卒業祝い

おひとりキャラバン隊

卒業祝い

「ただいま……」


 間もなく日付が変わろうかという時間、重い足取りで自宅に辿り着き、玄関扉を開けると、暗い室内に向かって私はそう呟いた。


 誰も居ない、ワンルームマンションの一室。


 お金が無くて電気代が払えず、3日前から電気が止められ、玄関のスイッチを入れても照明は点かない。


 キッチンのコンロはIHなので、電気が無くてはお湯も沸かせない。


 辛うじて水道は出るが、数か月前から水道代も払っておらず、水道局からの督促状が何通も溜まっている。


(水道が止められたら、本当に終わりね……)


 何とか頑張って支払ってきた家賃も、明日の支払いが出来なければ滞納となる。


 最後の砦として守り抜いたスマホの通信料も、今月の引き落としには間に合わなかった。


 毎日派遣労働で軽作業の仕事をしていたが、手取りで得られる給料なんて月に12万円ほど。


 なのに先月上旬から、業績悪化を理由にシフトに入れなくなってゆき、今月の給料は手取りで4万6千円しかない。


 これまでの私の人生50年、就職氷河期でロクな仕事に就けず、その場しのぎの仕事で生き続けてきた。

 両親が高齢化して介護施設に入ってからというもの、施設利用料も年金だけでは支払えず、私のなけなしの貯金も使い果たし、もうこれ以上は逆立ちしたって何も出ないところまで来た。


 ただでさえギリギリの生活をしていたのに、物価は上がるし電気代も上がるしで、私の日常は、もうどうにもならない状態になっていた。


(もう……、駄目なのかな……)


 もう50歳の私じゃ、風俗で身体を売る事も出来ないだろう。


 特別仕事が出来る訳でもない。


 両親の助けも得られない。


 結婚どころか彼氏が出来た事も無い。


 お金が無いから友達と遊ぶ事も出来ず、いつの間にか独りぼっち……


「死んだら……楽になれるのかな……」


 そう私が呟いた時、玄関扉の郵便受けでカタンと音がした。


(……また、何かの督促状かな……)


 本当ならば、そんな物は見たくも無い。


 しかし、こんな夜中に届く郵便というのも変だ。

 それに、もう死んでもいいかと思ってみると、督促状さえどうでも良い物に思えてくる。


 私は郵便受けの蓋を開け、手に触れた封筒を取り上げて見た。

 封筒には、筆ペンか何かで書いた様な達筆な文字で「卒業祝い」と書かれていた。


「何、コレ……」


 と私は、誰かのイタズラかと思い、玄関扉をそっと開いた。


 マンションの廊下に人の気配はしない。


 頭を出して左右を見てみるが、廊下には誰も居ない。


(誰が入れたんだろう……)


 誰が入れたか分からないが、別の住人の部屋と間違えたのだろう。


 そもそも、こんな年の瀬に「卒業祝い」だなんて、いったいどこの学校を卒業したんだか……


 そこで、ふと私は動きを止めた。


(卒業祝い……って事は、もしかしたら、お金とかギフト券が入ってる?)


 それがいけない事だという事は分かっているが、死んでもいいとまで思った私にとっては、今更そんな事はどうでも良かった。


 私は封筒を開けて、中身を確認する。


(いくらくらい入ってる? 1万円? 2万円くらい?)


 知らない誰かへのお祝いだと分かっていても、お金が入っているかも知れないとなると胸が躍った。


(……何、コレ?)


 中身は現金でも金券でも無く、手紙が一枚入っていた。


 それも、宛名に私の名前が書かれた手紙だ。


(どうして……私宛の手紙?)


 三つ折になった便箋を拡げてみると、そこには封筒に書かれていた文字と同じ達筆な文字でこう書かれていた。


『卒業おめでとうございます。あなたは無事に人生を卒業しました。つきましては、こちらにささやかなお祝いをご用意致しましたので、どうぞお受け取り下さい。』


(……お祝い?)


 と私が封筒の中をもう一度よく調べてみると、奥の方にもう一枚の小さな紙が入っていた。


 それを取り出して見ると、そこには手描きの地図があり、地図には「目的地」と記された場所に『ここにあるものを差し上げます』と筆文字が書かれている。


(……どこの地図だろう?)


