第7話 裏切りの英雄


 カリスへ戻った翌日、街の空気は明らかに変わっていた。


 冒険者ギルドの前に立つ王国兵。

 通りを巡回する、見慣れない鎧。


「……早すぎるわね」


 リゼアが低く呟く。


「ええ。

 石碑の件、すでに嗅ぎつけられた可能性が高い」


 ミュゼは冷静を装っていたが、指先はわずかに震えていた。


 嫌な予感は、外れなかった。


 ギルドに入った瞬間、

 俺たちは“呼ばれた”。


 奥の応接室。

 そこにいたのは――聖将ヴァルガス。


「久しぶりだな」


 穏やかな声。

 だが、視線は冷たい。


「座りたまえ」


 逃げ道のない配置。

 王国兵が、扉の外を固めている。


「話は簡単だ」


 ヴァルガスは、俺をまっすぐに見た。


「アルト・フェイン。

 君を王国直轄の刻印補佐官として迎えたい」


 胸が、冷える。


「名誉も、地位も、保証しよう。

 英雄を支える仕事だ」


 それは、一見すると救いだった。


 だが。


「断ります」


 答えたのは、俺ではなかった。


 リゼアが、一歩前に出る。


「彼は、私たちの仲間よ」


 ヴァルガスは、ため息をついた。


「感情で判断するな。

 君は剣士だろう?」


「だからよ」


 リゼアの声が、強くなる。


「剣を振るう覚悟がある人間が、

 後ろの人間を“管理対象”にするなんて、間違ってる」


 ヴァルガスの表情が、初めて歪んだ。


「……やはり、分からないか」


 彼は、立ち上がる。


「英雄とは、選ばれた者だ。

 他は、そのための部品に過ぎない」


 その言葉に、ミュゼが冷笑した。


「随分と都合のいい英雄譚ね」


 ヴァルガスは、ミュゼを見る。


「学者は黙っていろ。

 君の理屈は、現実を救わない」


「違うわ」


 ミュゼは、はっきり言った。


「あなたは、

 “支えられなければ立てない英雄”なのよ」


 一瞬、室内の空気が凍る。


「……もう一度聞こう」


 ヴァルガスは、俺に視線を戻す。


「来るか。

 それとも――」


 言葉は、そこで途切れた。


 扉の外で、何かが破壊される音。


 次の瞬間、警報が鳴り響いた。


「魔物だ!」


「市街地に出た!」


 混乱の中、ヴァルガスは静かに笑った。


「選択の時間は、終わりだ」


 彼は、兵に命じる。


「少年を確保しろ」


 刹那。


 リゼアの剣が、抜かれた。


「一歩でも近づいたら、斬る」


 王国兵が、躊躇する。


 その隙に、ミュゼが叫んだ。


「アルト!」


 俺は、即座に動いた。


 刻印を結び、

 空間の流れを“整える”。


 剣が、盾が、

 人の動きが噛み合う。


「行くわよ!」


 リゼアが、俺の前に立つ。


 背中は、迷いなく俺を守っていた。


 応接室を飛び出し、

 裏口から街へ。


 遠くで、魔物の咆哮が響く。


「……これで、完全に敵に回ったわね」


 ミュゼが、苦笑する。


 俺は、拳を握りしめた。


 ヴァルガスの目に、

 俺はもう“人”として映っていない。


 それでも――


「後悔はしてません」


 はっきり、言えた。


「二人がいるなら、逃げません」


 リゼアは、短く笑った。


「上等。

 英雄相手に喧嘩売るなんて、初めてよ」


 街の混乱の中、

 俺たちは走る。


 英雄譚の裏側で、

 本当の戦いが、始まった。

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