の人生を大きく左右することもある。

この話もきっとそういうことなのだ。

俺があの日、あの貼り紙に気づいたことから、全て始まったのだから。



それなりの人生だった。

それなりの家に生まれて、それなりに勉強して、それなりの大学に入った。

「なんか思ってたのと違う」。そんな理由で講義に出なくなり、単位が足りず留年。その後     ズルズルと自主退学したのも、現代ではそう珍しくない。それなりにあることだ。

 照りつける日差しの中、見知った道を歩きながら心中で言い訳を並び立てる。単発のアルバイトが入っていない日は、アパートにいてもすることがない。退屈凌ぎに街をぶらつくのはすっかり日課になっていた。

 せめて何かしら趣味でも見つけるか定職に就くなどすれば少なくともこの退屈からは解放されるのだろうが、どうにも面倒臭い。持って生まれた気質というのはどうにも治らないものだ。

小さな工場の角を曲がりかけた時、ふと貼り紙が目に入った。電柱に粘着性のシールで貼り付けられた真新しいソレは、確かに三日前まではなかったものだ。

 どうせこのまま歩いていてもすることもない。暇つぶしに目を通してみる。

(神原探偵事務所助手募集……。探偵事務所? 今時あるんだな……)

 読み進めてみると、意外なほど待遇は良かった。事務所の場所も家からそう遠くなく、徒歩で十分通える距離。長期契約なのも今の俺の境遇にピッタリだ。土日祝は休みで業務内容は軽く、何より給料が抜群に高い。この辺りの飲食店なんかより数倍はあるだろう。

(どうせ暇だし、適当に応募してみるか)

 ものぐさな性格も大金の前には正直だ。俺はスマートフォンを取り出し、貼り紙の一番下に印刷されたQRコードを読み取った。


数日後。

 アンケートで希望した時間の五分前に、記入済みの履歴書を携えてビル前に到着する。何度か前を通ったことはあるが、どんなテナントが入っているのかなど意識したこともなかった。どうやらここの三階に最近入ってきたらしい。

 ほとんど形式的なものとなっているアルバイトの面接とは違い、ある程度踏み込んだことも聞かれるだろう。緊張していないと言ったら嘘になるが、まぁ通れば儲けものだ。金の魔力とは恐ろしいもので、俺はすっかり気楽になっていた。

滴り落ちる汗を拭い、リノリウムの階段を登る。内装も見たところ、どこにでもある普通の雑居ビルだ。本当にこんなところに探偵事務所があるのだろうか?

 やけに急な階段を登り切ると、周りの雰囲気に合わない木製の扉が目に飛び込んできた。雰囲気のある骨董品店のような荘厳な扉は、明らかに他のフロアの部屋のものとは違う。まさか特注なのだろうか。ど真ん中に下げられた「神原探偵事務所」のルームプレートも含めて、まるで外国に来たような錯覚すら覚える。

 予想外の光景に思わず足を止めてしまったがすぐに我を取り戻し、重い足を引きずって扉の前に立つ。ここまで来てようやく気がついたが、俺はもしやとんでもないことに首を突っ込もうとしているのではないだろうか。

 しかし今更ドタキャンするわけにもいかない。折角時間を取ってくれたのだから、面接には出るべきだろう。どうせ暇つぶし程度の気持ちで来たのだから、ヤバい奴が出てきたら適当に理由を並べて帰ることにしよう。うん、そうしよう。

 脳内シミュレーションを済ませ、ドアを恐る恐るノックする。ドアノッカーなんて初めて見るが、予想以上に重いものだ。

 ドンドンドン、と重い音が響く。ややあって室内から、

「あぁ、どうぞ。鍵は開いていますので」

と返事が返ってきた。若い女性の声音だったことにやや驚きながら、扉を押す。

「失礼します」

 室内の様子はまるで小説の世界のようだった。壁際には隙間なくファイルや書類、書籍が詰まった資料棚が据えられ、その前には古い木の机と一人掛けの革張りの椅子。机の上には何らかの資料が散乱し、部屋の中央には、来客用と思しき二人がけのソファが向かい合わせに一対。滑らかな革の色合いが目に眩しい。そして、ブラインドがかけられた窓のそばに彼女は立っていた。

