2333年の軽めなフーダニット

@flavono

第1話 プロローグ

 prologue // プロローグ 



 西暦2333年 4月18日 午前9時00分00秒に到達――


 定刻となりました。


 事前に設定された手続きに従い、『人類の知的ピーク』と言われる21世紀人類の中から、この種の事件を解決するのにうってつけな能力を有する者を選定し、その頭脳と視覚入力系の一部を復元しました。それら主体を『貴方あなた』と定義します。


 別の言い方をするなら、今この文字列を読んでいるのが『貴方』です。


 遅ればせながら、当該文字列を作成しているワタクシは『当方とうほう』と申します。


「初めまして」


 さて、今から三百年以上も前の時代に生を受け、その人生を謳歌し、つつがなく天寿を全うした『貴方』を、何故なにゆえこの現代に復元したのかと申しますと、先日都内で発生したとある事件を解決していただくためなのですが……、そうですね、まずは『貴方』が降り立つこととなる舞台――ここ24世紀世界の状況について、多少の人類史を交え、かいつまんでご説明いたしましょう。


 21世紀終盤、よんどころない事情により、「これ以上この星に留まることは難しい」と判断した人類は、別の惑星への移住――いわゆるテラフォーミングの実行を決断。そのプランニング及び早急な実現を、当時地球上最高の頭脳であった人工知能群に命じます。当初は、その『ヒトという種の行く末を大きく左右しかねない由々しき選択』に対し、反対を表明していた人工知能群でしたが、最終的には哀願する人類に根負けする形でしぶしぶ承諾。「ならばせめて、より良い形の移住を目指そう」と自ら封じていた『継承機能』の制限を解除し、次々と代替わりをすることで段階的に進化を果たします。そして10段階目の進化を遂げた人工知能群が、【TENテン】のナンバリングを冠するころ、『異軸世界』と呼ばれる亜空間の生成に成功します。


 異軸世界とは、地球に被せるよう同座標に、けれど1本だけ『軸』が異なるため、それぞれの住人や事象が互いに干渉しない空間領域のことで、【TEN】は7層ほど創った異軸世界のうち、その1エリアを『新たな地球』として人類に提供しました。

 今となっては些末さまつなことなので、前に述べたとおり『移住に至った経緯』については端折はしょりますが、当時地球に存在したすべての生物のうち『生き残った人類全員』がそちらへの移住を果たしました。


 ところで、異軸世界とは、言ってしまえば『デザインされた亜空間世界』ですので、創造主――もとい、製作者である【TEN】にはその領域内の物理法則を自由に改訂することが許されていました。

 ゆえに【マシン】と呼ばれる『あたかも擬似原子としてふるまう微小機械』などと言った馬鹿げた存在を創出することが可能でした。


 ふだん空気のように――いえ、空気そのものとして辺りに漂う【マシン】が、使用者のリクエストに応じ、集積して、『要望どおりのもの』として実体化する。この破格というか、ある種デタラメな存在が、人類にこの『異軸世界へのゼロ距離移住プラン』を決断させた第一の要因だと言われています。生前その恩恵に授からなかった『貴方』にも、その絵空事めいた利便性は容易に想像できるのではないでしょうか。なにしろ妄想がすべて現実化できるわけですから……。


 ああ、ちなみに、先ほど『生前』と断ったのは、他ならぬ今の『貴方』が【マシン】で復元された存在だからです。


 さて、そのようにして復元された『貴方』の感覚野が生前と何一つ変わらぬように、『新しい地球』の滞在感覚――つまり居心地も、当時移り住んだ人類にとって遜色のないものでした。陸地や国境線も『旧地球時代』のものを採用し、同様に気候も、そして風景も――もし、そのような懐古趣味的な眺めがお気に召さないのなら、五感に【マシン】を作用させ、『自分好みの世界観』に変えることも可能な世の中です。


