神の舌打ち

なかむら恵美

第1話

つきあっていた頃。

時々、夫はわたしに言った。

「同じ夢を続けて3回見ると、その通りになるんだ」

そういえば、田舎の叔父も言っていた。

「だからね、2度目に見た時が肝心なんだ。上手な嘘をつかないと、

3度目になっちゃうからね」

「ふぅーん」

大して興味もなかったので、平凡な反応を返して終わっていたが、

(だったら、いつもテストで100点が取れるとか、いきなり

お小遣いが増える夢とか、そういうのを見ればいいじゃん!)

心で願った。

ずっと昔の子供の頃だ。


目が覚めた。冷や汗が出ている。

隣では夫が、長閑な寝顔を見せている。

「上手な嘘をつかないと」叔父の姿が甦る。


昨日の夢だ。

物凄い嵐。嵐に大洪水が、巻き起こる。

住宅街の屋根が皆々、根こそぎ剥がながされ、嵐に舞う。

皆々「助けてぇ~っ」とか言いながら、河と化した道に流されるが、何故か水面は綺麗だ。

だが、深さがある。大人の腰ほどだろうか?

叫びながら下流へ流されてゆく人々の群れ。

反対方向、上流へ向かう各々の家屋。

家屋の後を、何故かのっし、のっしと岩でできた巨人が、大股で歩いてゆく。

「あ~っ、重いッ!」

人々の群れとは別の、結構離れたところで、乳児を抱いていた若い母親が、いきなり河にぶん投げる。

5、6人が手を繋いで輪を作り、宙に舞う赤ん坊を助けようとする。

お包みに包まれたまま、赤ん坊は泣きもせず、動きもせず、空に大きく弧を描く。

手を繋いだ人々の輪とは、ちょっとズレている。

チラとも見ずに、母親は背を向け、真っ直ぐに歩き去る。


それを視界の斜めに見ながら、5、6人の人達と大きな板に腕を乗せ、わたしもどこかへ流れてゆく。

あの赤ん坊は助からずに、落ちてしまうのを何故か知っている。

知らない人達は皆々全く無表情。簡単な線だけの顔で、目鼻がない。影で出来ている。

居心地は、悪くはない。何となくだがわたしの良き理解者達。血縁者か、良き友人のようだ。年齢的に5,6歳から10歳ぐらい上だろう。

全体的に流れが激しい割に、我々の周囲だけは、流れが緩やかだ。

(何でだろう?)

水面を見ながら不思議に思う。


他は上流から下流へと、激しく流されてゆくのに、我々の周辺の流れは小川みたいに穏やかだ。

何かに導かれるように上へ、上へ、まだまだ上へ。

かなり遠い。遥か彼方の水面の向こうに、穏やかな花畑。

優しい空色と、黄金の輝きに包まれた花畑があるのを、我々は知っている。

釈迦のような人が待っているのも、分かっている。

(ああ、、、遂に、、、)辿り着ける、やっとお会いできるんだ。

(誰だろう?あの方はきっと)

思うと同時に目が覚めた。


今日も又、同じ夢。

一寸違(たが)わない夢を見た。

あの方の正体が分かる。後光の中心部からやんわり、優しいお姿が見える。

お身体が大きい。しかし目鼻立ちが分からない。黄金色に包まれる。

「おお、、、」

感激の余りに後が続かない我々に向かって、その方は言われる。

「会えて嬉しい。ずっとそなた達を探していたのだ」

地上でのこれまでは、イマイチだったかも知れないが、しかし。

ここではそなた達だけの特権。特別階級として扱われる。

亡き者となってしまうので、少しだけ悲しみは残ろう。

けど、待つのは幸福感。幸せばかりが、満ち溢れる日々なのだ。


「亡き者になる為」

いつの間にやら我々の手許に、透明な書類が用意されている。

「氏名を記し、母音を押した者から契約完了。就寝中に亡き者になる」

わたし以外は、ひょいひょい氏名を記入。

本格的な住人になるらしく、次々と消えていった。

「・・・」

「ん?どうした?そなた。そなたは確か、え~っと」

軽く頭を掻く。わたしについて調査済みらしい。

「申し訳ないんですが」

「何じゃ?」

「25日過ぎじゃないとイヤです、わたし。16日ですよね、今日」

「それがどうした」声に威厳が掛かる。

「旦那の給料日が、25日なんで。3ヶ月後にはボーナスも出ますから、出来れば

3年、いや5年ぐらい待って頂きたいなぁ~っ、と」

「チッ!」物凄い舌打ち。

吹雪のような舌打ちが神から出た。


同時にぐぉーーーーーんと、どこかの突風を逆方向に飛ばされる。

「はぁ、はぁ、はぁ」

目が覚めた。

                               

                                <了>




                                 <了>

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神の舌打ち なかむら恵美 @003025

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