 私はそのまま封筒を手に玄関を出ると、マンションを出て、近所のコンビニで一番安いプライベートブランドのお茶を買って、イートインコーナーの椅子に座る。


 ここなら明るいし、何より暖かい。


 私はペットボトルの蓋を開けて、一口お茶を飲んでから先ほどの地図を見る。


 簡単な地図だ。住所は書かれていない。

 封筒にも、宛名はもとより差出人の欄にも何も書いてないし、そもそも切手も貼っていない。


 つまりは誰かが直接持ってきて、玄関扉の郵便受けに入れたのだ。


 けれど折り畳んだ便箋の背には私の名前が書かれていて、それが私宛の手紙だという事だけは確かの様だ。


 となると、この地図の場所はきっと、この近所に違いない。


 地図には3本の道が交差するスクランブル交差点の様な絵が描かれていて、その角に「駄がし屋」という文字と「目的地」という文字、そして「ここにあるものを差し上げます」という筆文字以外に何も書かれていない。


 私はスマホの地図アプリを開くと、近所で同じ様な道の交差が無いかと調べてみた。


 すると、ここから直線距離で百メートルほどの場所に、地図に似たスクランブル交差点がある事が分かった。


(通った事の無い道だわ……)


 このコンビニを出て正面の公園を抜けたところにある細い道を進んだ先に、どうやらこの「駄がし屋」とやらがあるらしい。


 いつも通勤時に通る道とは逆方向なので、こちらの方は通った事が無いが、この辺りは10年くらい前に開発された住宅地で、道が入り組んでいる事は知っていた。


 時計を見ると深夜0時20分。

 とうとう12月30日になった。

 令和7年も明日で終わる。


 この地図の場所には正直なところ夜が明けて明るくなってから行きたいが、今日の15時までに家賃を払わなければ滞納になる事を考えると、早くここに行って「お祝い」とやらを受け取りたいという気持ちが先に立つ。


(……行ってみるか。それで駄目ならまた朝に行って見ればいい)


 私は立ち上がってコンビニを出ると、正面の公園を抜けて反対側の道に出た。

 その道を地図を頼りに数十メートル歩くと、その交差点は確かにあった。


 細い道ばかりで6差路になった、申し訳程度に信号機がある交差点だ。


 そして交差点の角に、シャッターが50センチくらいだけ開いている「駄がし屋」

 と書かれた看板が掛かった古い木造の建物を見つけた。


(ここだ……)


 周囲に歩いている人の姿は見えない。

 そもそもこんな夜中に外を出歩く人も居ないのだろう。

 近隣の建物から、微かにお笑い番組か何かの音が漏れて来るところがあるが、深夜だからか子供の声などは聞こえてこない。


 私は、薄暗い交差点を渡ってその店の前に来ると、屈んでシャッターの下から中を覗き込んだ。


(真っ暗で何も見えない……)


 私は辺りを見回し、誰も人が居ない事を確認すると、身体を屈めてシャッターの下から建物の中に入った。


 古い建物だからか、建物の中は少しカビ臭い。


 明かりは点いていないが、シャッターの下から入る交差点の街頭の明かりで、微かに部屋の中が見える様な気がした。


 そこは駄菓子屋らしく、背の低い棚が周囲に並んでおり、暗くて見えないがおそらく駄菓子が陳列されているのだろう。


 手探りで足元を探りながら足を進めると、店の奥にある木製の引き戸に行き着いた。


 引き戸を開けると、足元に小さな土間があり、その奥には30センチほど高くなった床に畳が敷かれていて、そこが6畳の和室だという事が分かる。


 部屋には天井から照明がぶら下がっていて、豆球の明かりが部屋の中を薄暗く照らしている。

 その照明は昔ながらの裸電球で、子供の頃にお婆ちゃん家で見たナショナルの親子電球そのものだ。


「あの……、すみませ~ん……」

 と恐る恐る声をかけてみるが、誰からも返事は無かった。


「すみませ~ん、誰かいませんか~?」

 と今度は少し大きな声で呼びかけてみたが、やはり誰からも返事は無い。


 薄闇に眼が慣れてきたおかげで、部屋の中の様子が見えて来る。


 六畳一間の部屋には、壁際にある小さなブラウン管テレビが乗ったテレビ台と、部屋の真ん中あたりにコタツがあるだけだ。


(今更ブラウン管テレビなんて……、まるで昭和にタイムスリップしたみたいね……)


