第2話 4名の逃亡者
《
「犯行当時この敷地に立ち入ることができたのは全部で6名です」案内役の
「前回と似ていますね」
後輩弁護士の『
「つーか、案内役またお前かよ……」
宙にぽんと現れ、そんなふうに悪態をついたのは、私のペットであるセンゾ。
彼は、球状の頭部の下に胴体と手足をつけた二頭身型で、例えるなら『じゃんけんのグー』の下から『中指を折り畳んだパー』をくっつけたような体形をしており、全長は30センチくらい。顔にはラクガキ風に目と口を描いただけなのだが、それ以外の五感も備えているらしく、ちゃんと会話が出来る。
「東京に警察おめえしかいねえのかよ。さすがに見飽きたわ」とまあ、口が悪い。さすが21世紀人のエッセンスを取り込んだ人工知能なだけはある。
「いやあ、これが
かの刑事はセンゾを『私の腹話術』だと誤解しているのか、あるいは面白がって『そう思い込んでいる男』を演じているのか、委縮した笑顔をこちらに向けてきた。
「まあ、自己紹介の面倒がないのは助かりますが」と、私が答えると――
「ん~、マンネリであることは否定なさらないのですね?」刑事は苦笑いを返してきた。
「こいつ、うっせ……!」センゾがいきり立って短い手を振って刑事を殴る。1ニュートンの威力もないはずだが、刑事は「いて」と顔を抑え、笑いながら身を
ともあれ、『貴方』に対しての自己紹介は必要だろう。
私の名前は、文字で表すと、波戸絡子。
『絡子』と書いて、『ランコ』と読む。
誤字ではなく、そのような自由な名付けも許される程度に戸籍法が変更、
職業は弁護士。
今どき珍しい職種だが、そもそも有職者であること自体が稀有な世の中だ。なにしろ働く必要がない。
そのため、普段行なう業務内容と言えば、もっぱら過去の――『貴方』の時代に実際に下された判例や法律が社会に与えた作用についての分析や研究など。ほとんど同好会みたいな『ごっこ遊び』に近い――のだが、今回のように警察から特例的に、現地調査なんてものを依頼されることもある。先ほど濁した『前回』という名の実績が、私たちにはあるためだ。けれど、その『前回』は、私にとって、内省を促すほろ苦い思い出であったりもする。端的に言えば、私が真に有能ならもっと早い段階での解決がのぞめたのではないか、という疑念。なので、その後悔というか反省かな――を踏まえ、今回警察からの依頼を引き受けるにあたり、『人類の知的ピーク』と言われる21世紀人から選りすぐりの頭脳である『貴方』を復元した。先に、何かとうるさい『動的な21世紀人』であるセンゾを作ってあったから、『貴方』のほうは対照的に『静的』な、音声を出力しない設定とした。ただ一回だけ、製作者特権というか、私は『貴方』に意見を求められる権利を有している。この『特例』が今回の事件解決の決め手になるのでは、などと密かに夢想していたりはする。
さて、『
その眺めも、匂いも、滞在感覚も、踏み込んだ際に足裏をやんわり押し返す反発具合も悪くはなかったが、私はプリン色に戻した。フェンスも消えたが、その先はやはり霧が掛かったままで、敷地に入る前には見えていたはずの隣家が見えない。殺人現場とはいえ、ここは私有地だから何かしらの視覚的な制約があるのかもしれない。あとで関連の法律を調べてみよう。ちなみに、私のような『【マシン】で化粧しないすっぴんの風景』を好むのは少数派らしい。
「では、せめて飽きられないよう工夫を凝らしてみましょう」ようやくセンゾから
■
氏 名 フリガナ 状態 国内バトルランキング
吟見 巧久 ロラミエ コノク 被害者 477位
犬京足 次々 クツキ ツギツグ 逃亡中 7位
無眉 道霧 ヌルマユ ミチカガ 逃亡中 24位
積松 竹流 ツミマツ タケル 逃亡中 31位
山棚田 夏十 ヤマタナダ ナツト 逃亡中 33位
狭池 ヒロシ セマイケ ヒロシ 残留者 5637位
■
