お祝いの日
於田縫紀
お祝いの日
春の終わり、風がやさしい昼下がり。
小さな寺の境内に、人の声が集まって来た。
妹、父と母、仲の良かった友人達といった顔ぶれだ。
この人達を集団という形で見るのは、何年ぶりだろうか。
今の僕は時間の感覚が少し違うので、よくわからない。
個人的にはちょくちょく見ている人もいるし。
それでもこうして、一同に集まってくれるのを見ると、それなりの感慨があったりするわけだ。
今の僕であっても。
こういった場で改めて見てみると、母は以前より少し小さくなった気がする。
背中が丸くなり、歩幅も短い。
それでも、今日は明るい色の上着を着て、表情も明るい。
父は白い髪がずいぶん増えた。
それでも相変わらず背筋が伸びていて、歩く姿勢も以前と変わらない。
二人が並んで歩く姿を見て、僕は安心する。
ちゃんと一緒に、ここまで来てくれたことに対して。
友人たちはそれぞれ変わった。
結婚して子どもができた奴もいるし、既に転職した奴もいる。
ここから電車の乗り継ぎで3時間半なんて場所に引っ越したくせに、わざわざやってきてくれた奴もいる。
もちろんここにいない人もいる。
それぞれの事情なり状況なり、実は僕なりに把握している。
この年頃とかこの時代とか、何かと忙しいし、予期せぬ出来事なんてのもある訳で。
それはそれで仕方ないし、そうやって日々頑張っていることを応援したいくらいの気持ちはある。
そんな中でも万難排して来てくれた皆さんに感謝するのと同時に、元気そうなのを見て僕は思う。
ああ、よかったなと。
行事がはじまり、滞りなく進み、僧侶の声が本堂に響いて。
そして行事が終わると、皆は境内の隅に集まり、近況を話し始める。
言葉を交わす友人達の顔は、僕の目には昔と変わらないように感じる。
もちろん客観的かつ冷静に確認すれば、それだけ歳を取っているのだろうけれど。
それでもあの頃の皆とそう変わらないと感じることに、僕は安堵をおぼえるのだ。
話の中で、僕の名前が出ることもある。
「もう十三年か」
「早いね」
今はもう、言葉に悲嘆も後悔も感じられない。
ただ事実として、僕がかつてここの皆といた。
そんな内容が主だ。
それでいいし、それが、いい。
そしてその話に、皆が僕のいない十三年を、無事に幸せに生きてきたことを感じる。
両親は、ちゃんと朝ご飯を食べ、病院にも通い、季節ごとに服を替え、時々喧嘩をして、時々笑ってきたのだろう。
友人たちは、迷い、失敗し、それでも前に進き、誰かを大切にし、誰かに大切にされてきたのだろう。
当たり前のようで、決して当たり前ではない年月。
僕は皆がちゃんと生き抜いてくれたことを、心から祝いたい。
今日は僕の十三回忌。
僕にとっては、皆が今日までちゃんと生き抜いてきて、幸せに生きてきたことに対する、お祝いの日。
お祝いの日 於田縫紀 @otanuki
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