第2話 4名の逃亡者


 《波戸はと絡子らんこの行動記録》 2333年 4月18日 午前9時23分 


「犯行当時この敷地に立ち入ることができたのは全部で6名です」案内役の森岡もりおか刑事がさっそく始める。「うち1名が被害者。もう1名が遺体の第一発見者である通報者……、ですが、この方はすでに【エイリアス】によりシロが確定しています。なので残りの4名。目下もっかバトル世界へ逃亡している4名が被疑者となります」

「前回と似ていますね」

 後輩弁護士の『井出いでちゃん』こと、井出悠香ゆうかが私の隣でそう呟いた――が、この『前回』について『貴方』は気にかけないでもらって構わない。

「つーか、案内役またお前かよ……」

 宙にぽんと現れ、そんなふうに悪態をついたのは、私のペットであるセンゾ。

 彼は、球状の頭部の下に胴体と手足をつけた二頭身型で、例えるなら『じゃんけんのグー』の下から『中指を折り畳んだパー』をくっつけたような体形をしており、全長は30センチくらい。顔にはラクガキ風に目と口を描いただけなのだが、それ以外の五感も備えているらしく、ちゃんと会話が出来る。

「東京に警察おめえしかいねえのかよ。さすがに見飽きたわ」とまあ、口が悪い。さすが21世紀人のエッセンスを取り込んだ人工知能なだけはある。

「いやあ、これが波戸はと先生の本音だと思うと居たたまれません」

 かの刑事はセンゾを『私の腹話術』だと誤解しているのか、あるいは面白がって『そう思い込んでいる男』を演じているのか、委縮した笑顔をこちらに向けてきた。

「まあ、自己紹介の面倒がないのは助かりますが」と、私が答えると――

「ん~、マンネリであることは否定なさらないのですね?」刑事は苦笑いを返してきた。

「こいつ、うっせ……!」センゾがいきり立って短い手を振って刑事を殴る。1ニュートンの威力もないはずだが、刑事は「いて」と顔を抑え、笑いながら身をよじって逃げる。その様子は、私の腹話術というより、彼らの漫才という感じだ。イチャイチャ漫才というか。


 ともあれ、『貴方』に対しての自己紹介は必要だろう。

 私の名前は、文字で表すと、波戸絡子。

 『絡子』と書いて、『ランコ』と読む。

 誤字ではなく、そのような自由な名付けも許される程度に戸籍法が変更、刷新さっしんされたのだろうなあ――などと、ふんわり認識しておいてほしい。

 職業は弁護士。

 今どき珍しい職種だが、そもそも有職者であること自体が稀有な世の中だ。なにしろ働く必要がない。

 そのため、普段行なう業務内容と言えば、もっぱら過去の――『貴方』の時代に実際に下された判例や法律が社会に与えた作用についての分析や研究など。ほとんど同好会みたいな『ごっこ遊び』に近い――のだが、今回のように警察から特例的に、現地調査なんてものを依頼されることもある。先ほど濁した『前回』という名の実績が、私たちにはあるためだ。けれど、その『前回』は、私にとって、内省を促すほろ苦い思い出であったりもする。端的に言えば、私が真に有能ならもっと早い段階での解決がのぞめたのではないか、という疑念。なので、その後悔というか反省かな――を踏まえ、今回警察からの依頼を引き受けるにあたり、『人類の知的ピーク』と言われる21世紀人から選りすぐりの頭脳である『貴方』を復元した。先に、何かとうるさい『動的な21世紀人』であるセンゾを作ってあったから、『貴方』のほうは対照的に『静的』な、音声を出力しない設定とした。ただ一回だけ、製作者特権というか、私は『貴方』に意見を求められる権利を有している。この『特例』が今回の事件解決の決め手になるのでは、などと密かに夢想していたりはする。


 さて、『24世紀いまの地球』は本来全面砂色の球体――なので足元に広がるのは見渡す限りプリン色の平坦な地表のはずなのだが、現在私たちが滞在している『敷地』の範囲だけ【マシン】による化粧が施されて、わずかに湿り気のある、生チョコみたいな土の地面に変化している。周囲は、正方形な敷地の4辺を縁取るように、網目の粗い灰色のフェンスが立てられていて、その向こう側は、霧というか、白か青か、色素の薄いガスに阻まれ、見通せない。体感温度もわずかに低下している感じもする。これが『敷地所有者が来客に見せたい景色』というわけだ。

 その眺めも、匂いも、滞在感覚も、踏み込んだ際に足裏をやんわり押し返す反発具合も悪くはなかったが、私はプリン色に戻した。フェンスも消えたが、その先はやはり霧が掛かったままで、敷地に入る前には見えていたはずの隣家が見えない。殺人現場とはいえ、ここは私有地だから何かしらの視覚的な制約があるのかもしれない。あとで関連の法律を調べてみよう。ちなみに、私のような『【マシン】で化粧しないすっぴんの風景』を好むのは少数派らしい。


「では、せめて飽きられないよう工夫を凝らしてみましょう」ようやくセンゾからのがれた刑事が言い、宙に文字列を表示させた。「まずは関係者リストをご覧いただきます」


 ■

 

  氏 名      フリガナ      状態   国内バトルランキング

 