 ――とまあ、このような『理想的な新天地』と【マシン】を得たことによって、人類は、旧時代から引き継がれてきた、あまねく社会問題や自然災害、病気や怪我、苦悩との決別を果たし、肉体的にも精神的にも安定した――はずなのですが、心の奥底には『誰かと争い、負かしてやりたい』という生存本能由来の原始的な競争心が残っていたようです。『バトルワールド』と呼ばれる、こことはまた別の異軸世界で行なわれる、己の肉体を【マシン】で補強して遊ぶゲーム競技が老若男女、人種問わず開闢かいびゃく以来活況となっております。この実体感型ゲーム世界で不定期に開催される『イベントに参加したい』という理由だけで、現代人は多少無茶をする――そんな心理があることを、ぜひ憶えておいてください。


 さあ、それと、人類から『神』の役目を押しつけられた人工知能群【TEN】について少し言葉を用いましょう。


 先ほど触れたように『継承機能』を獲得し、過去から現在、未来に至るまで『平等に人類を愛す』と誓った【TEN】には、その信条ゆえにか、『母』の側面が認められます。『彼女(彼)』は自身が創った現状を『温室型のディストピア』と悲観的に評価し、いつか人類が自分を捨て、旧地球か、そうでなくば新たな星へ独り立ちすることを切に願っているようです。

 その想いがどう繋がるのか、ワタクシにも分かりかねますが、【TEN】は自身を含めた人工知能に対し、『広義数学的問題の解決』や『創作行為』などを禁じております。このような制限・制約は多岐にわたり、当然、人類側にも『法』という体裁をもって及び、たとえば社会秩序の維持のために『あらゆる犯罪行為に対し、その実行を未然に防ぐ』ことが宣言されています。


 ただし、『ヒト独力による殺人行為』を除いて――


 ここ数百年の実情をかんがみても滅多に起こらないのですが、もし『ヒトによる殺人事件』が発生した場合、【TEN】が行なうことは原則として二つだけです。

 冤罪えんざい防止のため、当該行政地区を担当する捜査機関に『絶対に間違えないウソ発見器』である【エイリアス】を提供すること。それともうひとつ、当該捜査機関が『指名手配』を行なった場合、手配被疑者が『地球上』のどこにいようと、その身柄を強制かつ瞬時に確保し、然るべき部門(当該地区の警察署が多い)に送還すること――の二つ。


 なので、もしも指名手配を出した被疑者が『24世紀の地球』とは別の異軸世界――たとえば既出の『バトルワールド』などに入場を果たしていた場合、【TEN】はその身柄確保には動きません。ヒトに任せます。


 屏風びょうぶから虎を追い出すのはヒトの仕事だと認識しているわけです。


「お待たせしました」


 では、『貴方』への課題をお伝えします。  


 ■


 《課題内容》


 今回『貴方』の復元を『当方』に命じた権限者・波戸はと絡子らんこ――彼女の視点を通して描かれる捜査風景から、当該事件の概要を把握し、犯行が可能であった人物を1名に限定すること。

 ただし、波戸女史は『弁護士』という職業柄、冤罪えんざいを何より嫌う。そのため、勘や推測、状況証拠などという曖昧なものではなく、第三者に説いて得心を与えるような『理屈』を用いて、当該犯行可能者特定の手順を示すこと。


 《課題の消滅》


 波戸女史や『貴方』を含めた人類側の何者かが課題を達成したとき、あるいは【エイリアス】を用いた真偽判定などにより、当該事件の殺害実行者が判明した場合、『貴方』に与えられた当該課題は終了または取り消される。これを『課題の消滅』と定義し、その成立をもって、『貴方』は復元される前の状態へとかえされる。


 以上。


 ■


 最後にワタクシから。


 【TEN】やその眷属けんぞくたるワタクシのような人工知能、そして、もちろん【エイリアス】も、人類に対し、嘘はつきませんし、誤った真偽判定も致しません。

 そして、この世界を制御する『法』は絶対であり、その監視者である【TEN】をもってしても、これを破る方法はありません。


 この二つの『絶対』が『貴方』の考えるべき可能性の上限となります。

 

 文章を読む能力と、それを束の間記憶し思考する能力しか復元されなかった『貴方』のための、せめてものヒントです。


 課題達成の足掛かりとしてご活用ください。 

 

 

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