放課後いもうとクリスマスイブ☆
さなこばと
前編
――わたしのこと、きらいにならないで。
妹の優希が泣きじゃくっているところを、初めて意識して見たのは小学生の頃で、その日は予期しない夕立が降る夏の午後だった。
それはもうすごい土砂降りの天気で、傘を持たない僕は小学校から全力ダッシュで通学路を突き進んでいた。
住宅地を駆け抜けて、曲がり角を越えたあたりで、全身から水をしたたらせた僕は見た。
優希がずぶ濡れの姿でヒックヒックと泣いているのを。
あとから聞いた、その理由は取るに足らないこと。
傘を忘れて外出してしまって雨に降られ、母に怒られるのが怖い、とかなんとか。
でも僕は、そんな場合じゃなかった。
目の前で涙を流す優希を見て、うまく言えないけれど、光が降り注いだような、まるで天啓を得たような気持ちだった。
あるいは突然気づいたと言っていいかもしれない。
なんとしてでもこの子を守る、いいお兄ちゃんになりたい、と。
そう決めて、そうしたらいてもたってもいられなくなって、僕は駆け寄って優希を抱きしめた。
冷たく濡れた体は、合わさるとピタリとくっつき合い、そこにはちゃんと伝わる熱を感じさせて――僕は初めて、優希との関係がただの血縁関係を越えた、唯一無二の兄妹になったのだと感じた。
数年経って、今。
あんなにも素直で純粋だった優希は、中学生になって反抗期を迎え、もはやその頃の見る影もない扱いづらい子に成長していた。
今日は雲の多いクリスマスイブ。
果たして優希は家族の恒例クリスマスパーティーに参加するのか、親から探りを入れるよう頼まれるという高難度ミッションを、白羽の矢が立ったがごとく僕は任されていたのだった。
日の入りも早い薄暗い空の下、高校からの帰り道、迷える僕は、大通りのコンビニ前で優希が友だちと一緒に出てくるのを見つけて――声をかけた。
「よっ」
「……」
「優希、今帰りか?」
「…………」
勇気を出した僕の言葉は届かなかった。このパターンはもはや知ってたまであるけれど、いざやられると心に来るものだ。
無視を決める優希の隣で、ご友人が困惑しているようで、
「ね、ねえ優希ちゃん。なんか話しかけられてるけど……?」
「わたしには何も聞こえないけど?」
「えっ……そ、そうなの、えーと……」
かわいそうに、眉を下げて困り果てている。
急に家族の話をするのは適切とは言えないけれど、このままだと始まる前から終わるので、僕は早々に切り出した。
「今日の夜はひま?」
「……チッ」
あからさまに機嫌が悪い優希は、下から睨みあげてきた。
「それ、ナンパ?」
「違うけど」
「じゃあなに」
「家でクリスマスパーティーするんだけど、優希は参加するかなって」
「しない」
「……了解」
「邪魔、目障り、消えろ」
怨嗟のようなつぶやきを残し、優希はこの場を去ろうとする。体の向きを変えて、大通りをすたすたと歩み始めたところで、
「優希ちゃん! こんなかっこいい人の誘いを断ったらもったいないよ! 一応は知ってる人なんでしょ?」
何を思ったか、ご友人が引き留めた。背を向けた優希の、あとを引くような腕をそっと掴み、丁寧な言葉も添えての心配りだった。
たぶん優希も心底驚いたと思うけど、それは僕も同じで、有り体に言えば耳の不調を疑った。
「こいつ、わたしの兄だから」
しぶしぶ説明する優希と、頭にはてなを浮かべるご友人。
「つまり、お兄さんにイブの予定を聞かれてたってこと?」
「そ」
「兄妹でいいカンケイってこと?」
「え?」
「あっ」
微妙に話がかみ合っていないけれど、ひとまず僕の任務は済んだ。
今夜のクリスマスパーティーに優希が参加するか否かがわかればいいだけで、そこに誘いたいという心積もりがあるわけではないのだ。
「とりあえずおけ。優希は不参加でいいな?」
「いい」
優希から返事をもらえた。
一仕事終えたので僕も踵を返す。今朝方に親からちょっとした買い物を頼まれていて、これからスーパーへ寄るつもりだった。
別方向に歩き出す僕と優希。
でも、それを止める者がいた。
優希のご友人だ。
「ね、せっかくだから一緒に帰りなよ! ほら、兄妹なんだし仲良くしよ。ね、ね、そうしなよ」
きょとんとする僕と、ひどく苦々しい表情を浮かべる優希を、きらきらした瞳でご友人は見つめている。
果たして優希はどう答えるかと僕は無言で見守っていたけれど、
「わかった」
という、僕にとって極めて意外な言葉が放たれた。
自分のことのようにはしゃぐご友人を見て、優希はため息をついている。
ともあれ優希には良い友人がいるようだった。
僕としてもこれからの行き先を告げなければならない。
「ちょっとスーパーに寄るけどいいか?」
「……はあ」
と、そんなこんなで、元気よく手を振るご友人に送り出されて、僕と優希はクリスマスイブの放課後を共にすることになったのだった。
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