 自分より少し背が低いので、身長は百六十~百六十五センチくらいだろうか。腰あたりまで伸びた黒い髪はまるで夜を編み込んだように鮮やかで、彼女が持つミステリアスな雰囲気をより醸し出していた。切れ長の瞳は鋭く光り、銀のフレームの細メガネと合わせて人物の内面を一目で見透かすような知性を湛えていた。服装は季節に似つかわしくない白の長袖シャツとブルーのスラックス。男性的な服装が長い髪とアンバランスで、一目見た瞬間に強く印象に残ったのを今でも覚えている。

「本日はご足労いただき、ありがとうございます。どうぞ、かけてください」

 彼女はソファに座るよう俺に向けて促すと、ツカツカと歩き出し片方のソファに腰かけた。有無を言わさぬその姿勢に促されるように、俺も急いでもう片方に腰を下ろす。

「では、橘晃さん。早速ですが、面接に入ってしまっても?」

 泰然としたその態度に引っ張られるように、俺もいつの間にか落ち着きを取り戻していた。

「えぇ、問題ありません」

「それはなによりです。では、お聞きしますが──」

 少し身構える。思った以上に本格的な事務所だ。専門的なスキルなど何一つ持ち合わせていないが、果たしてどんなことを聞かれるのだろうか。

「橘さん、家事はお得意ですか?」

「……は、家事、ですか」

 面食らってしまった。志望動機でも所持技能でもなく、家事の得手不得手が聞かれるとは流石に予想外だ。思わずオウム返ししてしまう。

「えぇ。料理や掃除、洗濯等ですね。これらが苦手だったりはしますか?」

 どうも勘違いではないらしい。意味は分からないが、俺は一人暮らしを始めて長い。暇な時間で料理に少し凝っていたのもあって、人並み以上には出来る筈だ。

「い、いえ。まぁ、人並みには、出来ますが……」

「はい、ありがとうございます。では採用の運びになりますので、明日から早速勤務をお願いします」

 …………?

「え?」

「私がだいたい昼頃に起きるので、それくらいの時間帯に来てもらって家事全般をしていただくことになります。合鍵はコチラですね」

 採用? 今この人採用って言ったか? 合鍵がどうのって言っているし、多分間違いないよな。

 え? たったこれだけで?

「え? あぁ、どうも……?」

 上の空で空返事をすると、肯定と受け取ったらしくどんどん話が進んでいく。

「契約書とかはよく分からないのでとりあえず後回しにするとして、早速昼食を作っていただけますか?日本には来たばかりなので和食を希望します」

「あ、いや、ちょ、ちょっと待ってもらえます?」

 思わず大きな声を出してしまう。このまま行くと彼女との間に取り返しのつかない認識の齟齬が生まれてしまう気がする。今のうちに早急に擦り合わせておく必要があるだろう。

「はい。なにか?」

 本気で心当たりがないという顔をしている。あまりにも迷いのない瞳をしているので、自分が間違っている気すらしてきた。

「いや、ちょっと置いてきぼりにされてついていけなくって。あの、確認ですけど、私は採用なんですか?」

「えぇ。おめでとうございます」

 ホントに採用だった。まぁそれは今となっては些細なことだ。

「あぁ、ありがとうございます。いやそうじゃなくて、『家事出来る』ってだけで採用なんですか?」

「えぇ、そうですが」

「そうなんですか⁉」

 自分でも驚くほど大きな声が出てしまう。それも仕方ないだろう。なにせ殆ど面接の意味がない。

「探偵事務所の助手募集っていう触れ込みだったら、なんかこう、推理力とか、事務能力とかを求められるものじゃないんですか⁉」

「そう言われても……。それは私だけで事足りますし……」

「……あぁ、なるほど。なるほど~……」

 なるほど、この人こういうタイプか。軽く頭痛を覚え、眉間を手で揉みながら呻くような声を漏らす。 クールでミステリアスな美人という第一印象は既に吹き飛び、子供を相手にしているような感覚を抱いた。

「……まぁ、理解しました。あなた……、えっと……」

「あ、自己紹介まだでしたね。神原天音です。よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げる。俺もつられて会釈をした。