 部屋の奥には木枠のガラス引き戸があり、その奥には廊下が続いている様だ。


「おじゃましますよ~」

 と私は靴を脱いで、その部屋に入る。


 ガラス引き戸を開けて廊下の奥を見ると、右側にトイレと浴室用の扉が並んでおり、左側には2階に上がる階段がある。そして突き当りには小さな台所があり、台所にも人は居なかった。


 台所には小さなテーブルと椅子が1脚だけあり、コンロには少し凹んだアルマイト製のヤカンが置かれている。

 流し台には何も無いが、壁際にある食器棚を見ると、一通りの食器が揃っている様だ。


 コンロの反対側には古い2ドアの冷蔵庫が置かれており、時折ブゥン……と音がするあたり、電源は点いている様だった。


(勝手に開けちゃマズイかな……)


 しかし私は、躊躇したのも束の間で、冷蔵庫の扉を開けてみた。


 中には玉子が6つとペットボトルの水が2本冷やされている以外には何も無かった。

 冷凍庫の方も明けてみると、そこには冷凍食品の袋がいくつか詰まっている。


 そのうちの一つを取り出して賞味期限を確認すると、まだ3か月ほど期限が残っているのが分かる。


 私はそれを冷凍庫に戻し、洗面所や浴室、トイレにも人が居ない事を確認すると、階段を昇って2階へと向かう。


 階段は1段踏みしめる度にギィっと乾いた音がした。


「誰か居ませんか~?」

 と言いながら2階に上がってみたが、2階には4.5畳と6畳の和室が連なっている空間があるだけで、人の姿はどこにも無かった。


 2階には、4.5畳の部屋にタンスが一つ置かれており、6畳の部屋には布団が敷かれていた。


 4.5畳の部屋にはふすまに閉ざされた押入れがある様で、襖も開けてみたが、中には布団がいくつか入っているのと木箱がいくつか入っている以外に何も無かった。


 床に敷かれた布団は、まだ真新しい感じがして、枕カバーも使い古した感じがしない。


(何だろう……。生活感はあるのに、何故か人が住んでいた感じがしないな……)


 私はもう一度1階に降り、コタツがある部屋に戻ると、コタツ布団の中に手を差し入れてみた。


(暖かい……)


 私は座布団があるところに座ってコタツに足を入れてみた。

 すると、冷えた足がじんわりと温まり、じっとしていると全身がポカポカとしてくる気がする。


(コタツなんて、いつぶりだろう……)


 そう思いながらコタツの上に視線を落とすと、そこには茶色い封筒が置かれている様に見えた。


(こんな封筒あったけ? さっきは気付かなかったけど……)


 薄暗い部屋で先ほどは気付けなかったが、その封筒にははっきりと宛名のところに私の名前が書かれていた。


(やっぱり私宛だ……)


 私はキョロキョロと辺りを見回すが、人の気配は全然しない。


 私はその茶封筒を手にして、中を確認する。

 すると中には三つ折りの便箋が数枚入っていた。


(また手紙か……)


 お金が入っていない事に少し苛立ちを覚えたが、電気が止められて冷たい我が家とは違ってコタツで足元を暖かくできたおかげか、その苛立ちは一瞬で過ぎ去っていた。


 私が便箋を広げてみると、そこにはギッシリと詰まった文字で、こう書かれていた。



 改めて、人生の卒業おめでとう。

 これがあなたに贈る卒業祝いです。

 あなたはこれまで、苦しい人生を歩んできました。

 楽しい思い出など、子供の頃以外にはほとんど無かった人生だったでしょう。

 お金が無くて友達も作れず、貧しい自分を見せたくなくて、彼氏を作る事もできなかった。

 両親も資産など何も持てず、介護施設に入ってお金だけを食いつぶす存在に感じている事でしょう。

 そしてとうとう、あなたは人生に行き詰まった。

 そう、あなたは絶望したのです。

 そして現世を見限り、自分の命を差し出しました。


(……えっと、どういう事? 命を差し出したって、私が? いつ? 誰に?)


 1枚目の便箋を読み終えたところで、私は少し恐怖を感じていた。


 手紙の内容は、まるで私の人生をずっと見てきたかの様に書かれている。

 どこの誰が私を見ていたのか?


