荷物持ちの俺が、英雄譚の主役になっていた件

塩塚 和人

第1話 荷物持ちの少年


 俺の仕事は、戦わないことだ。


 剣を振るわず、魔法も使わない。

 ただ仲間の後ろを歩き、荷物を運ぶ。それだけ。


「アルト、置いていくなよ。回復薬、ちゃんと数合ってるか?」


「はい。赤が三本、青が二本。予備は奥です」


 冒険者パーティ〈灰翼〉の荷物持ち。

 それが俺――アルト・フェインの役割だった。


 この世界では、戦えない者に居場所はない。

 だから俺は、役に立つことで生き残ってきた。


 カリスの街を出て半日。

 今日の依頼は、森に出没する魔獣の討伐だ。


「ったく、荷物持ちなんて雇う金がもったいねえ」


 前を歩く斧使いの男が、わざと聞こえる声で言う。

 いつものことだ。


「……でも、こいつがいると準備が楽なのは事実だろ」


 そう言ってくれたのは、剣士のリゼアだった。


 短く切った黒髪。

 無駄のない動きと、鋭い視線。


 彼女は強い。

 だからこそ、俺は余計なことをしない。


 戦場で一番邪魔なのは、役割を理解していない人間だ。


 魔獣はすぐに見つかった。

 森の奥、倒木の陰。


 牙を剥いた獣が、低く唸る。


「行くぞ!」


 リゼアが踏み込む。

 俺は即座に後退し、荷袋を下ろした。


 回復薬、投擲用の小瓶、予備の武器。

 どこに何があるか、俺だけが把握している。


 戦いは順調――に見えた。


 だが、不意に魔獣が跳ねた。


「っ!」


 リゼアの剣が弾かれる。

 斧使いが体勢を崩す。


 まずい。


 俺は考える前に動いていた。


 荷袋から小さな革紐を取り出す。

 そこに刻まれた、簡単な刻印。


 刻印術。

 物に一時的な効果を与える補助技術だ。


 俺が使えるのは、ごく初歩。

 それでも――。


「リゼアさん!」


 叫び、剣の柄に革紐を結びつける。


 次の瞬間。


 リゼアの剣が、まるで別物のように魔獣を切り裂いた。


「……え?」


 一撃。

 魔獣は崩れ落ちた。


 森に、静寂が戻る。


「今の……何だ?」


 斧使いが呆然と呟く。


 俺は慌てて頭を下げた。


「す、すみません! 勝手に刻印を……!」


「いや」


 リゼアが剣を見つめている。

 その目は、驚きと戸惑いが混じっていた。


「……あんた、ただの荷物持ちじゃないわね」


 胸が、少しだけ痛んだ。


 俺は戦いたくない。

 英雄になんて、なりたくない。


 ただ――

 生き残りたいだけだ。


 この時の俺は、まだ知らなかった。


 自分が、英雄譚の中心に立つことになるなんて。

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