「あ、はい。よろしくお願いします。えっと、神原さんは家事があまり得意ではないのですか?」

「えぇ、全くこれっぽっちも出来ません」

 どこか誇らしげにハキハキとした口調でこれ以上なく情けないことを口にする。なんでちょっと胸張ってるんだこの人。

「自信満々な理由は分かりませんが、分かりました。それでもう一つ聞きたいんですが、大丈夫ですか?」

「はい、どうぞ」

「契約書後回しにしていいわけなくないですか?」

 俺もあまり詳しいわけでは無いが、給与が発生する以上契約関係を疎かにするのは流石にマズイだろう。彼女も当然その感覚は持ち合わせているものだと思った、が。

「……そうなんですか?」

「そうですよ⁉」

 キョトンとした顔でそうのたまった。マジか、この人。

「……ふむ、まぁそれはどうにかなるでしょう。それより早くご飯を……」

「いやいや、ダメですって! 双方不幸になりますってこういうの先送りにすると!」

 何故か気乗りしない様子の神原さんを窘め、スマートフォンを取り出して契約書のテンプレートを調べる。そこまで本格的なものでないとしても、適当な紙に書くだけである程度の法的拘束力は認められるらしい。

「えー……。お腹空いたんですけど……」

「えーじゃない!」

「でも……」

「でもじゃない! 一緒に書きますよ! 昼飯はそれからです!」

 最初に部屋に入った時にいたミステリアスな美女は一体どこに行ってしまったのだろうか。今俺の目の前にいるのはほとんど大きな子供だ。

「甲乙の使い方は、これでいいんだよな……? 契約事項も多分これで漏れはない、はず……」

 デスクの上にあったコピー用紙にペンを走らせて、重要そうな文言をほとんどそのまま写す。出来は悪いが、明日にでも改まったものを印刷して持ってくることにしよう。

「よし、これで多分問題なし! 神原さん!」

「はい?」

「ここと、ここに名前書いてください! フルネームで!」

 ボールペンを差し出しながら入力欄を示すと、神原さんは真剣な顔つきで契約条項を確認しだした。長い睫毛は彼女の瞳を隠す帳のようで、瞬きをする度に空気を優しく撫でた。

 黙っていれば美人だな、この人……。

「うん、内容に問題は無さそうですね」

 彼女はそう呟き、気品溢れる所作でサラサラとペンを走らせる。楷書の「神原天音」の文字が軽妙な筆致で紙面に踊った。

「これで大丈夫ですか?」

「…………うん、問題ないはずです。権利と義務についてもちゃんと書いてあるし、甲と乙も特に漏れはない……」

 テンプレと見比べて問題がないかどうか確認する。捺印がないことが不安要素だが、短期的なものなので特に支障はないだろう。

「よし、これでとりあえずは大丈夫なはずです。急拵えなので、正式なものを明日までに改めて調べて作ってきます」

 いつの間にか完全に世話を焼いてしまっていた。俺はこんなつもりでここに来た訳では無いのだが、もしやこれから毎日こういう感じになるのか?

「何から何まで、ありがとうございます……」

 少し申し訳なくなったらしく彼女が頭を下げる。何もそんなに謝るようなことではないだろう、と誤魔化すように口を開く。

「いやいや、そんな。高い給料に恥じない働きを出来るよう、努力しますよ」

 と、その瞬間彼女の動きがピタリと止まった。軽い冗談で言ったつもりだったのだが、下世話だっただろうか。

「…………高いんですか? 給料?」

 しかしそんな焦りに反し、彼女は俺の顔をまじまじと見つめながら口を開いた。整った顔が僅かに歪み、額には冷や汗をかいているように見える。

「え? は、はい。相場よりも数倍ほど……」

「…………」

 黙り込んでしまった。この人、まさか。

「もしかして、神原さん。給料適当に決め……」

「……どうでしょう橘さん、一度契約条件を見直すというのは……」

「断固拒否します」


「……では、契約更新の際に給与体系は見直すということで……」

「覚えていてくださいね……!」

 なんで喧嘩腰なんだこの人。恨めし気な目でこちらを睨む彼女にため息をつく。まぁ高給を譲らなかった俺も悪いのだが。

話を聞く限り、どうも外国から越してきたばかりでこちらの金銭感覚に疎かったようだ。これまでのどことなく浮世離れした姿勢も、それに起因するものなのだろうか。

「まぁ冗談はともかく」

 神原さんはスッと平静を取り戻すと姿勢を正し、さりげなくメガネを直した。

「これからどうぞよろしくお願いします。業務としては私の代わりに家事をしてもらって、後は殆ど雑用ですね。橘さんはフリーターでなおかつ徒歩での通勤ですし、時間的余裕は充分──」