 私の手は少し震えていた。

 コタツは暖かい筈なのに、背筋が凍る様に冷たく感じる。


(でも、まだ続きが……)


 私は便箋を一枚捲り、次の手紙を読み始めた。



 命を差し出したと言われて、あなたはこう思った事だろう。

 どういう事? 命を差し出したって、私が? いつ? 誰に?

 ……そう思うのは当然の事だ。

 しかし思い出して欲しい。

 あなたは確かに、生きる事を諦めたのだ。

 望むものなど何ひとつ手に入れられず、我慢に我慢を重ねて50年を生きてきた。

 しかし、あなたは何も手に入れる事はできなかった。

 ただ、自分の時間を世界に対して切り売りして来ただけの人生だった。

 それに絶望し、あなたは確かに「生きる事」を諦めたのです。



(……確かにそうだ。私は、もう死んでもいいと思った。その方が楽になれるんじゃないかって……)


 不思議と手の震えは止まっていた。

 それが、こたつで身体が温まったからなのか、それとも手紙の主が私をずっと見ていた事が、そして私の事を深く理解している事が、何かしらの安心感を与えてくれたからなのかは分からない。

 ただ、得体の知れない恐怖を感じる事は、何故か無くなっていた。


 便箋はもう一枚ある。

 手紙はまだ続いていた。



 あなたは生きる事を諦めました。

 これまで一度も自分の為に生きる事をしなかったあなたの人生を、あなたは卒業したのです。

 おめでとう。

 あなたは解放されました。

 自分の為ではない人生を卒業し、あなたは自分の為の人生を選択する事が出来るようになったのです。

 ここは「駄がし屋」。

 正確に言えば「駄我死屋」です。

 駄目な自分の死を迎え、別の人生を選ぶ事ができる店です。

 なので私は、あなたに新しい人生を贈ります。

 これが私からあなたへの、卒業祝いです。



 手紙はそこで締めくくられていた。


(……新しい、人生?)


 封筒の中には他には何も入っていない。


 お金でも入っていれば人生が変わったかも知れないが、こんな手紙だけでは何も変わる訳が無い。


「はあ……、何なのよ一体……」

 と私はため息を付きながら、その場で横になってコタツ布団を肩まで被って身体を丸めた。


 ここが誰の家かは知らないが、エアコンも点かない今の自宅よりは暖かくていい。

 それにここなら督促状を目にしなくて済むし、昭和チックな部屋の雰囲気が何となくほっとできるし……


 そんな事を思いながら、私は目を瞑る。


(このまま死んだって、どうせ誰も悲しまない。介護施設や職場の人を困らせるかも知れないけど、私が死んだら他の誰かが何とかしてくれるでしょ……)


 何となくスマホの画面を見ると、ここの電波状況が悪いのか、「圏外」という表示がされている。


(図らずも、これがデジタルデトックスってやつ? 噂には聞いた事があるけど、確かにこれは気楽だわ……)


 そんな事を思いながら目を瞑ると、コタツの暖かさもあってか、一気に睡魔に襲われる。


(気持ちいい……、このまま死ねたら最高だろうな……)


 そんな事を思いながら、私はいつしか眠りに落ちていたのだった……


 **************


「ほれ、お嬢ちゃん。こんな所で寝てたら風邪をひくぞい」


 何だか優しそうな老人の声だ。


 田舎のお爺ちゃんが生きていた頃、コタツで寝ていた小学生の私にこうやって呼びかけてくれた時の事を思い出す。


「ほれほれ、お嬢ちゃん。こんなところで寝たら風邪を引くと言うとろうに」

 という声が近づいてきたかと思うと、私の身体がひょいと持ち上げられて、骨ばった大きな体に抱きかかえられるのを感じた。


(??)


 その感覚に私が目を覚ますと、先ほどまでいた部屋の壁が見えており、顔の横には白髪の老人の顔があった。


「だ、誰?」

 と私は声を上げた。

 しかしその声は、まるで小さな子供の声の様に甲高い。


(私の声が……?)


「誰って……、お嬢ちゃんこそどこから来たんだい? お名前は?」

 と言って白髪の男が私を床に立たせる様にした。


 部屋には窓から太陽の光が入り込み、畳の上に中腰で座る老人の顔を明るく照らしていた。


(こ、ここは……? さっきの部屋?)


 私は自分の身体を見下ろした。


 するとそこには、ふかふかしたセーターを着た、小学4年生くらいの小さな身体があった。


(どういう事……?)