リストが提示されるや否や井出ちゃんが驚いた声をあげた。そして視線はそのまま、けれど、少しだけ顔をこちらに向け、「逃亡者全員ランキング上位のサムライ勢――いえ、上位どころか、四天王がいますよ!」と見れば分かることをわざわざ声に出して伝えてくる。あるいはそれが彼女なりの記憶処理の仕方なのかもしれないので、私は特に指摘などはしない。
「元・四天王ですね、クツキさんは」森岡刑事が笑顔で細かい訂正を入れる。「お察しのとおり、ゆえに我々が差し向けた『寄せ集め』の討伐部隊はことごとく返り討ちにあってます。こちらの世界で警察が発出した『指名手配』は、バトル世界では『討伐イベント』へと転化しました。先生方もご承知のように『【TEN】公認の、公式討伐イベント』と
『異軸世界同士は干渉しない』の鉄則どおり、こちらの――つまり現実世界での法的な効力は、もうひとつの世界である『バトルワールド』の中にまでは及ばない。
要するに『バトル世界』に逃げこんでしまった被疑者の身柄を、『現実世界』にいる官憲が法的な強制力をもって拘束することはできない。禁じられているのだ。
彼らの『身柄確保』のためには、こちらも『体感型ゲームであるバトル世界』に入り、そちらのルールに
そして殺害――つまり『ゲームオーバ』にしてしまえば、対象はいったん現実世界に帰還しなくてはならず、そのタイミングで『指名手配』の効力が発揮され、有無を言わさず身柄確保となる。そうやって捕まえた被疑者を『絶対に間違えないウソ発見器』こと【エイリアス】に掛け、『アナタが被害者を殺害したのか?』と問えば、通常なら事件は解決である。
ただし問題は、先ほど井出ちゃんが驚きをもって示唆したように、逃亡者4名はいずれも、バトルゲームにおいて国内屈指の
それに加え、討伐イベント特有のルール――すなわち、逃亡者を討伐しようとする挑戦者は、逃亡者の出す『対戦条件』を飲まなくてはならないというカセの存在も大きい。
たとえばそこに『勝負は1対1限定。かつ、戦闘終了時に勝者側のダメージ及び疲労を完全に解消する』なんていう規定があれば、警察が主導した『大勢の賞金稼ぎ達』による、人海戦術、数的優位を活かした持久戦も意味を成さなくなる。
もうひとつ言えば時期も悪い。再来月にはバトル競技の世界大会(個人戦)が控えている。このタイミングでのランキング変動を嫌う上位勢は、こぞって討伐への不参加を表明しており、ゆえに討伐隊の主力はせいぜいランキング3ケタ台以降の中堅クラスという
ありていに言えば、困った状況だ。
「そんな非力な我々を哀れに思ったのか、【TEN】はチャンスを与えてくれました」刑事は不可視なボールを左手で支えるような格好で話を続ける。「いわく『現実で起きた殺人事件の解決が叶えば、討伐イベントを継続したまま、バトル世界に逃げた被疑者のアドバンテージを取り下げますよ』と」
「要するに、逃亡者のうち誰が殺人の実行犯か特定できれば、あっちの世界でも捕まえやすくなるってことですか?」言って、井出ちゃんはこちらに笑顔を向ける。「わあ、じゃあ、責任重大ですね」
「問題はイベント発生から48時間が経過することですねえ」刑事の口ぶりは
そんなわけで一介の弁護士に過ぎない私たちにお鉢が回ってきたわけだ。
『過去に殺人事件を解決した実績がある、国内唯一の者たち』として。
一応表向きは『警察の捜査手順に法的な不備・違反はなかったか』という第三者的な監査員として――そのような名目のもと、私たちはこうして現場に立ち会わせてもらっている。
もし首尾よく私たちが事件を解決できても、それはそのまま横滑りで彼ら官憲の手柄になってしまうのだが、そのことに対し、私たちに不満はない。今の時代、殺人事件の捜査に参加できるなんて
とはいえ、頼られたからにはその期待にしっかり応えたい性分なので、保険――いや、切り札として『貴方』を復元したというわけだ。『人類の知的ピーク』と呼ばれる21世紀人の中から、この手の案件に対応できる頭脳を選りすぐって。
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