オンラインから始まる異世界リビルドライフ

みつき

第1話 焼きそばパンを買った日

 昼休みの教室は、正直うるさい。

 パンの袋を開ける音。椅子を引く音。どうでもいい会話。

 私は窓際の席で、外をぼんやり眺めていた。


 前に俊ちゃんが、こんなことを言っていたのを思い出す。


「昔はさあ、ボタンひとつで国が消える時代があったらしいよ」


 どこで聞いた話なのかは知らない。たぶん、お父さんからだ。

 俊ちゃんのお父さんは、国が関わっている施設で働くエンジニアらしい。


 詳しい場所は教えてくれないし、聞いても笑って誤魔化される。

 だから俊ちゃんの家では、「なかなか会えない」が普通だ。

 それを普通みたいに言うのが、私は少しだけ嫌だった。


 それとは別に。

 俊ちゃんの家には、もうひとつ変な話がある。曾祖父の話だ。


 年甲斐もなく、異世界に行ったみたいな話をしていたらしい。

 剣とか、魔王とか、契約とか、野宿とか。

 ファンタジーにしては、妙に生活感がある。


「魔王は強いけどな、腹が減るほうがつらい」


「装備より先に寝床を探せ」


 そんなことを、昔話みたいに語っていたと聞いた。

 作家でも目指してたのかな、と思うくらい具体的だ。


 最後に残った言葉だけが、少し引っかかる。


「今回は、少し長居しすぎた」


 軽い言い方なのに、なぜか笑えなかった。

 ……そんなことを考えていたら、背中に肘が当たった。


「俊ちゃん。はい、これ。私の分」


 振り向くと、俊ちゃんが立っていた。

 黒髪に黒目。目立たないのに、なぜか見失わない。


「焼きそばパンは白い袋のやつね。間違えたら死刑」


「はいはい……分かったよ」


「……ったく、いつも図々しいな」


「当然でしょ。可愛いは正義。あと俊ちゃんは便利」


 私と俊ちゃんは、同じ二年生だ。

 肩までの黒髪に、緋色の瞳。自分で言うのもアレだけど、目立つ。

 だから「美少女」とか言われたら、だいたい殴る。


 購買は今日も戦場だった。

 焼きそばパンの争奪戦。押される。踏まれる。

 私は早めに引き上げて、先に体育館へ向かう。

 俊ちゃんはもう少し粘ってから来る予定だ。


 私たちは教室では食べない。落ち着かないから。


 昼休みの体育館は、基本誰もいない。

 だから、いつも私たちだけ。


 体育館の隅に座って、袋を開ける。


 ……そのときだった。


 空気が、すっと引いた。


「……え?」


 次の瞬間、世界が裏返る。

 赤い光。

 耳が割れる音。

 身体が宙に浮く。


 何が起きたのか、分からない。

 でも、はっきり思った。


 ――事故じゃない。

 炎の向こうで、赤いものが伸びた。

 鎖みたいな光。


「俊ちゃん――」


 声が出たかどうかも分からないまま、意識が途切れた。

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