 私がキョロキョロと部屋を見回すと、見覚えのあるコタツと小さなブラウン管テレビが置かれたテレビ台がある。


「ほれ、目が覚めたかい? お嬢ちゃんのお名前は?」

 と再び訊かれ、私は咄嗟に自分の名前を答えた。


「ほう、村田さんとこの由美ちゃんかね。しばらく見ん内に大きくなっとって、ぜんぜん分からんかったよ」

 と私の頭を撫でると、「もう60年も終わりか……、時が経つのは早いもんじゃのう」

 と言いながら壁に掛けてあるカレンダーを見ている。


(60年? ……何のこと?)


 と私もそのカレンダーに視線を移すと、そのカレンダーは「昭和60年」と書かれた日めくりカレンダーの12月28日(土)のページが掛けられていた。


(昭和60年⁉ ……私が小学4年生の時だ……)


 今が昭和60年の12月だとすれば、9月生まれの私は今は10歳。

 だとすれば、自宅はここから1キロほど歩いたところにある、父が勤める会社の社宅だ。


 私は駄菓子屋のおじいさんの顔をもう一度見上げ、

「あの、おじちゃん、お邪魔しました」

 と言って、店側の土間に置かれた、小さなピンクのスニーカーを履く。


 マジックテープで固定するタイプのスニーカーなんて、懐かしい!


 私はフリルが付いた膝丈のスカートの下が素足なのに気付き、


(こんな寒い日にストッキングも無しで平気だったなんて……)


 と自分の身体とは思えない健康的な身体に感動を覚えていた。


「お嬢ちゃん、とりあえずこれでも持って行きな」

 と言って駄菓子屋のおじさんが、10円のチロルチョコを3つ、私の手に握らせる。そして、「最近は車がよく通るから、気を付けて帰るんんじゃよ」

 と言って、柔らかい笑顔をたたえて私に手を振ってくれた。


「うん、ありがとう」

 と私が店を出ると、そこには細い丁字路があり、斜めに交差する様に農道が走っている。


 周囲は農道に面して田畑が広がっており、ちらほらと住宅が建っているのが見えた。


(これがあと30年もすれば、どんどん開発されて、あの込み入った住宅地になるのね……)


 私の幼少時の記憶が徐々によみがえってくる。


 手にはチロルチョコが3個あるだけで、スマホなんてどこにも無い。


 足元を冷たい風が吹いているが、細くて軽いこの身体なら、自宅まで走って行く事もできそうだった。


(スゴイ! 夢じゃないんだ! 新しい人生をやり直せるんだ!)


 私は歓喜でどうにかなりそうだった。


 身体はどこも痛くない!

 身体が軽い!

 こんなに軽やかにスキップも出来る!

 腰も、膝も、肩も、こんなに大きく動かせる!


「あはははっ!」


 大声で歌いだしたくなる様な気分だ!


 コンクリートのビルも少なく空が広い!

 大きな車も無くて危険も少ない!

 インターネットも携帯電話も無くて、誰からも邪魔なんてされない!

 電動キックボードも走って無くて、歩道だって安全だ!


(これが卒業祝い? 最っ高じゃん!)


 何がどうなって私がこの姿でここに居るのか分からない。


 けれど、これが私へのお祝いだというのなら、甘んじて受け取ろう。


 そして、今度こそ幸せな人生を送るのだ。


 私は稲刈りが済んだ田んぼの中を、冷たい風を切る様に走り抜けながら、

「幸せになってやるぞー!」

 と叫ぶと、稲狩り跡に足を引っかけて盛大に転んだ。


 しかし、田んぼの中で泥んこになったものの大きな怪我はせず、少し膝を擦りむいたけれども、その痛みさえもが愛おしく、何故か笑いが止まらなかった。


「あはははは!」


 私は田んぼの中で大の字になって空を見上げたまま、声を上げて笑った。

 そして大声で笑い声をあげる私の目からは、涙が溢れて止まらなかった。


 それが膝を擦りむいた事によるものなのか、新たな人生を得た喜びのせいなのか、それとも、50年の苦労を生き延びた自分が一夜にして消え去った事への涙なのか、それは今の私には分からなかった。


 ただ、これまでの50年を生きた自分に、


「ありがとう……、よく頑張ったね……」


 その言葉だけは、贈ろうと思ったのだった……

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