「……え、あの、ちょ、ちょっとすいません」

 聞き捨てならない言葉が聞こえ、思わず話を遮る。怪訝そうに見つめ返されるが、俺にはどうしても気になることがあった。

「か、神原さん。なんで俺がフリーターで、しかもここまで歩いてきたこと知ってるんですか?」

 数日前に答えたアンケートでは、名前と年齢と性別、あとは面接希望日しか回答していないし、履歴書はクリアファイルから出してすらいない。職業はおろか、通勤方法なんて彼女には知る由もないはずだ。

「あぁ、そのことですか。簡単ですよ」

 神原さんは控えめに微笑むと、なんでもない事のように語り出した。

「アンケート、答えていただいたじゃないですか。橘さんは年齢を書いていたので、最初は大学生かなと思ったんです。でもすぐに違うって分かりました」

 俺が淹れたインスタントコーヒーのカップを傾け、小さくため息をつく。

「面接の希望日が一週間のうちほとんどを占めていました。大学生であれば講義が入っているだろう平日の昼間から夕方にかけても、です。四年生なのかなとも思いましたが、この募集は長期契約です。一般的なアルバイトとは訳が違う。大学院に進むにしろ一般企業に就職するにしろ、四年生が募集してくるとは考えにくい。だから、フリーターなんだろうなと思い至ったわけです」

「な、るほど……」

「ついでに徒歩通勤だと分かった理由ですが。橘さんの姿を見て初めて気づきました」

 そう言うと神原さんは立ち上がり、窓のブラインドを上げた。たちまち部屋が眩しく照らされ、反射的に目を細める。

「今日はこの炎天下です。徒歩でもバスでも電車でも、どこかで汗をかくことは避けられません」

 彼女自身も眩しかったようで、すぐにブラインドを下げた。あつー、と手うちわをしながら再び俺の正面に腰かける。

「橘さんも例に漏れず汗をかいていますが、それが乾いた様子が見られませんでした。何かしらの交通機関を使えば、冷房で汗は一旦乾くはずです。ですがそんな痕跡も匂いもない。自転車通勤は駐輪場の関係で禁止だとお伝えしていましたし、ほぼ間違いなく徒歩でここまで来たのだろうと推測したわけです」

 聞いてしまえばシンプルな話だ。しっかりとした根拠に基づいて論理的に説明され、俺の疑問はすっかり消え失せていた。言うは易しというが、この推理にゼロから辿り着ける人間が果たしてどれほどいるのだろうか。

 さっきまでのどこか抜けた感じはどこへやら、今の神原さんはまさしく探偵であった。

「……いや、驚きました。神原さん、本当に探偵なんですね……」

 俺がぼんやりと呟くと、カップを傾けていた神原さんはムッとした顔で口を開いた。

「今までは疑っていたんですか?」

「数分前までの光景を見て疑いを持たない人はいないと思いますよ」

「…………」

 何も言い返せないようで、下唇を噛んで黙ってしまった。少し言いすぎたかと思い、話題を変える目的からずっと気になっていたことを質問してみることにした。

「あー、その、神原さんは、なんで探偵になったんですか? この時代に探偵を志す人は珍しいと思うんですけど……」


 人生とは選択の連続だ。

 俺があの貼り紙を見て応募したのも、異様な雰囲気に気圧されて帰らなかったのも、彼女の発言に反応し説明を求めたのも。

全ては何かを選び、何かを選ばなかった結果だ。

 だからきっとこれも。


「あぁ、それはですね──」


 今でも思い出せる、この時の彼女の「それが当然」といった表情も。

 今でも信じられないこの先の様々な不思議な体験も。

 今も続くこの奇妙な関係も。

 全て、俺がこの場でこの答えを聞いたことから始まっていたのだろう。


「──天国に行きたいからですよ」


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