第3話
「本日をもって、授業を一区切りといたしますわ」
その言葉に、胸がわずかに揺れた。
「疑似恋人役も、これで終了です」
「……そう、ですか」
声が思ったより低くなった。
横を見ると、エレナも静かに頷いている。
「短い間でしたが、付き合ってくださってありがとうございました。報酬はあとでお兄様と相談してお渡ししますからね」
「ありがとうございます」
セレスティア様はにこりと微笑んだ。
「エレナには……そうですわ。わたくしが直々に、エレナにふさわしい殿方をみつくろって差し上げますわ」
「「……え?」」
「辺境伯の次男あたりはいかがかしら。真面目で、領地経営も学んでいるそうですわよ」
辺境伯。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が嫌な音を立てた。
(王都から……遠いな)
そうなれば、エレナと顔を合わせる機会は、ほとんどなくなる。
「……恐れ入りますが、その件は後ほど」
エレナは一礼して答えた。
表情はいつも通りだが、どこか硬い。
「では、本日は解散ですわ」
あっさりと告げられ、その場は終わった。
――落ち着かなかった。
普段の仕事に戻っても、訓練をしても、頭の中に浮かぶのは同じことばかりだ。
仕事終わりに、気づけば俺は中庭を歩いていた。
夜の庭園は静かで、人影も少ない。
「……はぁ、俺はどうしちまったんだ」
呟いた声に、返事があった。
「……レオン?」
噴水のそばに、エレナが立っていた。
「もしやエレナも……?」
「少し、考え事を」
気まずい沈黙が落ちる。
「……今日の話だけどさ」
俺は意を決して口を開いた。
「辺境伯の次男の話」
「……はい」
「良い条件の話だと思う」
当たり前のことを言っただけなのに、胸が苦しい。
「でも……もし行くことになったら、俺は……」
言葉が詰まる。
「……寂しいですか?」
エレナが、ぽつりと聞いた。
「……ああ」
短く答える。
「たぶん、かなり」
エレナは驚いたように目を見開き、それから視線を伏せた。
「わたしも……落ち着きませんでした」
「え?」
「役目が終わると聞いてから……」
ぎゅっと手を握りしめている。
「職務だから、と自分に言い聞かせてきました。でも……」
顔が赤い。
「あなたと一緒にいる時間は、嫌ではなかった」
胸が、強く打たれた。
「俺もだ」
迷いはなかった。
「気づいたら、エレナのことばかり考えてた」
しばらく沈黙。
そして、背後から拍手が聞こえた。
「素直でよろしいですわ」
「セレスティア様!?」
いつの間にか、王女が立っていた。
「まったく、ここまで来るのに随分と焦らされましたわね」
「……え?」
「疑似恋人役は、ただのきっかけですわ」
にっこりと笑う。
「お二人なら、きっとこうなると思っていました」
つまり――最初から全部お見通しだったらしい。
「……一本取られました」
「ふふふ。人心掌握は王族の得意分野ですわ!」
セレスティア様の即答に、俺たちは互いに顔を見合わせて笑う。俺はエレナの手を取る。
「……改めて、俺と付き合ってほしい」
一瞬驚き、それから小さく笑った。
「……はい。喜んで」
指先が、今度は自然に絡む。
「んー、やっぱり恋は本より、実地の方がよく分かりますわね」
セレスティア様の満足そうな声を背に、俺たちはようやく、本当の一歩を踏み出したのだった。
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