 吟見 巧久   ロラミエ コノク   被害者     477位


 犬京足 次々  クツキ ツギツグ   逃亡中       7位


 無眉 道霧   ヌルマユ ミチカガ  逃亡中      24位


 積松 竹流   ツミマツ タケル   逃亡中      31位


 山棚田 夏十  ヤマタナダ ナツト  逃亡中      33位


 狭池 ヒロシ  セマイケ ヒロシ   残留者    5637位


 ■


 リストが提示されるや否や井出ちゃんが驚いた声をあげた。そして視線はそのまま、けれど、少しだけ顔をこちらに向け、「逃亡者全員ランキング上位のサムライ勢――いえ、上位どころか、四天王がいますよ!」と見れば分かることをわざわざ声に出して伝えてくる。あるいはそれが彼女なりの記憶処理の仕方なのかもしれないので、私は特に指摘などはしない。

「元・四天王ですね、クツキさんは」森岡刑事が笑顔で細かい訂正を入れる。「お察しのとおり、ゆえに我々が差し向けた『寄せ集め』の討伐部隊はことごとく返り討ちにあってます。こちらの世界で警察が発出した『指名手配』は、バトル世界では『討伐イベント』へと転化しました。先生方もご承知のように『【TEN】公認の、公式討伐イベント』としたことで、報酬目当ての一般プレイヤーが大量に参戦してくれたのは願ってもないこと――というか、まあ、狙いどおりなのですが、被疑者側にも『逃亡者特典』のアドバンテージが与えられてしまいました。それもあってか討伐は最上級に至難なものとなっていますねえ」


 『異軸世界同士は干渉しない』の鉄則どおり、こちらの――つまり現実世界での法的な効力は、もうひとつの世界である『バトルワールド』の中にまでは及ばない。

 要するに『バトル世界』に逃げこんでしまった被疑者の身柄を、『現実世界』にいる官憲が法的な強制力をもって拘束することはできない。禁じられているのだ。

 彼らの『身柄確保』のためには、こちらも『体感型ゲームであるバトル世界』に入り、そちらのルールにのっとった手順で対象を一度『殺害』しなくてはならない。

 そして殺害――つまり『ゲームオーバ』にしてしまえば、対象はいったん現実世界に帰還しなくてはならず、そのタイミングで『指名手配』の効力が発揮され、有無を言わさず身柄確保となる。そうやって捕まえた被疑者を『絶対に間違えないウソ発見器』こと【エイリアス】に掛け、『アナタが被害者を殺害したのか?』と問えば、通常なら事件は解決である。


 ただし問題は、先ほど井出ちゃんが驚きをもって示唆したように、逃亡者4名はいずれも、バトルゲームにおいて国内屈指の手練てだれであるため、そもそも殺害することが至難である――ということ。

 それに加え、討伐イベント特有のルール――すなわち、逃亡者を討伐しようとする挑戦者は、逃亡者の出す『対戦条件』を飲まなくてはならないというカセの存在も大きい。

 たとえばそこに『勝負は1対1限定。かつ、戦闘終了時に勝者側のダメージ及び疲労を完全に解消する』なんていう規定があれば、警察が主導した『大勢の賞金稼ぎ達』による、人海戦術、数的優位を活かした持久戦も意味を成さなくなる。

 もうひとつ言えば時期も悪い。再来月にはバトル競技の世界大会(個人戦)が控えている。このタイミングでのランキング変動を嫌う上位勢は、こぞって討伐への不参加を表明しており、ゆえに討伐隊の主力はせいぜいランキング3ケタ台以降の中堅クラスというていたらく。ランクがひとケタ違うと、勝率は小数点以下になるという話もある。

 ありていに言えば、困った状況だ。


「そんな非力な我々を哀れに思ったのか、【TEN】はチャンスを与えてくれました」刑事は不可視なボールを左手で支えるような格好で話を続ける。「いわく『現実で起きた殺人事件の解決が叶えば、討伐イベントを継続したまま、バトル世界に逃げた被疑者のアドバンテージを取り下げますよ』と」

「要するに、逃亡者のうち誰が殺人の実行犯か特定できれば、あっちの世界でも捕まえやすくなるってことですか?」言って、井出ちゃんはこちらに笑顔を向ける。「わあ、じゃあ、責任重大ですね」 

「問題はイベント発生から48時間が経過することですねえ」刑事の口ぶりは呑気のんきなものだった。「ええと、もう、あと25時間後ですか……。あすの午前11時には制限が外れ、海外からの討伐参加が認められてしまいます。殺人犯を特定できないのは我々警察の恥ですが、本邦で発生したイベントを海外勢にクリアされてしまうのは国の恥です……。いや、そのように考える層の存在が無視できないほどに大きいだろうという、あくまで個人的な推測ですが」


 そんなわけで一介の弁護士に過ぎない私たちにお鉢が回ってきたわけだ。

 『過去に殺人事件を解決した実績がある、国内唯一の者たち』として。

 一応表向きは『警察の捜査手順に法的な不備・違反はなかったか』という第三者的な監査員として――そのような名目のもと、私たちはこうして現場に立ち会わせてもらっている。

 もし首尾よく私たちが事件を解決できても、それはそのまま横滑りで彼ら官憲の手柄になってしまうのだが、そのことに対し、私たちに不満はない。今の時代、殺人事件の捜査に参加できるなんて稀有けうな体験だし、なにしろヒマな身だ。

 とはいえ、頼られたからにはその期待にしっかり応えたい性分なので、保険――いや、切り札として『貴方』を復元したというわけだ。『人類の知的ピーク』と呼ばれる21世紀人の中から、この手の案件に対応できる頭脳を選りすぐって。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る